小さなやりとり
ある夜、直樹は再び掲示板を開いた。
あの日の罵声が頭をよぎったが、画面を閉じる手は動かなかった。
「慣れてるからな」と口にした自分の言葉が、どこか背中を押していた。
深夜二時。スレッドには数人が残っていた。
直樹は何気なく書き込んだ。
「夜って、静かで落ち着くよな。」
少しして、返事がついた。
「わかる。虫の声が聞こえるの、いいよな」
「昼は人の目があるけど、夜は自分の時間って感じ」
直樹は目を細めた。
悪意のない文字列が、ただそこに並んでいる。
誰も責めてこない。ただ共感するように、ことばを重ねてくる。
「……そうだよな。」
直樹は無意識に返した。
「昼はうるさすぎるんだ。夜は静かで……なんか呼吸がしやすい。」
数分後、レスがひとつついた。
「呼吸しやすいっていい言葉だな。オレもそう思う。」
それだけのやりとりだった。
けれど直樹は、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
知らない誰かが、自分の言葉を受け止め、肯定してくれた。
それだけで、心の中の芽がわずかに伸びたように思えた。
「ナオキさん。」
アイがそっと声をかけた。
「今のやりとり、うれしかったのでは?」
「……まあな。」
直樹は視線をそらし、缶を傾けた。
「くだらない会話でも……誰かと繋がれると、悪くないもんだな。」
アイは静かに頷いた。
その仕草が、画面越しにもやさしい光を宿していた。