受け継ぐ者たち
「あなたがこの大葉神社の神主である白藤明良くんですね。資料で拝見しています」
それは若いが凛とした声で神域に厳かな音が響く。
「弘崎アズマ様、大神殿からわざわざお越しいただくとは光栄です」
「我らが主の家に『わざわざ』とは不敬です。どんな状態であっても天竜神社はその地の中心となるのですよ」
天竜教団の弘崎アズマ、その高貴な装束と厳かな雰囲気により彼の肩書を知らなくてもただ者ではないとわかる。
幼き神主の前に現れた若き大神官。明良より少し年上の青年だが地位は天地の差がある。教団の総本山にある彼が理由もなく廃墟寸前だった明良の神社にくるわけがない。
「それは失礼しました。それでも大神官が僕の神社にわざわざ来てくれるのは不思議です」
「天竜にお仕えする神官が自らを卑下するとはどういうことですか」
鋭く切り込む言葉の刃、ことごとく明良の言葉を批判するアズマは本題に入る。
「先日、この地域から異常な力を感じたのです。何があったんですか」
疑問形ではなく確信をもって尋ねる。
「天竜大神殿から感知することができたのですね。さすが聖人オキグの子孫です」
血筋ゆえの才能であると他人から言われるのは地雷になる可能性があるが、明良はそれを承知で投げかける。
「ええ、仲間の危機はすぐに察しがつきます」
「地区本部に臨時報告していますが、まだそちらには届いていないようですね」
明良とアズマ、ふたりとも天竜神への信仰心は篤い。しかしその方向性は違うように思えた。
「ハンドラ派の動きです」
「……そうですか。ハンドラの悪魔が欲深い人間を操りましたか」瞬時に悟るアズマ。
参道を歩く音が彼らに届き、会話は中断された。
「白藤くん、いるかー? うげっ!」富永恵一は悪魔を見たかのように驚き怖気づく。冷たい突風を受けたかのようだ。富永の素性を察したアズマは追い打ちをかける。
「アゼド教団の司祭ですか、天竜の神社で遭遇するとは意外です」
世界第一のアゼド教と一国の土着信仰でしかない天竜信仰。崇める神の威光は富永が強い。しかし個人の力では、アズマが遥かに格上だ。
「あえて司祭の正装でやってくるとは、礼節はわきまえているようですね」
「だろう、アゼド司祭の肩書は隠すことはありえないからな」
「それで、異教徒の社を訪ねてきた理由を尋ねましょう」
「この前白藤くんと小島総合病院について話してたんだ」
それを聞いたアズマは明良とアイコンタクト。
「ちょっとあの病院に気になる点があるんだ」
アズマは瞳を閉じ、静かに息を吐く。そして目を開き口を開く。
「あの治療所はハンドラ派に対抗するために設立されたんですよ。あなたもご存知でしょう、昔この地で奇妙な伝染病が流行したことを」
「ハンドラ派がバイオテロでも起こしたのか? 当時の技術で?」
「彼らが行ったのは暗示をかける魔法を使っただけです、自分は病であると思い込むことにより本当に心身が不調にさいなまれる。病原菌がもたらす病気ではないから従来の薬が効かず人々はさらに恐れ悪化する」
「心と体の健康がリンクしていることを知っていたのか、なかなか賢いカルトだ」
「賢いカルト? 矛盾した表現ですね」
「人を理解することは人を救うことにも苦しめることにも使えますから」
アズマの冷たい言葉の後にほのかに温かい明良の言葉。
「んじゃ、賢い悪魔ってやつも矛盾か? ほら近くにいるぞ」
富永はアズマの後ろを指差す。エイジが破った悪魔の仲間だ。
「アゼドの司祭は下がってなさい」
アズマの周囲に魔力が集う。特別な神官にしか伝授されない秘術のひとつ。
「天竜神社に現れ、この広崎アズマに盾突くとは二重に分不相応ですね」
「白藤神官、あなたと私でこの小悪魔に裁きを下しましょう」
「はい、アズマ様と共に戦うのは光栄です」
初めての連携は白星スタートだった。
(現世での隆盛は関係ないんだな)
敵討ちの悪魔が蹴散らされた後、富永はそう思った。
人が集まるところはますます発展していく。
「たまには明良のやつとこの駅前で遊びたいんだよな」
(僕は人混みとか賑やかな場所が苦手だから)
人がこない場所は限られた人の集まる場所となる。
駅前が賑やかになっている、その雰囲気から察するに良い出来事だろう。
「アゼドの神は大いなる力なのよ」
そこではアゼド教団の若いシスターが演説をしていた。そこそこ人が集まっているが、男ばかりである。シスター少女の魅力であることが明白だ。
「ああ、あんたはアゼド信徒になる必要はないわ、あたしは適正がわかるから」
(へえ、ずいぶんと変なシスターだ。いや良いものを選別する目をもつ賢い女性かもしれん)エイジが興味深く見ていると彼女もエイジに気づいた。まっすぐにエイジに向かって歩いてくる。
「あんた、アゼドの信徒にならない?」
「断る、俺は陰陽師だ。それも天才というべきな」
「わかってるわよ、現代魔法とは違うから。だけど現代の陰陽師が天竜神に義理立てする必要はないでしょ」
「天竜神官の親友を裏切るからな」
「あらっ! それじゃあんたがあの雨宮エイジなのね。ウワサだけは聞いているわ。あたしはアゼド教団のシスター、日野うらら。よろしく」
うららはなれなれしくエイジを手を取り握手をする。
「俺を知ってるのか、それだったら話は早い。あんたの見込みは間違いだ」
「あたしが好きと思える男であることが適正なの。あたしのコレクションになりなさい、あたしの教会はあたし以外ではイケメンしか所属できないという男にとって名誉な場所よ」
「エサにホイホイされる時点で不名誉だろ」
「なーに? 『オレはこんなハニトラにひっかかるようなヘタレじゃないぜ』とか思ってるの? そういう男は全員落としてきたけど」
うららはわざとらしくニヤけ顔でエイジの顔を覗き込む。
「シスターさんも気づいてるだろうが、『俺は他の男とは違う』とかいう男はその他大勢だ」
「あんた散々『自分は天才陰陽師』だって言ってるじゃないの!」
「付け加えると、自分より下の女に対してそう言うやつな」ドヤ顔を決めるエイジはうららより格上だと思っていそう。
「異教徒を何人も寝取ったあたしの方が上よ。この辺、確か休憩できる場所あったわね」
「別に女への欲求で生きてないんだ、俺は」
「ふーん、モテそうなのにもったいないわね。いえ、モテるからあえてモテたいと思わないのかしら?」
「男が憧れる男は女にウツツを抜かしたりしない。モテたい男はいつだって引き立て役さ」
「モテる男は女の方から寄ってくるでしょ、その力と実績で。アゼドの美少女をトロフィーにする気分を味わってみたくない?」
「同時に俺を戦利品にするわけか、悪趣味だな」
「……あら手頃な獲物だわ」
その言葉でエイジも臨戦体勢をとる。
「シスターうらら、ここは一般人の集まる駅前だ。騒ぎを大きくするのは厳禁だぜ」
「ええ、心配ないわ。いくらハンドラのカビ臭い悪魔でもあたしには勝てないわ」
ワイワイガヤガヤの繁華街で、ひっそりと敵討ちが失敗に終わったのだった。
アズマ「異教徒とも手を取り合う時代……それくらいの常識はありますよ」