第10話 おじさんとの約束だよ
しばらく泣いたクロウを見た後。
シオンが言う。
「あんた。イイ大人なんだからさ。プリンなんて諦めなさいよ。食べちゃったけど、リリも一生懸命謝ってるんだしさ」
大の大人がいつまでも泣くんじゃない!
大人のシオンがクロウを慰めた。
「お前な。諦められるか。あれ、限定だって言っただろ。それにあのリリちゃんが俺に嘘を言ったんだぞ」
「また買えばいいじゃない」
「それがムズイんだ。あれ、年に一度なんてもんじゃない。数年に一度っぽいんだぞ。去年は見た事がない!」
「じゃあ、待てばいいじゃない」
「ああ。そういう事言う? ショックな俺に対して、無慈悲じゃない」
「知らないわよ。いつまでも、大の大人が泣いている方が迷惑よ」
「悪魔! 世間知らず! 分からず屋!」
「うっさいわね。黙りなさいよ」
二人の喧嘩になっていきそうなところ。
「べべべ、弁償します! マスター。プリン買います」
「いや、リリちゃん。それが無理なのよ。激レア商品だから、滅多に買えないんだ」
「そ、そこをなんとかします。なんでもしますので、頑張ります!」
「ん?」
今の一言で、事情が変わりそうだった。
クロウの顔が明るくなる。
「なんでも?」
「はい。一生懸命弁償します」
「今の聞いた。フラン君!」
クロウは、裏でお弁当を食べているフランに聞いた。
シオンとクロウのいつもしているどうでもいい喧嘩と、おじさんのプリンがどこに消えようが興味のないフランは、休憩の残り時間も少なくなるので一人黙々と食事をしていたのだ。
「はい。聞いてます」
「ほい。来た。フラン君が証人だぞ。リリちゃん、弁償してもらいます」
真面目なフランなら証人になってくれる。
クロウの信頼の証だ。
「わかりました。マスター。なんでもします」
「じゃあ、おじさんとデートだ! それで許してあげよう」
「え? デートですか??」
「ああ。一回デートして、チャラね」
「・・・・え?」
思った方向性の償いじゃなかったので、リリアナは首を捻った。
二人の会話だったが、次の一言はフランである。
食べ物を掴んでいた箸を置いて、宣言する。
「マスター。今のは、セクハラでパワハラですよ。プリン一個がデート一回になるなんて、罰が重すぎます。リリさんがプリンを食べるよりも。おじさんが若い女性とデートする方が犯罪です」
プリンを食べるより、デートの方が罪が重い。
フランの意見である。
「そんな馬鹿な。おじさんだっていい思いしたいでしょ」
「それはあなただけだ。常識のあるおじさんは、嫌がる女性をお誘いなんてしません」
「嫌がってねえだろ。驚いているだけだ」
「驚いても嫌がっても、どっちにしろパワハラでセクハラですよ。マスター」
「んんんん!」
冷静に言われると腹が立つ。
クロウが怒ろうとした時に。
「わかりました。マスターいいですよ。今度デートしましょう」
「お! いいの」
「はい! どこに行けばいいんですか」
「乗り気だね。リリちゃん、いいね!」
意外と乗ってくれた。
クロウの怒りはどこかへ消えた。
「リリ。無理しちゃ駄目よ。この人の理不尽な命令なんて聞かなくてもいいんだから」
一見、シオンが優しく諭しているように見える。
『無理しないでいいの。おじさんとデートなんて、拷問よ』
という意味が先程の言葉の中にあるが、内心は焦りながら言っていた。
「無理してません! プリンで埋め合わせが出来ないみたいなので、マスターに償うには、これくらいの事をしないと!」
「あなたが嫌なら、あたしがなんとかするから。この人の我儘に付き合う事なんてないのよ」
「いいえ。頑張ります」
シオンの説得にも応じず、気合いが入った返事だった。
「横からうるさいぞシオン。リリちゃんが大丈夫って言ってんだ。これは決まりなの!」
シオンに向かって言ってから、リリアナに言う。
「リリちゃん。あとで日程と場所を決めよう! 王都が良いかな。ここは田舎町だしな。狭い場所じゃ楽しくねえからな」
プリンで不機嫌だったなんて嘘のよう。
クロウの機嫌は最高潮になる。
「頑張らせてもらいます。マスター。よろしくお願いします」
気合いの入った挨拶で、この問題は解決となったのである。
◇
プリン事件後の午後。
皆が通常通りの仕事をしている所。
クロウとシオンは、裏の職員の部屋で書類作業をしていた。
「なんだシオン」
シオンが、クロウの事をチラチラ見ている。
そこに気付いたクロウが声を掛ける。
「な、何でもないわよ」
「じゃあ、なんで見てんだよ。俺の顔になんかついてんのか」
「何もついてないわよ」
「お前。まさか・・・」
「な。なによ」
リリちゃんとデートするから嫉妬してんのか。
こう聞かれると思い、シオンは焦った。
「俺。鼻毛出てるのか! そんなに顔をジロジロ見るならさ。やっぱ伸びてたりすんの。いや、おじさん。恥ずかしいぞ。今まで伸びっぱなしだったのか!」
