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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺す理由。殺さない理由。

 夜の闇が深く、冷たい風が未来都市〈ノクス・メトロ〉の裏通りを吹き抜ける。その隅に、ひとりの少女が倒れていた。ほかの誰もが通り過ぎて行く中、その少女は誰にも助けられなかった。街の冷徹な無関心が、彼女を孤独にしていた。


 その時、彼女の前に現れたのは若い男、ヴェイルだった。彼は冷たい街の中でも他人に興味を持たないタイプの人間で、ただ自分の仕事だけをこなして生きていた。しかし、その時だけは、彼の心に何かが響いたのかもしれない。彼は少女の体を抱えて、ガレージに運び込んだ。


「しっかりしろ」


 ヴェイルは少し冷たい声で言った。


 少女は目を開けると、そこに映るのは見たこともない男の顔だった。彼女は震えながらも口を開く。


「あなた……助けてくれたの?」


 ヴェイルは少しだけためらった後、ただ頷いた。


「とりあえずここで休んでろ。こんな倉庫でもそとよかマシだろう」


 その日から、ヴェイルとリュナの関係が始まった。最初はただの偶然だったかもしれない。それでもリュナは次第にヴェイルに依存し、彼がいなければ生きていけないことを感じるようになった。


 そして、ヴェイルもまたリュナが自分にとってどれだけ大切な存在であるかに気づくことになる。


 数ヶ月後、リュナはヴェイルに言った。


「助けてくれたお礼をしたい」


 ヴェイルは無表情で答える。


「恩返しなんていらん。俺は自分で稼いでくる金だけあればいい」

「でもここでただ飯食ってるだけは嫌」

「はぁ、足手まといだって言ってんの。もう寝ろ」

「わぷ」


 頭を押されベッドに転がされたリュナは、不貞腐れた顔で「絶対に手伝ってやるんだから」と息巻いていた。


 リュナも体が成長し、根気強い説得でヴェイルの仕事を手伝い始めた頃。リュナが言った。


「ヴェイル、あなたが昔言ってたこと、今でも覚えてるわ」


 ヴェイルは手を止め、無表情でリュナを見た。


「何だ?」

「あなたが、金だけあればいいって言ったこと」


 リュナは静かに言った。


「でも、私は思うの。金がすべてじゃないって」


 ヴェイルは何も言わず、ただリュナを見つめ続けた。彼は一瞬、答えを探すように考え込んだが、やがて言った。


「金が全てだ。これがこの世界で生きていくための現実だ」


 リュナは少しだけ肩をすくめ、その後言った。


「それでも、私が信じてるのは、ヴェイルの心の中にあるものよ」


 その言葉は、ヴェイルの心に強く響いた。彼は顔を背け、再び端末に目を落とす。


 時間が経ち、リュナはヴェイルにとって欠かせない存在となっていった。彼女はただの助手ではなく、ヴェイルの心を支える存在へと変わっていた。ガレージで過ごす静かな夜、ヴェイルはふとリュナに問いかけた。


「お前、なんで俺のことを信じてるんだ?」


 リュナは少し考えてから、答えた。


「だって、あなたは昔私を助けてくれたでしょう? 本当に金がすべてだと思っている人間は路上に落ちてる小さい命なんて見向きもしないわ」


 その言葉にヴェイルは言葉を失った。少しだけ顔を上げてリュナを見ると、その瞳にかつてないほどの温かさを感じ取っていた。


「そうか…」


 ヴェイルは静かに言った。


 リュナは微笑み、優しくヴェイルを見つめた。その時、彼の中で何かが変わり始めていた。金のために動くことがすべてだと信じていた常識が、少しずつ崩れ始めていたのだ。



 ネオンが濡れたアスファルトを染める夜。無数のホログラム広告が宙に浮かび、未来都市〈ノクス・メトロ〉の空を彩っていた。通りには無機質な顔をしたサイボーグたちが行き交い、情報の奔流が空間を満たしている。


 ヴェイルとリュナは〈ノクス・メトロ〉にある倉庫で次の仕事に向けて準備をしていた。


「ヴェイル、この依頼ちょっと変だと思わない?」


「どういうことだ?」とヴェイルは少し眉をひそめながら答えた。


「依頼内容が曖昧すぎるし、報酬が高すぎる。絶対普通の仕事じゃないよ」


 リュナの目は鋭く、少し不安そうに光っていた。


「俺がこの依頼をやる理由は今君が言ったとおりだ」

「はぁ、またお金?」

「よくわかったね」


 リュナは端末のスクリーンを睨む。彼女の指が空中に浮かぶ仮想キーボードを素早く叩く。


「クライアントが慎重すぎるんだろう。まぁ割に合う仕事だ」

「ふーん……。でもなんか、違和感があるんだよね」


 その会話を遮るように、小型ロボットが机の上で微細な音を立てながら回転した。


「リュナの直感に従わずに依頼をこなした場合の成功率は14.29%です」


「そんな低くないだろと」ヴェイルは小型ロボ、エイダの頭を指で弾いた。


「私は事実を述べたにすぎません」


 リュナはふとヴェイルの横顔を見つめた。彼は昔から変わらない。彼女を拾ったあの日からずっと、彼は金のために働き、仕事に対して感情を押し殺して生きてきた。


(それで、本当にいいの?)


