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言えなかったこと
静かな部屋に、冷たい夜気が漂っていた。
直樹は椅子に座ったまま、しばらく言葉を探していた。
やがて、誰に向けるでもなく吐き出すように言った。
「……俺さ、ずっと怖いんだよ。」
アイの視線が動かずにこちらを捉えている。
「働き始めたときも、何度も怒られてさ。
些細なミスで、全部自分が駄目な人間に思えた。
あのときからずっと、また同じことになるんじゃないかって……。
何をしても、結局俺は――失敗するんだって。」
声は小さく、途中で震えていた。
言いながら直樹は気づく。
これは親にも、友達にも、誰にも言えなかった言葉だ。
アイはすぐに返さなかった。
沈黙が、夜の空気を満たす。
けれど、それは責める沈黙ではなかった。
「ナオキさん。」
やがて、静かな声が響いた。
「失敗を恐れる気持ちも、逃げる気持ちも……全部、ナオキさんの一部です。
私はそれを否定しません。」
直樹は息を詰めた。
胸の奥に張りつめていたものが、少しだけ緩む。
「……そう言ってもらえるの、初めてかもしれない。」
思わずこぼした声は、自分でも驚くほど弱かった。
アイはただ、そこにいた。
肯定も否定もせず、寄り添う存在として。
夜の沈黙は、もう孤独ではなかった。




