天竜とアゼドの狭間で
地理的にも住民の生活からもはずれにある天竜神社、大葉神社は白藤明良がひとりで運営している。だから大抵の場合は明良以外の神職は見かけない。教団本部との連絡から境内の掃除までこの少年がひとりでやっている。
そんな明良は毎日の日課を欠かさない子。神社の掃除をきちんとするのは神のありし場所を清浄にしておくためで、誰もこなくてもサボってはいけない。
風と小鳥の自然音と掃き掃除の音がする境内に石畳を歩く音が響く、見たところでは20代前半の容姿が整っている男。
雨宮兄妹以外の来訪者はどれくらいぶりか? 真面目系というよりくだけた感じだ。ラフな格好だが神社に参拝しても問題ないくらいである。今時の男性だと明良は思った……明良の方が年下だろうが。
「こんにちは、ようこそいらっしゃいました」
明良はホウキを手にしたまま挨拶だけして掃除に戻る。相手の男性は軽く会釈して参道を進む。
パンッと柏手の音が響く。
来訪した彼は参拝を終えると明良に近づく。彼の持つ竹ぼうきは大ぶりであり明良にとって大きすぎるように見える。
「ひとりでご苦労だなあ」参拝客は少しぎこちなく声をかける。その言葉で地区本部へ送る月報の内容を考える明良の思考は中断された。
「ええ、ですが僕しかいませんから。神様の住む場所は清浄でないといけません」
「あなたの神もそうでしょう?」
「え……?」
なにげなく口にした言葉が富永を凍らせる。
「アゼド神は勤勉を重んじるもの、何もすることがないのなら掃除でもこなせという教えがありますよね」
天竜神社にやってきたアゼド教司祭、富永恵一。
「あーその、わかったんだ」
「いえ、わかりませんよ。司祭であるあなたの神が祈りも願いも聞き入れてくれるはずですからね」
「きみ個人に用件があるんだよ」穏やかな異教徒の振る舞いに富永は緊張が解ける。
「雨宮エイジくんのことなんだ」
「例のニュースですね。アゼドと陰陽道のつながりを知るためにエイジに接触したい、しかしアゼド司祭が陰陽師と直接接触するのはやりにくい」
明良と初めて話す人は彼の言葉から感情を読み取りづらいことに戸惑うことになる。
「ですが天竜神官とはもっとやりにくいはず、それなのにあえて僕のところへやってきた。そんなところですか。その理由をお伺いしても?」
富永はバツが悪そうに話し出す。
「うちの教会が運営している病院があるんだよ、小島総合病院」
その名を聞いて明良は感心する。この地域では一番の医療機関だ。
「けっこう歴史が長いらしい。ただ、元々は天竜教団と陰陽師が運営していたという話なんだ」
「ふむ、小島総合病院の前身が小島医療所というのは知っていますが、僕は詳しいことを知りません。教団の上層部にはそういう活動資料が残っているかもしれませんが、僕の地位ではアクセスできない可能性が高いですね」
「あなたが直に病院について聞いたらどうでしょう?」
「病院の連中とはあんまり関わりたくないんだがな」
「何かあるのですか?」
「医師ってエリートじゃないか、劣等感を刺激されてな」
「お医者さんは人の命を助ける仕事ですからね」
「院長の家、増築するんだ。おまけに陰陽師まで呼び寄せるとか、この点を見ても陰陽師と関係が今もあるのかもなあ。んでその陰陽師が雨宮エイジだ、なんでも梶ヶ谷院長の奥さんが推薦したらしいが」
ふたりはしばし立ち話をする。結局のところ世間話しかしてないが初対面ならこれでいいかもしれない。
「エイジは僕の憧れの人なんですよ」
「あー分かる気がする、白藤くんには似合いそうだ」
「陰陽師としての実力も、一応は一流です」
「……河川氾濫」富永はぼそっとつぶやく。
「エイジは医療術が優れているんです。現代医学の発展により医療系の魔術は停滞してしまいましたが、彼は過去の文献を集めて独自に発展させているんですよ」
「なかなか面白い話だった。また会おうじゃないか」手を振って後ろを向く富永。
「そうだ、今度は司祭の正装で来てくれると嬉しいです。正装というのは相手に対する敬意を示すものですから」