表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

03 市場は戦場!? ぼったくり魔族商人との初交渉

 朝の光が差し込むカフェ・マーヤ。

 竈の煙が立ち上り、昨日の残り香がまだ空気に漂っている。


 開店2日目──にも関わらず、スープ鍋はもう空っぽだった。


 魔族の子供たちが朝早くから押し寄せ、「おかわり!」と皿を差し出すのだ。

 その顔を見て、相川真は苦笑した。


「うれしい悲鳴、ってやつだな……」


 しかし問題は、材料だ。

 芋も穀物も、もう底をつきかけている。

 このままでは店を続けられない。


 そこで真は、村の外にあるという市場へ向かうことにした。


 魔族領の市場──想像するだけで、ちょっとした冒険だ。

 金もない、この世界の事もまだまだ知らない。

 それでも、仕入れなければ店が潰れる。


 「行くしかないか」と覚悟を決め、彼は昨日の守衛──レオグを訪ねた。


 村の門の前で、レオグは腕を組んで立っていた。

 黒い鎧をまとい、相変わらず圧がある。


「市場に行きたい?」


「ええ。食材の仕入れをしたくて。案内をお願いできませんか」


「……物好きな人間だな。あそこは戦場だぞ」


「市場が、戦場?」


 レオグは薄く笑った。


「言葉の綾ではない。値切れば斬られる。目を逸らせば、財布が消える。──それが魔族の商いだ」


 真は額を押さえた。

 思っていたファンタジー市場とはだいぶ違う。


 しかし、開発部に入る前のサラリーマン時代に比べれば、命がけの値引き交渉も経験済みだ。

 上司に詰められ、取引先に理不尽を押しつけられ、笑顔で頭を下げてきた。


 ブラック企業の商談フロアに比べれば、かわいいもんだ。


 そう自分に言い聞かせ、彼は市場へ向かった。




 ***




 魔族の市場は、村の西側の丘を越えた先にあった。

 岩山に囲まれた広場に、木造の屋台がずらりと並ぶ。

 香辛料の匂い、焼けた肉の匂い、そして獣のような怒号。


 それらすべてが混ざり合い、まさに戦場だった。


「おいそこの! 青根菜は一本銀貨2枚だ!」


「高すぎる! 二枚でどうだ!」


「舐めるな、尻尾引っこ抜くぞ!」


 真は思わずレオグに囁いた。


「……これ、平和的に終わるんですか?」


「終わらん。勝った者が生き残る。それが市場だ」


「物理的に!?」


 戦慄しながらも、真は一軒の野菜屋へと足を向けた。

 屋台の主は、体の半分が蛇のような女商人──ナーガ族らしい。

 冷たい目が、真を舐めるように見た。


「珍しい顔ね。人間? あんた、生きて帰れると思ってるの?」


「まぁ、できれば。今日は仕入れで来たんです」


「ふん、命知らずね。で、何が欲しいの?」


 真は周囲を見回す。

 芋に似た根菜、青紫の葉物、黒い実の果物。

 どれも未知の食材だが、使えそうだ。


「この芋と、この香草を少しずつください」


「銀貨15枚」


 真は思わず吹いた。


「た、高くないですか? この量で15枚って……」


「嫌なら帰りな。ここじゃ言い値がルールよ」


 なるほど、そういう世界らしい。

 しかし、彼も企業の営業で値引き交渉を何百回とこなしてきた。

 

 顧客心理を読むのは得意分野だ。


「……なるほど。けど、この芋、他の店と比べて皮が乾いてますね。水分が抜けてるってことは、もう二日以上は前の収穫でしょう?」


「……な、なんでそれを」


 図星らしい。

 真は淡々と続ける。


「つまり、在庫が残ってるんです。売れ残りを抱えたら、結局腐るだけですよね?」


 ナーガ女商人の眉がぴくりと動く。

 真はさらに畳みかけた。


「なら、俺がまとめて買いましょう。その代わり、値段は半分。捨てるよりマシでしょ?」


 沈黙。

 周囲の商人たちが興味津々に見守る。


 やがて、女は舌を鳴らした。


「……あんた、ただの人間じゃないね。いいわ、半分で手を打つ。ただし、次も来なさいよ」


 真は笑顔で頷いた。


「もちろん。また『お得意さん』になってくださいね」


 握手を交わした瞬間、周囲から小さなどよめきが起こった。

 どうやら、値引き交渉で魔族に勝った人間は珍しいらしい。


 レオグが腕を組んで苦笑する。


「お前……商人の才能があるな」


「ただの社会人スキルです。値切り交渉は、生存本能なんですよ」


 荷車いっぱいに食材を積み込み、二人は村へ戻る。帰り道、レオグがぽつりと言った。


「人間よ。お前のような者がこの地に来たのは、偶然ではないのかもしれん」


「どういう意味です?」


「魔王領では今、食糧戦争が起きかけている。各地の村が奪い合い、滅びる寸前だ。──だが、もし食を取り戻せるなら……」


 真は足を止めた。

 村の遠くに、黒い煙が上がっているのが見えた。


「……戦争、ね」


 食べ物のために争う。

 その現実は、彼がいた世界とそう変わらないのかもしれない。


「なら、俺はやることが決まってますよ」


 そう言って、荷車を押しながら笑う。


「誰かが奪うくらいなら──俺が作ればいい。この世界中のお腹が満たされるまで」


 レオグは目を細め、静かに頷いた。


「……その言葉、忘れるなよ。人間」




 ***




 夕暮れ。

 カフェ・マーヤの竈から、再び煙が立ち上る。

 新しく仕入れた芋と香草を煮込み、スープの香りが村に広がる。


 子供たちが走り寄り、皿を抱えて笑う。

 レオグは黙ってスープを受け取り、ひと口だけ啜る。


「……やはり、温かいな」


「そうだろ?」


 真は笑ってお玉を振る。

 その姿を見て、ラズ老人が小さく呟いた。


「食は命をつなぐ。命をつなぐ者は、やがて国を変える」


 異世界の空の下、カフェの灯がまたひとつ、確かに灯った。


 ──それはまだ、小さな火。

 けれど、それは何かの始まりのように感じられた。

ご覧頂きありがとうございます!

また感想・評価・ブックマークで応援いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