 心の中で問いかけても、答えは返ってこなかった。



 翌日の夜、〈ゼロ地区〉にて、ヴェイルとリュナはターゲットがポイントに達するのを待っていた。高いビルの屋上で腹ばいになりスナイパーライフルを構えるヴェイルの横にはスポッターとして双眼鏡を構え、冷たい空気の中で片手を内ももの挟みながらも、気を引き締めていた。


「ターゲットが来た」


 リュナがそう告げると、ヴェイルはライフルを構える。


 その瞬間、ロボットが再び言葉を発した。


「リュナの直感に従わずに依頼をこなした場合の成功率は14.29%です」


 ヴェイルはスコープを除きながら片手でロボットを軽く弾く。球体がころころと転がり屋上の扉にぶつかったことで勢いを止めた。


 スコープには車からおり、飛びついてくる子供を嬉しそうに抱きかかえる男性が映っており、一撃で脳天を貫ける位置に標準を合わせていた。


「なぁ」

「なに?」

「こいつって確か議員の裏金問題とか不正を暴露しまくってる若手議員だよな?」

「そうだね」

「この依頼人って政治家か?」

「詳細は伏せられてるけど、きっとそうだろうね…」


  ターゲットを前にして、ヴェイルは無言で悩んでいた。銃を構え指を引き金にかける。しかし、わずかに震えるその手は、彼の迷いを如実に示していた。


 スコープに映し出される彼は一般的な家庭に住む父親そのものであり、命を顧みずに声を代弁するその姿は世間からしてみても正義の人だ。


 一生遊んで暮らしていけるほどの金を積まれ、殺害の依頼が出されているのを見るに彼の言うことは本当なのだろう。


「彼を殺してもいいのだろうか」

「え!?ここにきて人の心取り戻した???」

「今更まっとうな人間にはなれないか…」

「いーや、そんなことないよ!そんなことない」


 リュナがそっとヴェイルの肩に手を置いた。


「ヴェイル……。私ね、ずっと考えてたんだ。あなたが私を拾ってくれた時、何も考えずに見捨てることもできたのに、そうしなかった。それは、あなたはもうまっとうな人間だからじゃない?」


 ヴェイルはゆっくりとリュナを見る。彼女の瞳には、迷いのない温かさがあった。


 ヴェイルは深く息をつき、標準をずらした。


「改心したついでに良い行いでもしておくか」

「良い行い?」

「あぁ。どうせ俺以外にもあの議員を狙うやつがいるだろ」

「なるほどね。じゃあまずは北北西 二百メートルビルの屋上。装備は軽装、防弾ジャケットなし。風速3メートル毎秒、東から西へ」


 サプレッサーで衝撃音が抑えられ、乾いた音が響く。


「ヒット。左八十度。ビルの屋上から四階層下の窓。距離六百二十メートル、装備は軽装、防弾ジャケットなし。風速変わらず」

「ヒット。次、ターゲットすぐ後方!距離っ―!」


 シュッ……パスッ!


「…私いる?」

「絶対に必要だ」

「へへっ、ならいいけどっ」


 ご機嫌に立ち上がると突然吹いた強風に煽られリュナの体勢が崩れる。


「危ないっ」


 ヴェイルが咄嗟にリュナの頭を守り、押し倒す形になる。


「…」

「…リュナ」

 

 ヴェイルは迷うように彼女の頬に触れ、指先で頬をなぞる。リュナは瞳を閉じることなく、ただ彼を見つめていた。


 唇が触れるか触れないかの距離。


 互いの呼吸がかすかに混じる。ヴェイルの視線はリュナの瞳から唇へとわずかに動く。リュナもそれを察したのか、喉を小さく鳴らしながら、ほんのわずか顔を上げる。


 迷いのある仕草。しかし、その瞳の奥には確かに期待が滲んでいた。


「……ヴェイル……」


 彼女の囁きが耳をくすぐる。


「リュナの直感に従わずに依頼をこなした場合の成功率は12.5%です」


 二人で呆然とエイダを見つめお互い吹き出す。


「くくっ…」

「ふふふっ」

「私の計算は間違っていません。何がおかしいですか?」

「大丈夫だ。お前は間違ってないよ」


 薄汚れた空に、二人の人生がここからリスタートするための福音のように笑い声が響き渡っていた。


 数ヶ月後、〈ノクス・メトロ〉の街並みは変わらず、煌びやかなネオンが夜空を彩っていた。だが、ヴェイルとリュナの心の中には、確かな変化があった。


 ヴェイルはまだ金のために仕事をしていたが、それでも以前とは違っていた。彼は自分の行動に責任を持つようになり、何よりもリュナと共に過ごす時間を大切にするようになった。リュナの助けがなければ、きっと彼は今でも迷っていただろう。


 ある日のこと、二人は街の片隅に新しい依頼が届く。だが、今回は以前のように冷徹な判断を下すのではなく、慎重に状況を見極めながら、正しい選択をしようと決心していた。


 エイダがいつものように近くに寄ってきて、静かに言った。


「ヴェイルがこの手の依頼をうける確率は百%です。依頼の受理をクライアントに報告しますか?」


 ヴェイルは苦笑しながら答えた。


「俺はもうこの手の依頼は受けないよ」


 リュナは彼の隣で微笑みながら言った。


「その方が、きっと何倍もいい結果が出るってわかったから」


 二人は倉庫の中で笑いながら、未来へ向かって進んでいった。

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