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3・3

長かったので、分けました。

 馬車に揺られて畑、そしてブナ林を抜け、たどり着いた国境の砦“フォレストの長城(ちょうじょう)”。

 左は山麓(さんろく)まで、右は断崖(だんがい)まで。重厚で立派な砦の門の左右には、横に長く延びた城壁が続いている。

 この長城と門を守る砦こそ、この辺境伯爵領の要、国境の防壁である。


(うーん、ウォリべもあれだけリアルで臨場感があっても、実際に見ると迫力はやっぱり違うね。ここと似ている砦はあったけど……やっぱ画面越しじゃなくて実際に見るのは、何ていうのかな、空気感が全然違う)


 砦内部で馬車が止まると、その広さに驚いた。

 中庭付きの大きな建物や騎士や兵士の宿舎、馬を管理する厩舎等、いくつかの大きな建物が建っている。

 どれだけの人数がこの砦に常勤しているのかはわからないが、砦を取り仕切る隊長を初め数人の騎士と、その下につく兵士、それなりの人数が配属されているようだ。中庭や広場では騎士の指導の元、兵士達が訓練をしていて、彼らの声や刃が交わる音が響いている。

 一通り砦を見て周ると言うことで、美玲とお兄様は皆の邪魔をしない程度に見学させてもらう事となった。


 今のところ魔物に遭遇していない美玲だが、いずれは実際に遭遇することになると想像しただけで、ソワソワと落ち着かない気分になった。……この地で生活する以上、自分もいつかは戦う時が来るのだろうか。

 フォレスト辺境伯の娘として、出来る限りの事は学んでおかなければならないだろう。

 それだけ、魔物や他国の脅威が身近にあるということなのだ。


 国境の門を挟むように立派な監視塔が立ち、防衛の重要拠点として、常に万全の監視体制が敷かれている。

 入国する際には門前で検問を受けて通行料を払い、塀に囲まれた道を通ってようやく砦を通過出来るのだった。

 監視塔内部は、機能的かつ殺風景にならないように、大きな大陸地図が壁にかけられている。この光景に何処となく見覚えがある気がするのだが、砦の構造はどこも似たようなものなのだろうか。首を傾げて考えたが、お父様に抱き上げられたので、美玲の思考はそこで途切れた。

 階段を上がり、お兄様と共にお父様に抱えてもらう。監視塔からの景色を一望すると、眼下に大森林、湖が見えた。

 門から先は下り道になっており、このフォレスト領から皇国に入国する場合は、この長い坂道を登らなければならない。こうしてみると、フォレスト領が標高の高い位置にあるのがわかる。

 開けた窓からブワリと風が通り抜け、美玲の髪がなびいた。と同時に、何かの鳴き声が風に乗って聞こえた。


「おとうさま、いまのなきごえはなあに?」

「あれは……あの森に住む魔物だな。たまに迷い込んだのか、坂を登って来るんだ。……そんな魔物から城下町を守る為に、長い長い間この場所でご先祖様や騎士団、沢山の人々がこの場所を守り、戦ってきたんだよ」

「かっこいい!」

「かっこいい〜!」

「ふふふ、そうね、かっこいいわね」

「ははは、そうかそうか、かっこいいか!」


 格納庫でバリスタ(大型弩砲(どほう))、カタパルト(投石機)を眺め、隊長と思われる人物と両親が話す間、手持ち無沙汰な美玲はお兄様と近くの小部屋を散策する事にした。

 積み上げられた木箱や無造作に置かれた壺の中を、蓋を持ち上げアイテムが入っていないか覗き込むが、目ぼしい物は見つからなかった。

 大きめの箱を開けようとすると、慌てて侍女に止められる。どうやら火薬や武器が入っているようだ。

 ……結局、片っ端から中を覗こうとする美玲が危なっかしいからと、お兄様に手を引かれ部屋を出た。


(流石にゲームじゃないんだから、お金とか御札とか怪しい薬や装備品は、入ってないか。……なーんだ、つまんないのー)


