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見て見ぬふりが出来なくなるまで

 公園の木々が風に揺れる。

マルタは目を細めた。

この平和な光景を見るたびに、思い出していた。


 エバとルイ。

マルタの脳裏に、まだはっきりと二人の顔が浮かぶ。


いつか平和な日が来たら、ルイが読む絵本に出てくるような公園でピクニックがしたかった。

エバはルイを学校に行かせようとして、きっと遠足があるからとお弁当の作り方を聞いてきた。


 あの二人とこんな公園で色とりどりの弁当を食べる未来もあったのかもしれない。


 何度思い返しても正解が分からなかった。

どうすれば全員が幸せになれたのか。


◇◇◇


 あの日、マルタは激しく動揺していた。


 エバが育てている子供のルイが、食神の民ではないと、部下が気づいてしまった時。

報告を受けて、初めに怒りが身体中を駆け巡って血が沸騰するようだった。


 息子たちは内戦のただ中で、三日も連絡が取れていなかった。

死んでいないか、怪我をしていないか、酷い目に遭っていないか、こんな仕事をしているからこそ知ってしまっている嫌な知識のおかげで気が気ではなかった。


 それなのに、エバがにこにこと笑いかけているのは、息子たちを苦しめている人間の息子だった。


 だがマルタは、ずっと前から薄々気づいていた。

ルイが赤ん坊の時から、何かが違うと感じていた。

例えば、食神の民の子供なら、おもちゃを口に入れて甘噛みする時期に、一度や二度は誤って食べてしまう。ルイは違った。


 エバが買う食料の内容も、あまりにも子供向けばかりで、何でも食べて何でも糧にできる食神の民のものにしてはおかしかった。


 しかしマルタは、見て見ぬふりをしてきた。

エバが過保護なだけ、ルイを大切にしているだけ、栄養に気を使うのは良いことだ。


 エバの幸せそうな顔を見ていたかったから。


 ルイの笑顔を見ていたかったから。


 そして自分自身が、あの二人と一緒にいる時間を必要としていたから。


組織のボスとして、マルタは常に強くあらねばならなかった。夫が死んでも、息子たちの生死が分からなくても、弱音を吐くことも、涙を見せることも許されなかった。


 だがエバとルイといる時は、違った。

 ただの「おばあちゃん」でいられた。


 ルイが「マルタおばあちゃん!」と駆け寄ってくる。

小さな手を握ってくる。「お話して!」とせがんでくる。


 その時間が、マルタには何よりも大切だった。

 だから気づかないふりをした。

 ルイが食神の民でないことを。

 エバが、敵の子供を育てていることを。


 見て見ぬふりが出来なくなるまで。

◇◇◇


 だが、内戦が始まり、状況は一変した。

 治安は急速に悪化した。食神の民への今まで以上の弾圧が始まった。


 息子たちは次々と危険な任務に向かった。連絡が途絶えがちになった。


 そして、マルタの組織も追い詰められていった。

 そんな中で、部下から「エバが敵の子どもを育てている」と報告を受けたマルタはついに決断を迫られた。

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