03 市場は戦場!? ぼったくり魔族商人との初交渉
朝の光が差し込むカフェ・マーヤ。
竈の煙が立ち上り、昨日の残り香がまだ空気に漂っている。
開店2日目──にも関わらず、スープ鍋はもう空っぽだった。
魔族の子供たちが朝早くから押し寄せ、「おかわり!」と皿を差し出すのだ。
その顔を見て、相川真は苦笑した。
「うれしい悲鳴、ってやつだな……」
しかし問題は、材料だ。
芋も穀物も、もう底をつきかけている。
このままでは店を続けられない。
そこで真は、村の外にあるという市場へ向かうことにした。
魔族領の市場──想像するだけで、ちょっとした冒険だ。
金もない、この世界の事もまだまだ知らない。
それでも、仕入れなければ店が潰れる。
「行くしかないか」と覚悟を決め、彼は昨日の守衛──レオグを訪ねた。
村の門の前で、レオグは腕を組んで立っていた。
黒い鎧をまとい、相変わらず圧がある。
「市場に行きたい?」
「ええ。食材の仕入れをしたくて。案内をお願いできませんか」
「……物好きな人間だな。あそこは戦場だぞ」
「市場が、戦場?」
レオグは薄く笑った。
「言葉の綾ではない。値切れば斬られる。目を逸らせば、財布が消える。──それが魔族の商いだ」
真は額を押さえた。
思っていたファンタジー市場とはだいぶ違う。
しかし、開発部に入る前のサラリーマン時代に比べれば、命がけの値引き交渉も経験済みだ。
上司に詰められ、取引先に理不尽を押しつけられ、笑顔で頭を下げてきた。
ブラック企業の商談フロアに比べれば、かわいいもんだ。
そう自分に言い聞かせ、彼は市場へ向かった。
***
魔族の市場は、村の西側の丘を越えた先にあった。
岩山に囲まれた広場に、木造の屋台がずらりと並ぶ。
香辛料の匂い、焼けた肉の匂い、そして獣のような怒号。
それらすべてが混ざり合い、まさに戦場だった。
「おいそこの! 青根菜は一本銀貨2枚だ!」
「高すぎる! 二枚でどうだ!」
「舐めるな、尻尾引っこ抜くぞ!」
真は思わずレオグに囁いた。
「……これ、平和的に終わるんですか?」
「終わらん。勝った者が生き残る。それが市場だ」
「物理的に!?」
戦慄しながらも、真は一軒の野菜屋へと足を向けた。
屋台の主は、体の半分が蛇のような女商人──ナーガ族らしい。
冷たい目が、真を舐めるように見た。
「珍しい顔ね。人間? あんた、生きて帰れると思ってるの?」
「まぁ、できれば。今日は仕入れで来たんです」
「ふん、命知らずね。で、何が欲しいの?」
真は周囲を見回す。
芋に似た根菜、青紫の葉物、黒い実の果物。
どれも未知の食材だが、使えそうだ。
「この芋と、この香草を少しずつください」
「銀貨15枚」
真は思わず吹いた。
「た、高くないですか? この量で15枚って……」
「嫌なら帰りな。ここじゃ言い値がルールよ」
なるほど、そういう世界らしい。
しかし、彼も企業の営業で値引き交渉を何百回とこなしてきた。
顧客心理を読むのは得意分野だ。
「……なるほど。けど、この芋、他の店と比べて皮が乾いてますね。水分が抜けてるってことは、もう二日以上は前の収穫でしょう?」
「……な、なんでそれを」
図星らしい。
真は淡々と続ける。
「つまり、在庫が残ってるんです。売れ残りを抱えたら、結局腐るだけですよね?」
ナーガ女商人の眉がぴくりと動く。
真はさらに畳みかけた。
「なら、俺がまとめて買いましょう。その代わり、値段は半分。捨てるよりマシでしょ?」
沈黙。
周囲の商人たちが興味津々に見守る。
やがて、女は舌を鳴らした。
「……あんた、ただの人間じゃないね。いいわ、半分で手を打つ。ただし、次も来なさいよ」
真は笑顔で頷いた。
「もちろん。また『お得意さん』になってくださいね」
握手を交わした瞬間、周囲から小さなどよめきが起こった。
どうやら、値引き交渉で魔族に勝った人間は珍しいらしい。
レオグが腕を組んで苦笑する。
「お前……商人の才能があるな」
「ただの社会人スキルです。値切り交渉は、生存本能なんですよ」
荷車いっぱいに食材を積み込み、二人は村へ戻る。帰り道、レオグがぽつりと言った。
「人間よ。お前のような者がこの地に来たのは、偶然ではないのかもしれん」
「どういう意味です?」
「魔王領では今、食糧戦争が起きかけている。各地の村が奪い合い、滅びる寸前だ。──だが、もし食を取り戻せるなら……」
真は足を止めた。
村の遠くに、黒い煙が上がっているのが見えた。
「……戦争、ね」
食べ物のために争う。
その現実は、彼がいた世界とそう変わらないのかもしれない。
「なら、俺はやることが決まってますよ」
そう言って、荷車を押しながら笑う。
「誰かが奪うくらいなら──俺が作ればいい。この世界中のお腹が満たされるまで」
レオグは目を細め、静かに頷いた。
「……その言葉、忘れるなよ。人間」
***
夕暮れ。
カフェ・マーヤの竈から、再び煙が立ち上る。
新しく仕入れた芋と香草を煮込み、スープの香りが村に広がる。
子供たちが走り寄り、皿を抱えて笑う。
レオグは黙ってスープを受け取り、ひと口だけ啜る。
「……やはり、温かいな」
「そうだろ?」
真は笑ってお玉を振る。
その姿を見て、ラズ老人が小さく呟いた。
「食は命をつなぐ。命をつなぐ者は、やがて国を変える」
異世界の空の下、カフェの灯がまたひとつ、確かに灯った。
──それはまだ、小さな火。
けれど、それは何かの始まりのように感じられた。
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