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あの橋の向こう側

 翌日、静は寂れて寂しい神社にやってきた。人気ひとけ人気にんきもないが、静にとっては兄の親友が神主なので馴染みのある場所だ。

「いらっしゃい、静さん」

 掃き掃除をしつつ挨拶をする明良。落ち葉の掃除は毎日しないといけない。どういうわけか、この神社の木々はやけに落ち葉が多い。次々と葉が枯れるのだ。

 静が簡略化された参拝をしている間、明良は境内の守護獣像を磨く。参拝を終えた静が彼に近づく。

「明良さんってさ、彼女いない気がしますね」

「それは僕が神官だから?」

 普通だったら非礼な問いかけである。確かに聖職者は異性を避けるというイメージがあるが。

「天竜信仰では、男女関係を禁ずる戒律は最初からないよ。有名な神社の巫女さんにも、子供がいる人が少なくないし」

「へー、そうなんですか。それは不思議な気がします」

「僕からすれば、どうして神がそんなことを気にするのかが不思議だけどね」

(明良さんも現代っ子なんだ)静は意外な一面を知った。

「それでも、明良さんが女の子を口説いてイチャイチャする姿は想像できませんよ」

「ま、僕自身、女性を本気で好きになったことがないからね」

 静は次に何を話すか考えているようだ。

「それじゃ~、明良さんに恋バナしてもつまんないかあ。お兄ちゃんとは兄妹だし、私の男友達って明良さんが一番なんだけど……」

 明良、しばし沈黙する。そして像を拭く手をとめて全身を静の方に向ける。

「何か男子に対する悩みがあるなら聞くよ? 僕も一応は男だし」それは自らへの皮肉がこもっていた。明良が女装巫女をやっているところは静も見物したことがある。舞の後の姿を写メに撮って友達に広めた。

 そして居間に移動する。貰い物のお茶を用意して話が始まる。

「男性の意見として、モテモテのイケメンって恋人にしないほうがいいですかね?」

「どういう男性を恋人にするか、かあ。それは女性側が判断することだよ」

「そうなんですけどねー、女の子にチヤホヤされるイケメンの中身を警戒しちゃう子も少なくないですから」

 男はみんな浮気性、ふたりの脳裏に同じ言葉が浮かぶ。しかし明良の答えは模範解答である。

「誰もが一度は『人を見た目で判断しちゃいけない』って教わったと思うけど」

「まー、そうですけど」ありきたりなフレーズにつまんない感じになる静。そこで明良はさらに言葉を続ける。

「男の浮気性は本能だとかいうけどさ。人間は神様の設計した通りに動くわけじゃない。自分の意志があるから、その人自身を理解してあげて」

 神官が、人は神の思い通りではないという言葉を発することに静は少し驚く。

「カッコイイっていうなら、君のお兄さんはどう? エイジの見た目はイイ線いってると思うけど」

 雨宮エイジという少年の容姿は整っている。すなわち妹の静も美形である。

「たしかにお兄ちゃんはカッコイイ人ですよ。もちろん兄妹ですから恋愛感情はありませんけど。ただ、陰陽道の妖術とか魔導具の実験をやっては大騒動を起こしてますから、彼氏にしたい子はそれほど多くない気がします」

 エイジは先週、川をキレイにする術を発動して河川氾濫を起こした。この町に流れる川は深く暗い緑色、それが地上にあふれたら大惨事。

「あの後、あちこちに謝罪してまわってましたよ」

「あれはちゃんと許可をとってたんだけどね。事前に多少の氾濫が起きるかもしれないって説明してたけど、予想以上だったんだよ。ま、その後も後始末はちゃんとこなしてたし、なんだかんだ町のみんなからは好かれているよ」

 ちなみに近くの公園にある花壇が汚れた川の水でダメージを受けたので、エイジは植物の生長を助ける術を使って立て直した。枯れないように必死な姿は『このヘドロ川をキレイにしてやるよ』と息巻いていた時以上の力を感じられた。

『妖力強化の護符のストックがなくなっちまったぜ!』

「この町で爆発音がすれば、それは雨宮エイジによるものと言われるけど、エイジは決して周囲に気を配らない人じゃない。それは妹である静さんが一番よくわかってるでしょ」

 そこまで言って明良はハッとする。

「あれ、いつの間にかエイジ談義になっちゃったね」

「それは仕方ないですよ、唯一無二の兄と親友なんですから」

 静はにっこり。

「そーいえば、お兄ちゃんが言ってました。『最近、こういう特徴がある人はこういう性格だ、とかいう単純な言説が流布しているのは嘆かわしいな。伝統的な占いじゃ、性格診断は複雑なんだぜ?』って」

