01 ブラック企業の味は苦い
導入下手でごめんなさい。
午前2時47分。
東京・新宿のビル街。
照明の落ちたオフィスフロアで、まだひとつだけ光が灯っていた。
──株式会社イートピア・企画開発部。
机の上にはコンビニ弁当と書類の山。
カップ麺の蓋はとっくに乾き、コーヒーは氷のように冷めている。
その中心で、男が一人、ぼんやりとモニターを見つめていた。
「……納期、明日……じゃなかった、もう今日か」
相川真、27歳。
食品メーカーで商品企画を担当している、いわゆる『社畜』である。
今日だけで労働15時間目。
だが、彼の表情は不思議と穏やかだった。
書類の隅に書かれた「新商品案:心が温まるスープ」──その文字だけが、かすかに光を帯びて見える。
彼は小さく笑い、つぶやいた。
「温まるスープ、か……。俺の心は冷え切ってるけどな」
指先がマウスを離した瞬間、肩の力が抜ける。
そのまま、机に突っ伏すように眠り落ちた。
──そして、二度と目を覚まさなかった。
***
目を開けたとき、彼は青空の下にいた。
……いや、正確には青紫の空だ。
見上げれば、三つの太陽が微妙にずれた位置で輝いている。
体を起こすと、足元に冷たい草の感触。
周囲には瓦礫と、黒ずんだ森、そして……子供たちの視線。
「え?」
10歳前後の子供たちが、警戒するようにこちらを囲んでいた。
だが、彼らは『人間』ではなかった。
灰色の肌に、角。
瞳は赤く光り、耳は鋭く尖っている。
「……魔族?」
ゲーム好きな彼の脳が、即座に答えを出した。
(待て、待て。どういう事だ? さっきまで会社に居たはずじゃ⋯⋯もしかして。これが俗に言う、異世界転生というやつなのか?)
馬鹿馬鹿しい答えだが、目の前の景色と特殊メイクの域を遥かに超えている、子供たちを前にこれしか説明のしようがなかった。
そして現実は、容赦なく彼を突き落とす。
腹の奥から、ぐうう、と音が鳴った。
──子供たちの、だ。
彼らの服はボロボロで、頬はこけ、目の下に隈ができている。
ああ、これは……飢えだ。
「お腹、すいてるのか?」
彼らは、コクリと頷いた。
どうやら、意思疎通はできるらしい。
「……たべもの?」
その声は弱々しく、風とともに消えていった。
彼は周囲を見回した。
草。石。焦げた木の根。
その中に、奇妙な紫色の芋のようなものが転がっていた。
「よし……試してみるか」
彼は会社のキャンプ研修で学んだ焚き火の要領を思い出す。
乾いた枝を集め、摩擦で火をつけ──
……もちろん、一発で失敗。
「うん、そりゃそうだよな。ライターもガスもない」
だが、手のひらを見たとき、そこに光る小さなアイコンが浮かんでいた。
『スキル:グルメリンク』
「グルメ……リンク? え、通信系のスキルか?」
試しに意識を向けてみる。
ふわりと温かな光が広がり、焚き火の木に火がともった。
「おお……! 便利だな!」
子供たちが目を丸くする。
相川も驚いていたが、それよりも──目の前の芋を焼き始める。
紫の皮が焦げ、甘い香りが漂う。
匂いに釣られて、子供たちが少しずつ近づいてきた。
「焦げても文句言うなよ……俺も初めてだ」
焼けた芋を半分に割ると、鮮やかな黄金色の中身。
思わずごくりと喉が鳴る。
ひと口。
ほくほくとした食感。ほんのりとした甘み。
「……あ、うまい」
そして、もう半分を子供に差し出す。
最初は警戒していたが、匂いに負けて、そっと口に入れた。
その瞬間。
ふわり、と光が広がった。
胸の奥に、温かい何かが流れ込んでくる。
彼らの味覚と感情が、同時に伝わってくるような不思議な感覚。
──おいしい。
──あったかい。
──なつかしい。
涙がぽろりと落ちた。
子供のものでもあり、相川自身のものでもあった。
「……すげぇ、これ」
光の中で、子供たちが次々と笑顔になる。
彼らの目に「敵を見る恐怖」はもうなかった。
「なあ、君たち。これ、もっと作ろうか?」
彼らは、笑顔で頷く。
そして、彼らの前に次々と芋を差し出す。
焼き芋の香りが夜空に立ちのぼり、それが村の奥まで届いた。
***
夕方、彼は色褪せた村を歩きながら、現実を整理していた。
・異世界。
・魔族の領地。
・食料不足。
──なるほど、つまり地獄。
「せめてチュートリアルぐらいあってくれよ」
文句を言いながら、彼は村の中心に立つ石碑を見つけた。
異世界文字でこう刻まれている。
『食を忘れた者に、心は宿らぬ』
その言葉が胸に刺さる。
自分が死ぬ直前に思ったことと、まるで同じだった。
ふと、背後から声がした。
「人間……?」
振り向くと、杖を持った老人が立っていた。
肌は黒く、瞳は深紅。角は折れているが、威厳がある。
どうやら、村の長老らしい。
「おまえが……火を使ったのか?」
「あ、はい。焼き芋を……」
「魔芋……それが、あの香りか」
老人は目を細め、静かに笑った。
「我ら魔族は、食を忘れて久しい。戦に明け暮れ、食卓を囲むこともなくなった。……だが、あの匂いは、懐かしかった」
その言葉に、彼の胸が熱くなる。
彼は立ち上がり、宣言した。
「じゃあ──俺が、思い出させてみせますよ。『食の幸せ』ってやつを」
老人が目を見開いた。
そして、ゆっくりと頷く。
「面白い人間だ。……名を聞こう」
「相川真。元・食品会社の開発担当です」
「開発、か。では、お前の仕事を見せてみろ。この村の胃袋を、もう一度温められるか?」
真は笑う。
どんな会議よりも、今はやる気に満ちていた。
「了解です。──ただし、俺の流儀でやります」
ポケットに手を突っ込み、出てきたのは、なぜか一枚だけ残っていたレシピメモ。
『心が温まるスープ』
異世界の風が吹き抜ける中、彼は小さくつぶやいた。
「今度こそ、本当に温まるものを作ってみせる」
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自分の苦手とするジャンルなので設定や世界観がおかしいかもしれないです。ご了承ください。まったり書きたい時に書きます。
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