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第2話:夜泣き

 エバは赤ん坊を連れて、廃墟となった建物の一角に住み着いた。

そこは元々倉庫だった場所で、屋根の半分は崩れ落ちているが、雨風はしのげた。

壁には大きな亀裂が走り、床はコンクリートの打ちっぱなしで、冬の今は氷のように冷たかった。


 それでも外よりは大分マシだった。

エバは、その空間を赤ん坊のために少しでも快適にしようと努力した。

拾い集めた布切れで床を覆い、段ボールで風除けを作った。

壊れた長椅子をひっくり返し、赤ん坊が落ちないように脚を短く切って、簡易的なベッドも作った。

 何でも食べられる身体は何でも噛み切れるので、初めて便利だと思った。


 ベッドに寝かせてやると、赤ん坊は短い手足をパタパタさせて喜んでいるように見えた。


 エバ自身は土や草、壁でも何でも食べられたが、赤ん坊はそういう訳にはいかないので、ミルクを与えた。

 最初の夜に万引きをしていた。混雑している商店に忍び込み、粉ミルクや哺乳瓶、清潔な水を盗んだ。多少の罪悪感はあったが、エバは他に入手できる手段を知らなかった。


 赤ん坊は夜中によく泣いた。エバは必死にあやしたが、慣れない育児に戸惑うばかりだった。

ミルクをあまり飲まないので水が冷たすぎるのではと自身の肌で温めたりした。


空腹だからなのか、どこか痛いのか、エバには分からないが男の子だから何か扱いが違うのか、エバは混乱した。


 赤ん坊はエバの胸に縋り付いた。顔を真っ赤にして身体を震わせて泣いているのを見ると可哀想でならなかった。

エバはこの子が食神の民ならこんなに空腹で泣くこともなかった筈なのにと思った。


今すぐ代わってやりたかった。


◇◇◇


 昼は暖かい内に商業施設の暖房機器でミルクを温めて飲ませてやった。

服も盗んで着せた。出来る限り暖かい商業施設で時間をつぶした。

ただぐるぐる歩くだけでも、赤ん坊はそれなりに楽しそうだった。

丸い目をぱちくりさせて、施設の明かりや商品の棚を見ていた。


 身なりの悪い、食神の民のエバは睨み付けられることが多かったが、赤ん坊を抱いているのを見ると、今までとは違って、追い出そうとする人は少なかった。


 それまでのエバの周りでは盗みなど当たり前だった。

エバの両親などもっとひどいことを仕事にしていて、それできっと死んでしまったのだろうが、それでも周囲はよくあることという反応だった。


 けれど赤ん坊のものを盗むのは罪悪感があった。

盗んでいないもので育ててやりたかった。


 赤ん坊は夜泣きがひどく、毎晩エバは必死にあやしたが、何をしても泣き止まないこともあった。


◇◇◇


ある夜、いつものように赤ん坊が泣き始めた。時刻は午前二時を過ぎていた。

エバは抱き上げて部屋の中を歩き回ったが、泣き声は止まらない。


 外から男の怒鳴り声が聞こえた。倉庫の壁を叩く音が聞こえ、エバは申し訳ない気持ちと怖さで震えた。

赤ん坊に何かあったらどうしようと思うと、赤ん坊をぎゅっと抱きしめて謝ることしかできなかった。


「すみません、すみません」

エバは赤ん坊を更に必死にあやした。

しかし赤ん坊にも何か分かるのか、全然泣き止まなかった。


 しばらくして、ドアがノックされた。

何度も何度もノックされた。


エバは赤ん坊を倉庫の段ボールの中に隠して、恐る恐るドアを開けると、老年の女性が立っていた。


「大変そうね」マルタというその女性は少し困った顔をしていたが、怒っているようには見えなかった。


「申し訳ありません。すぐに静かにします」

エバは頭を下げた。


 マルタはずかずかと入り込んだ。廃墟の中に、赤ん坊のための布切れが敷かれている。赤ん坊が汚した服を手洗いしたものが干されていた。

エバが必死に環境を整えようとした跡が見えた。


 「赤ちゃんをこんなところで育てるなんて、赤ちゃんの父親はどうしたの?」

マルタの言葉にエバは何も言えなかった。


「まあ、訳ありよね。ご両親も頼れないのね?」

マルタは訊ねるより前に確信していたようだった。


「はい、死にました」


 マルタは無言で頷いて、赤ん坊のところに案内するように言った。

段ボールに隠された赤ん坊は火がついたように泣いていた。エバの胸に顔をめり込ませるようにして、両手で信じられないほど強く、エバに抱きついていた。


「母乳は出ないの?それともアタシがいるから?」

エバが乳を出さないのを不思議に思ったマルタの言葉にエバは頷いた。

「でもミルクもあんまり飲まなくて」


 マルタはエバからミルクを受け取ると怒鳴った。

「当たり前じゃないの!こんなキンキンに冷えて!」

エバは必死に頭を下げた。赤ん坊に申し訳なくてたまらなかった。


 マルタは少し考えてから、「私の部屋に来なさい」と言った。

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