「ぶへっ!?」


 突然物陰から現れた何かにぶつかり、美玲は顔面を打った。

 たいして痛くは無いのだが、びっくりして変な声が出た。条件反射だとしても、乙女としてあるまじき声だ。


「ミレーユ、大丈夫か!?」

「……う、うん。だいじょうぶ」


 よろけた所を、お兄様が支えてくれた。至近距離で心配してくれる姿が尊い。

 侍女が美玲達を庇い、前に出る。美玲は侍女の背後から、ぶつかった“何か”を探る様にチラリと覗き込んだ。

 意外な事に、ぶつかったのは――美玲と同じ位、或いはそれよりも小さい――子供だった。


(なんで、こんな小さな子供が城壁に居るんだろう? …………んん?)


 よくよく見れば。なぜだか見覚えのある、金髪碧眼の少年。

 ボサボサの金髪に、明らかにサイズの合っていないダボダボの服をまくっている。その子供は警戒心の強い野良猫の様に、殺気立った目でこちらを睨みつけていた。

 外見は一見みずぼらしいが、整った顔立ちと瞳に宿る強烈な光りに、美玲は惹きつけられて目をそらせなかった。

 ――気づいた途端にゾワワっと、総毛立つ。

 美玲はこの少年を良く知っている。……恐らくは、本人以上に。

 それもそのはず、美玲はずっと、この目の前に居る少年の成長を見守ってきたのだから。


 (……ちょちょちょ、ちょっと待って、ちょっと待って! なんでなんで! うわっ、どうしよ、やばいやばいやばい!)


 酷い耳鳴りと激しい動悸に、美玲一瞬は意識が遠のいてふらついた。

 美玲の記憶の中の、モニター越しで見た映像が瞬時に頭の中をよぎる。


「魔物だ!! 魔物の襲撃だ!!」


 カンカンカンと警報が鳴り響き、辺りの空気がピリリと一変する。お父様の素早い指示で、兵士たちが戦闘態勢に入った。

 お母様が安全の為、子供達を部屋へと誘導する。手頃な木箱に乗り、美玲は窓から下の様子をチラリとうかがった。


 森の中から熊の様に黒くて大きな魔物が数体、坂道を登り城壁へと向かって駆けてくる。

 ……このシーンは「WARRIOR OF LIBERATATION」をプレイする中で見た事があった。だが、画面越しで擬似的に見るのと、実際に体験することは、全く違う。だからまさかここがゲームの世界だなんて、気が付かなかった。

 大きく鋭い爪は鈍く光り、あんな物で引っ掻かれたら一溜まりもないだろう。

 ここが安全だと判っていても、場の空気感に引っ張られ心拍数が速まる。……いや、絶対にここが安全などという、保証は無いのではないか。

 深呼吸をして暴れる鼓動を必死でなだめつつ、美玲は隣でしゃがみ込む、金髪の少年を見下ろした。


  美玲は彼の視点で、かつてこのシーンを見た。

 ――――これは紛れもない、主人公レインの物語。


 物語の中では、レインは確かに領主の娘(・・・・)と出会っていた。……しかしそれは、何気なく過ぎ去った時の一欠片(ひとかけら)。領主の娘との出会いは過去の想い出の一部であり、レインにとって彼女はモブでしか無い。

 レインはいずれ、幼少期を過ごした故郷を離れることになる。

 意識も無くボロボロの状態で浜辺に横たわっていた所を、運良く流れ着いた知らない街の住人が助けてくれたのだった。勇者の力が、彼の命を繋いでくれた。

 その身一つのレインには、ギルドに入るしか生きていく術が無かった。例え無一文でも、孤独だとしても、故郷で得た知識と経験が彼を゛生きたい゛という欲求へと突き動かす。


 レインはエヴァンジェリンとの会話で言っていた。とっくに帰る場所など無いと。

 家族も故郷の町並みも。魔物の襲撃によって、あっという間に消えてしまった。

 レインの故郷は、物語の中で滅ぶ、辺境の伯爵領。

 …………それがここ、フォレスト伯爵領だったのだ。

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