「ふうん、僕はそういう記事とか本には興味ないなあ。本人と話した方が手っ取り早いもの」

 そこで静は立ち上がる。

「ありがとうございます。私、がんばってみますね」

「自覚はないけど、何か良い影響があったのなら嬉しいよ」

 ふたりは外へ出る。明良は鳥居をくぐる静の背中を見守る。

(静さんが好きになった男の子か。きっとそっち系の趣味がある人なんだろうね)

 明良の見守る視線を感じつつ、静は神社を出る。

(その人自身を理解する、か)彼女は明良から教わった言葉を反芻する。そして意を決してあの男の所へ向かう。

 普段の行動範囲から外れた地域、ここ数年の間に建築された新しくて洒落た住宅が並ぶエリアだ。静が目指すのは――アゼドの教会である。

「富永さん、こんにちは」

 礼拝堂に入った静は司祭に挨拶をする。

「ああ、雨宮さんじゃないか。らっしゃい」

 司祭の青年、富永恵一は他に誰もいない礼拝堂に響く声で返答した。その手には小ぶりのワンドが握られている。現代魔術の基本的な装備品だ。アゼド教と現代魔術は一体の関係にあるのだ。

「この時間帯は人がこないからねえ、すこーしヒマしてたんだよ」

「ひとりだったんですか、司祭長さんとかは?」

「それがね、桜瀬大神殿に出向いているんだよ。おれは留守番さ。この前お祭りがあったじゃん、その反省会をやってるんだ。平凡な教会の留守番は下っ端の仕事だからな」

 静は富永の近くにある席に座る。

「あれ? でも富永さんってそれなりに地位が上ですよね。後輩の人に任せないんですか」

 そう尋ねられた富永は少し顔を紅くした。

「司祭長がいわく、この教会にはおれを目当てにくる人が多いから、だそうだ」

 それは自分もだ、静はなるほどと納得した。

「ただ、それはパワフルなおばちゃん軍団のことだ。あの人たちは神にすがる必要はないからな……」

「誰もいないから魔術の修行ですか」静は富永のワンドを見つめる。素朴な作りである。

「日々向上しないとね。魔術というのはシンプルで奥が深いものさ」

 静は兄の言葉を思い出した。

『現代魔術は簡単で分かりやすい、誰もが手軽に習得できるから普及した。おめーの読む雑誌の占いとかおまじないは現代魔術の流れを汲んでいるんだ』

「魔術って難しいんですか? 本屋さんに初心者向けの入門書がいくつもありますけど」

「入口は敷居が低いんだよ。プロを目指すとなると座学の理論も実践もかなり難しくなるんだけどさ」

「それじゃ、私たちが手にする指南書って実用的じゃないんですか」

 富永は微笑む。

「いや、普通の人はそこまで高度な魔術に興味ないでしょー。ウチに祈りを捧げに来る人だって、真剣に神と向き合う人なんていないしね」そう語る富永はどこか自嘲的である。

「河川氾濫を起こすようなパワーを手に入れようとしたら、修行に明け暮れて日常生活が犠牲になりそうだ。現実に生きる普通の人々がそこまでする必要はないだろ? 陰陽術ってのは、ただでさえ複雑らしいし」

 兄の失敗談を聞いて静は複雑な気持ちになる。エイジが起こした河川氾濫は、ここの教会にもダメージを与えたそうだ。

「その節はお兄ちゃんがご迷惑をおかけしました」

「気にしなくていいさ。先日、エイジくんが紅茶をくれたよ。それと同時にここで祈りを捧げてくれたし。だから桜瀬大神殿祭に招待した」

「へえ! それはぜひ私も見物したかったです」

 いつもドヤ顔決めているエイジが頭を垂れる珍しい姿は妹の静ですらめったに見たことがない。

「まー、陰陽術は天竜信仰とつながっているから、もしかしたら嫌がらせにとられるかもと思ったけど」

 それは昔聞いた事があるような? エイジと明良が親友である理由はそれが理由なのかもしれないと静は思った。

(富永さんと結ばれた時は、私とだけでなくてお兄ちゃんと明良さんにも縁が生まれるって事なんだよね……)

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