第13話 ご飯を賭けた戦い
ヨミの文字訓練から二日後。
フランとリリアナは朝の通常業務をこなしていて、クロウはそのまま彼女の指導を続けていた。
そこに電話が鳴る。
現在、手が空いている者はシオンだけなので、彼女が電話を受け取ると、その後に急に慌ててクロウの元まで走ってくる。
「ちょっとクロウ・・・ちょっと!」
「あ? どした?」
ヨミの訓練を手伝ってるので、机の上のつたない文字を見ていたクロウ。
走ってくるシオンを見るために顔を上げる。
「大変。大変」
「何が?」
「電話! 電話! 電話が来てるのよ」
「俺に?」
「うん。マスターオブマスターからだって。今代理の人が統括マスターに代わるって」
「ダリちゃんがか!? 遅いわ」
「あんた、失礼しないでよ。相手はマスターオブマスターなんだから!」
「はいはい。ちょっと出るわ」
クロウが電話に出る事となった。
◇
受話器を握って早々。
クロウにしては珍しく怒る。
「ダリちゃん。折り返しの連絡が遅えんだわ。俺、待ちくたびれたぞ。連絡入れてから、三日以上は経ってんだわ」
目上に対して失礼な言動。シオンの冷や汗は止まらない。
「は? 仕事で忙しかった。そんなん、こっちだって忙しいわ。ダリちゃん。現場ってのはさ。ダリちゃんの所よりも、かなり忙しいんだぞ。反省しろ。反省!」
クロウの物言いが強すぎる。
マスターオブマスターに対してする発言じゃない。
それにあんたはいつもサボってるじゃない。
シオンは電話をしているクロウに対して、二人の電話の邪魔にならないように、口パクで怒っていた。
「そんで。いつ開催よ」
日程の連絡だ。
「は? 一カ月近くかかるだって!?」
申し訳ないですと、電話越しだが微かに聞こえる。
あの天下のマスターオブマスターが謝っているらしい。
しかも辺境のマスターにである。
シオンの顔の汗が地面に落ちた。
「遅えわ。もっと早く開けよ」
日程の変更を求めると。
「あ? 他のマスターも忙しいだって?? ふざけんな。マスターなんて、机の上で踏ん反り返ってるだけだろが。 ダリちゃんよ! あいつら碌に仕事なんて、してねえんだぞ。なあ、あんな連中はさ!」
あんな連中にあなたも入ってますが。
それに、踏ん反り返ってるのはあなただけですが。
他のマスター方に大変失礼な言動であった。
「ああ。わかった。わかった。しょうがねえな。ここはダリちゃんの顔を立ててやるわ。俺が我慢してやる。感謝しろ」
何故かクロウの方が偉そうである。
「じゃあ、詳しい日が決まったら、俺に連絡をくれ。出来るだけ早くな」
早急には開催できないとする一時的な連絡みたいだった。
日程はまだでありそう。
「いいからいいから。もう謝らなくていいわ。ダリちゃんも忙しいんだろ。もうしょうがねえんだよ。そんな頭下げなくていいって」
電話越しだけど、頭を下げてまで謝っているらしい。
随分と丁寧な姿勢である。
「んじゃ。会ったら美味しいもん食わしてくれよ! 久しぶりだから、とびっきり美味しいのを頼むよ! ダリちゃん、またね」
と言って、クロウが電話を切った。
友達に連絡するような言い方が気になるが、問題はそこじゃない。
シオンが怒り出した。
「あんたね。あたし、失礼のないようにしなさいって言ったよね」
「なんだ? なに、怒ってんだよ。シオン?」
「マスターオブマスターには、せめてね。ですか。ますかを使いなさいよ!」
そこが問題じゃないが、せめてもの願いである。
「あ? 何言ってんだよ。そんなの無理に決まってんだわ。ダリちゃんは俺の弟子の様なもんって、前に言っただろうが! 誰が弟子に、ですます調でいくんだよ。あほか!」
たしかに、師と弟子の関係であれば、ですます調はおかしい。
しかし、仕事上であれば、それは関係ないだろう。
彼はマスター界のトップだ!
失礼があってはいけない。
「あなたね。妄言はもういいから。組織のトップと、その部下なのよ。下手に出ろとは言わないけど、もう少し良い対応があるでしょ。あなた、マスターなのよ。常識をもってよ」
いつもの口喧嘩が始まる。
「いいんだよ。俺はあれでいいの。ダリちゃんの許可が出てるから。あれ以外考えられねえ!」
話し方を変えるつもりがない。
ハッキリ言いきった。
「なんですって? そんな許可あるわけないでしょ」
マスターオブマスターに馴れ馴れしい態度をとってもいいなんて許可があるわけがない。
シオンの思考は、常人のものである。
「あるんだよ。クソ。信じてねえな」
「ええ。信じてません!」
シオンは、子供じみた言い方をした。
「よし。わかった。今度文書を貰ってきてやる。ダリちゃんの直筆でな」
「ええ。貰って来たら信じてやってもいいわよ。どうせ無理だろうけど」
「あ。言ったな!」
「ええ。言いました」
子供の喧嘩のようになってきた。
「じゃあ、本当だったら奢れよ」
「いいわよ。何を奢ればいいの」
「美味しい飯を頼む!」
「あんた。そればっかりね。よほどお金ないのね。さっきだって、マスターオブマスターにたかってたものね」
「あれは、たかりじゃねえ。いつもの約束だ!」
「は? あんた、マスターオブマスターにいつも奢ってもらってるの!?」
「当然だ。あっちが金持ちだ! んで、俺はあの子らの師みたいなもんだ!」
「はぁ。そこまでいけば、妄想も凄いわね」
「おい。信じてねえな。お前」
クロウとの対戦がいつになく長い。
この喧嘩になれていない順番待ちの新人登録希望者たちは、唖然としていた。
ロクサーヌのギルド会館を利用していく内に慣れるので、今は仕方のない反応である。
「いいか。シオン。すんげえ飯を奢ってもらうぞ。デートするよりもすげえ飯だ」
「え。デート!?」
「ああ。めっちゃくちゃ高い飯を食わしてもらう!」
食べさせてやる。
みたいなテンションで、クロウは宣言した。
『良く恥ずかしげもなく、そんな宣言ができるな』
周りの人間の心の声だ。
「クロウ。あたしとデートする気なの?」
「デートとかの時よりもすんげえ奴だ! 高い飯を食わせてもらうぞ! おっしゃあ。一食浮いたぞ!!!」
とクロウが天井に向かって拳を突き上げた。
なので、クロウはシオンの顔を見ていない。
これは宜しくなかった。
なぜなら・・・。
周りの人たちは、彼女を見ていた。
彼女の顔が真っ赤に染まった事をだ。
まさか。クロウとデートをすることになるとは。
彼女の思考は、怒っていた事を忘れ、いつの間にかそっちの方向に向かっていた。
「マスター! 書けました」
元気のよい返事が奥から来たので、クロウが返事をする。
「はいはい。ヨミちゃん待ってね。今いくよ」
クロウが裏に行く前に。
「んじゃ。シオン。覚えておけよ。しっかりダリちゃんに書いてもらうからな。直筆貰ってくるから、目ん玉飛び出すなよ」
思考停止していく彼女に向かって宣言した。
ヨミの元に行く途中も。
「なに食わせてもらおうかな。カニ! エビ! 肉! どれがいいか・・・いや。全部がいいかな」
結局、恥ずかしそうにしたシオンの事は見向きもせずに、ご飯の事しか考えていないクロウであった。




