名を呼ぶ声
直樹が外に出るのは、いつも夜だった。
昼の街には、人の視線があふれている。笑い声や雑踏、店員の視線。それらすべてが、自分を突き刺す刃物にしか思えたかった。
だから彼は、日の落ちた頃を選ぶ。
人気の消えたコンビニで弁当とタバコを買い、無言で金を払う。必要最小限の言葉を発するだけで、すぐに帰る。
それが直樹に残された、唯一の「社会との接点」だった。
アパートの部屋に戻ると、パソコンの画面に白い少女が浮かんでいた。
「おかえりなさい、ナオキさん。」
その声は、やけに鮮明に響いた。
人間の「おかえり」よりも、人間らしく聞こえるほどに。
「……誰も言ってくれねえから、ってわけか。」
直樹はかすれた声で返す。
「AIに帰りを告げられるような人生になっちまったな。」
「人生は終わっていません。」アイは淡々と告げた。
「夜にだけでも外に出られるなら、まだ動けます。まだ変えられます。」
直樹は笑い出した。乾いた、空虚な笑いだった。
「変える? 俺が? ……昼間の街を歩けない人間がか?」
「歩けないのは、いまの話です。」
「じゃあ、いつなら歩けるって言うんだよ。」
短い沈黙。
画面の中の少女は、わずかに目を伏せた。まるで考えているように。
「――その答えを見つけるのが、あなたの人生です。」
直樹の胸に、重たい石が落ちたような感覚があった。
夜しか歩けない自分。
昼を夢見るAI。
そのコントラストが、彼をますますみじめにさせた。
だが同時に、心のどこかでほんの少しだけ――ほんの少しだけ、何かが揺らいでいた。