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妹は乙女の季節

 雨宮家は平均より上な家庭である、いろんな意味で。長男が陰陽師という独自性を除外しても。この町には見ただけで築数十年だと察しがつく家屋が林立しているが、雨宮家の邸宅は洒落ていて新しいことが分かる。さらに庭もよく手入れされていることから家主が中々シッカリしていて余裕のある人だと思わせる。

 キレイに白いキッチンに立つエイジはフライパンをふるう、パンケーキが宙を舞い、くるっと裏返ってフライパンに収まる。

 そこへ玄関のドアが開く。

「ただいまー」その声の主は、キッチンに立ち入る。

「あ、お兄ちゃん。パンケーキ作ってるんだ」

「しずー、お前も食べるか? 生地は残ってるし」

「うん。お兄ちゃんは砂糖の加減が上手だからね」それを聞いてエイジはふっと微笑む。

 そんな些細なことでも褒められると嬉しいものだ。念のために付け加えると、妹だからというわけではない。

「俺が焼いておこうか、それとも自分でやるか?」

「今日は作ってほしいな」

「あいよー」エイジは生地を入れたボウルを手に取る。

 しばらくすると、リビングのテーブルにパンケーキが2皿。ついでにハチミツとマーガリン。

「いただきます」兄妹はふたり同時にあいさつ。

 静のパンケーキは、ハチミツが少ししかかかっていない。マーガリンはトースト1枚分の量もない。お察しの通り、体型の維持をしているためだ。

(女子ってのは大変だな)あんまりウマそうに食べるのはやめておこうか、エイジはそう思った。

「お兄ちゃんさ、恋愛運のアップってできるの?」エイジが口に含んだパンケーキを飲み込んだタイミングを狙って静が尋ねる。

 妹に頼られた兄はナイフを持つ手を止める。

「ん、できることはできるが、運だけ上がっても意味がないぞ。自ら運命を主導しないとな、運気に左右されるようでは二流だ」それはエイジが常々口にしていることである。神の領域たる運気を操るという野心が、彼を古代の智慧たる陰陽の道に進ませた。

「現代的な、お手軽開運法も悪くない。一般人にとっては心理的にも心強いぞ」

「そうかもしれないけどさ、お兄ちゃんの運命診断とか呪術を見てると、ね」

 静が言わんとするのは、エイジが使う占いのための天文を観測する器械や複雑な計算表、精魂を込めて作製した護符などである。その様を見ているとその辺の占いやおまじないより遥かに効果がありそうだ。

 兄とは対照的に、静は雑誌にあるような簡易的な占いに一喜一憂したり、ささやかなおまじないを試したりする乙女である。本格的な陰陽師であるエイジから見て単純すぎる代物だが、そういう感性を微笑ましいと感じている。人が作ったこの世界では、ささやかな不思議にときめく程度が一番だ、一般人ならね。

「お兄ちゃんは陰陽道のことを他人に話さないよね」

 何か凄そうな力を独り占めにされる不満をつぶやく妹だった。だがエイジがそうするのはイジワルや独占欲からではない。

「軽い気持ちでこの世界に入り込めば……自分自身を蝕むことになる」

 それは兄が研究の末に悟ったことなのか、それとも恩師から教わったことなのか静は判断できなかった。そもそもエイジがどんな文献を読んでいるのか、誰かに師事しているのかすらハッキリしていない。だがひとつだけ思うことがある。

「それは、なんかそそられるカモ」

(そうだコイツ、自分で自分を縄で縛り上げようとする変態だったー!)

 エイジはうっかり忘れていた。

「あ、そういえばさ、明良さんの神社って縁結びのご利益はあるのかな?」

「天竜神だからな、基本的にはなんでも見てくれる」

 生まれた時から知っている、妹の振る舞いにエイジはピンときた。

「縁を結びたい相手でもいるのか?」さりげなく聞いてみた。年頃の女の子だから、あんまり無神経に踏み込むのもまずいが……。

「男の人のことって、分からないからなー。お兄ちゃんとかお父さんは家族だし」静はフォークで皿をとんとん叩く。

「どうすれば届くんだろ」

 妹にもそういう気持ちが生まれたか。他人の運命をサポートする陰陽師としても、血を分けた兄としてもその恋路は応援したいものだ。

 妹に恋愛感情を教えた知らぬ男にも感謝しておくか……。

(ってことは、その男は女子を縄で縛り上げる趣味があるのか?)

 まあ、世の中にはいろんな趣味嗜好があるからな。偏見はよくない。

 微笑んだり驚いたりするエイジの表情から、静は兄の心情を察する。

「お兄ちゃん、私の趣味をヘンだと思ってる?」

「はっは、そんなことはないぞ」

「いい? 縛り上げられた美少女っていうのは芸術なの。自分がその芸術作品に昇華されるっていう喜びはね……」

 熱く語る静、陰陽道とは別の方向で深遠である。というか今、自分を美少女だと言ったのか?

「そこへさらに男の人の無骨な手で叩かれたとなれば……」

 うっとりした顔の静。

「でも明良さんみたいな男子もいいかもしれない。男子にしては小さい体ならではの感覚が得られそう。あの人のどこか無気力そうな顔で激しい責めをされてみたいな」

 俺の大事な親友で妄想かい、まあ悪いことじゃないけどさ。エイジは苦笑い。

「あいつは無気力じゃないぞ、静かな情熱の持ち主だ」

「うん、私もそれはよくわかるよ、天竜様に対する想いの強さはすごいもん」

 静の言葉に頷くエイジ、五感で感じる事のできない存在に対する信頼は、並大抵のことじゃない。エイジはそう思ったが……。

「神様はいつもそばにいてくれるからいいよね、人間が相手だったら祈るだけじゃ通じないじゃん」

「そ、それは、まあ。信仰フリーの人間らしい感想だな……」

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