体育
「ねえ、見学?」
話しかけると、その子は私を一瞥してから怠そうにため息をついた。
「いや、違うけど。」
「じゃあ私とペア組んでくれない?」
「なんで私なの?友達とかいないの?」
「うん、いない。」
「嫌だね、なんで私がぼっちやろうなんかとペアを組まなきゃいけないんだよ。」
「でもあなたもペア組んでくれる人いなんじゃないの?」
「私は先生と組むから大丈夫だよ。」
「それって一人余ったらだよね?偶数だから余らないよ。」
「じゃあ余ったやつとやる。」
「その余ったやつって多分私だと思うよ。」
彼女は舌打ちした。
「わかったよ、やればいいんだろやれば。」
「うん、ありがとう。」
「さっさとボール取ってこいよ、まさかお前から誘っといて私に取りに行かす訳ねえよな?」
「あ、ごめんごめん。今持ってくるよ。」
私は駆け足でボールを取りにいった。この時他の生徒から注目されていることなんて微塵も気づいてなかった。
体育の授業は筒がなく終わった。あの子は意外にも真面目に授業を受けていたが、どこか不機嫌そうなのは最後まで変わらなかった。
更衣室で着替えていると、古川が話しかけてきた。
「巽さん、怖くなかった?」
「なんこと?」
すると古川の後ろから黄瀬がひょっこりと顔を出して会話に入ってきた。
「佐々木のことだよ!佐々木!」
「佐々木さん?誰ですかそれ?」
「誰って、いやあんたさっき体育の授業でペア組んでたじゃん。」
その時初めてあの子の名前が佐々木っていうことを知った。
「怖くなかった?あの子中学の時からあんな感じでさー。」
「そうそう、噂では家が堅気じゃないとか夜遊びしまくってるとか言われてるし。」
「「こわーい。」」
二人の話を聞き、私は佐々木がどうして体育の授業で誰ともペアを作りたがらなかったのか何となくわかった気がした。
「そういうことだから巽さんも気をつけなよ!優しいのは知ってるけど自分が傷ついちゃ意味がないからね!」
「あ、うん。わかった。」
「もう本当にわかってるのかな。私たち心配だよ。」
「何かあったらいつでも言ってね。」
「ありがとう。」
「てかさー聞いてよー。さっきの授業あの先生の視線めっちゃキモくなかった?」
「え?うそまじ?」
そこからまた二人だけで話が進んでいった。
私は「優しい」って誰のことだろうと少し疑問に思っていた。
その後の授業も終わり、昼休みになった。
私は上機嫌になりながらお弁当を取り出すと、隣の席の川上に話しかけられた。
「巽さん、ちょっといい?」
私はせっかくのお楽しみの時間を邪魔されてちょっとイラッときたが、そんなことは噯にも出さずに受け答えできた。
「なに?また寝てたの?」
「いや違うよ?昨日のお礼、今日させてよ。」
「あぁ、本当にそんなのいらないのに。」
「俺の気が済まないんだって!ちょっと待ってよ。」
川上はそう言って自分のボロボロの鞄を漁り始めた。まだ学校が始まって一ヶ月程度しか経ってないのにどうやったらそんなにボロボロになるのか疑問だった。
「あった!これあげる!」
彼が取り出したのはチョコレートだった。
「本当は食堂で何か奢ってやろうかと思ったんだけどさ、いつも弁当持ってきてるからお菓子にした!食後のデザートだと持って食べてよ。」
彼はそう言って屈託のない笑顔を見せた。
「ありがとう。」
私は本心からそう言った。でも相手に伝わったかわからない。
きっと今も、私は真顔のままだ。