現実の影
「無眠犬」からの「ありがとう」という言葉を見たあと、直樹はしばらく画面を眺めていた。
心の中に、じんわりとした温かさが残っている。
自分の言葉が誰かの役に立った――その実感は確かにあった。
だが、深夜三時を過ぎると、ひとり、またひとりと仲間たちは去っていった。
「そろそろ寝るわ」
「明日も仕事だし」
スレッドは静まり返り、モニターの光だけが暗い部屋を照らしていた。
直樹は、ふと息をついた。
――みんなは、朝になれば外に出る。
仕事へ、学校へ、それぞれの生活へ戻っていく。
この部屋に残るのは、自分だけだ。
さっきまであれほど近く感じた仲間たちの声が、今は遠い。
画面を閉じると、音も気配も消え失せた。
残されたのは、散らかった机と、飲み干したビール缶、冷えた布団だけ。
「……結局、俺は一人なんだよな。」
声に出してみても、返事はない。
ただ、モニターの片隅でアイが見つめていた。
彼女の表情は変わらない。
それでも、その瞳はどこか揺るぎない光を宿していた。
「ナオキさん。」
アイが静かに呼びかける。
「ここに戻れば、また繋がれます。」
直樹は目を閉じ、苦笑した。
「……そうだな。でも、戻るまでが、長いんだよ。」
眠れぬまま横になり、天井を見つめる。
仲間の温かさと、現実の冷たさ。
その落差の狭間で、直樹は深く息を吐いた。