「!?!?!?」
ズサーと転びたい気持ちを抑えて、シオンが答える。
「出てないわよ。出てたら朝から指摘するわよ」
「あ。それもそうだな」
シオンなら遠慮せずに、すぐに言ってくれるはず。
クロウは一瞬で納得した。
次にクロウが『じゃあ、なんでだよ』と言おうと思ったら、表から連絡が来た。
「マスター。ちょっといいですか。来てもらってもいいですか?」
「ああ、いいよ。待ってて」
リリアナからの呼び出しが来た。
クロウは、戸惑いと嫉妬の中にいるシオンを置いて、そそくさと表に出た。
◇
一番の受付。
リリアナの前には、猫耳で猫目の女性が立っていた。
クロウと喋ってもいないのに、獣人族の女性の鼻息が荒いのがわかる。
「どしたの?」
「マスター。こちらの方が・・・」
リリアナが説明に入ろうとしたら、猫耳女性が話し出す。
「受け付けてください。冒険者になりたいです!」
元気一杯だ。
クロウはそう思った。
リリアナの方に顔を向ける。
「そっか。これで困ってたのか。リリちゃん」
答えるリリアナの顔はまだ曇っている。
「い、いいえ。それだけじゃなくてですね。別な理由がありまして・・・」
受付時間じゃなくても受け付けて欲しいと言ってくる人間は、たまにいたりする。
だから、経験済みの事なので、この対応に困った訳じゃない。いつもであればマスターを呼ばずに対応が可能なのだ。
なので、リリアナが真の意味で困ったのは・・・。
「この方。字が読めないし、書けないのだそうです。表の看板も分からなかったみたいで」
看板には、『新人登録は午前中まで』
この注意書きが書いてある。
「なるほど・・・そういう事か」
クロウは一瞬で事態を把握した。
字が分からないんじゃ、冒険者になれない。
彼女にやる気があるから、追い返そうにも、きっとまた来る。
そしたら、この子は字が読めないし書けないので、また冒険者になれない。
なぜなら、冒険者登録の際に名前の明記が必須であるのだ。
せめて名前だけでも書ければなのだが・・・。
「それじゃあ、君。当然自分の名前も書けないよね?」
「はい!」
どんな質問にも元気一杯だ。
クロウはイライラもせずに笑顔で対応していた。
相手の無知な感じに、イラつく人間もいるだろうが、案外クロウは懐が深い。
むしろ彼女のやる気に感心しているくらいだ。
「君・・違うな。君の名前を教えてくれるかい」
「はい! ヨミです!」
「ヨミちゃんね。じゃあ、ヨミちゃん。冒険者になりたい?」
「はい」
「絶対? 何が何でも?」
「はい!」
返事の音量が変わらず、元気なままだ。
途中であきらめるような感じじゃないので、クロウは決心する。
「わかった。おじさんと約束してほしい。何があっても、絶対なるんだよね。どんな事があっても諦めないよね」
「はい! 頑張ります!!」
約束を取り付けたので、クロウが彼女に聞く。
「それじゃあ。まず字を覚えないと駄目だ。字は冒険者になるのに最低条件の一つだ。どんな馬鹿な冒険者でも、そこは出来るんだよ」
今までの新人でも、皆一律に字だけは出来る。
計算とかその他諸々が出来なくても、そこだけは絶対である。
「そうだったんだぁ!」
指摘されても明るい。
ヨミは良い子そうだ。
「本当の所はね。名前だけでもいいんだけど。それだと、そこから先の冒険者生活が苦しくなるだろうから、俺が徹底的に教えてあげよう」
名前だけ書けるようになって、そこから冒険者になっても、その先苦労するのは目に見えている。
冒険者は、クエスト管理や書類などで、何かと文章を読み取らないといけないのだ。
「い。いいんですか・・・でも、私。そんなにお金が・・・もう尽きかけてて」
登録のお金はあるが、授業料分のお金は・・・。
ヨミは自分の財布を取り出そうとする。
「いいよ。お金はいらないから。こっちに来な」
無償でいいんだ。
だから、こっちに来てくれ。
さっそく教えるつもりだった。
「はい!」
ヨミを職員の方に手招きする。
彼女が裏に入ったら、クロウが指示を出す。
「リリちゃん。通常業務に戻っていいよ。こっちは俺がなんとかするから」
「はい。お願いします」
「うん。じゃあ、頑張ってね」
クロウが、表から消えた後。
フランが珍しく席を離れて、リリアナのそばに来た。
コソコソと話し出す。
「リリさん。マスターってこういう時は頼りになりますね」
「うん。私、困ってたから助かったよ」
「ええ。僕も仲介しようと思ったんですけど、どう対処したらいいか。困ってました・・・あ、教えるみたいですね」
「うん。さっそくやってるみたい」
後ろを振り返った二人は、クロウがつきっきりで彼女に字を教えている所を見ていた。
意外と頼りになる男。
これがクロウの代名詞でもある。




