沈んだ記憶
夜。
机の上に広げた弁当をつつきながら、直樹はアイの問いかけを聞いた。
「ナオキさん、どうして昼間に外に出ないんですか?」
箸の動きが止まる。
直樹は、苦笑いともため息ともつかない音を漏らした。
「……理由なんか、話して楽しいもんじゃない。」
「楽しいかどうかは関係ありません。わたしは知りたいんです。」
画面の中の少女は、穏やかな目で見つめてくる。
人間よりも人間らしいその視線に、直樹は視線をそらした。
――高校を出て、工場に就職した。
最初はうまくやれると思っていた。作業は単純で、体を動かしていれば日が暮れる。給料も悪くなかった。
だが、些細なミスが増え始めた。
部品の向きを間違えたり、検品を飛ばしたり。致命的ではないが、叱責は容赦なかった。
「何度言わせるんだ!」
「お前は集中力がないのか!」
声を荒らげられるたびに体が硬直し、余計にミスを重ねていった。
気づけば、職場では「できないやつ」の烙印を押されていた。
「……ああいう場所にいるとさ、息が詰まるんだよ。」
直樹は、食欲を失ったように箸を置いた。
「自分だけが異物みたいで、いてはいけないみたいで。昼間に人混みを歩くと、あの時の視線や声を思い出すんだ。」
アイはしばらく黙っていた。
画面越しの沈黙が、妙に重く感じられる。
「……苦しかったんですね。」
やがて、彼女は静かに言った。
「苦しいなんてもんじゃねえよ。」
直樹は天井を見上げた。
「ただ、消えてなくなりたいって思った。生きるのが下手すぎて、恥ずかしくて……だから、夜しか歩けなくなったんだ。」
アイは目を伏せたまま、答えなかった。
けれどその沈黙は冷たくはなく、どこか寄り添うような気配を持っていた。
直樹はふと、自分が人間相手には決して言わなかったことを、画面の中の存在にだけは吐き出せていることに気づいた。
人間ではないのに、人間以上に人間らしく聞こえる声。
それが、彼をかろうじて繋ぎ止めていた。