女子高生と、栃ノ木峠の戦い 其の二
決して広くない峠道で、朝倉家と織田家は衝突した。
木下藤吉郎は、いつの間にか姿を消し、道で戦っている者は槍で叩き合い、森の中で戦っている者は取っ組み合いをして、現代日本人が想像する戦とはかけ離れた戦いをしていた。
「受け流すだけではつまらんぞっ!!」
私は柴田勝家と戦っているのだが、柴田勝家を殺してはいけない。だから脇差でずっと槍を受け流しているのだが、このままだと埒が明かない。
「貴様に問おうっ! 何故朝倉に仕えるっ!?」
単純な問いかけに、私は一瞬脇差を落としそうになったが、柴田勝家の槍を脇差で受け止めながら、こう答えた。
「朝倉家が次の天下を取れるからです」
そして柴田勝家はニヤッとした。
「それはこちらも一緒だ」
再び攻防戦が続く。衝突して30分ぐらいだと思われるが、まだ戦況は変わる事なく、両軍とも一進一退の攻撃が続いた。
流石にずっとこのまま戦い続けるのは、互いに厳しい。負傷者だけではなく、続々と死者も多くなりつつある。別に別れている本軍が先に合流、もしくは奇襲をしてくれたら、一気に戦況は変わるだろう。
「これは時間稼ぎか?」
「いいえ。朝倉家と織田家の実力が互角って事です」
柴田勝家も疲れてきたのか、私がずっと槍を受け流している姿を見て、そう聞いてきた。
「私、女ですよ? 男が女に体力で負けるなんてこと、無いですよね?」
「生意気な娘だ」
柴田勝家を怒らせて、あえて周りが見なくなるような発言をすると、柴田勝家は、私の体を蜂の巣にするような勢いで、槍をついてきた。
「そうこなくちゃ……っ‼︎」
生憎、私は槍を持っていないので、脇差で攻撃を流した。
「ぐっ……!」
一発が、私の右腕に接触して、血が垂れ始める。
「周りを見ろ。朝倉の旗が少なくなっている」
「お互い様ですよ」
痛みを意識し始めたら、一気に柴田勝家に討ち取られる。流血のことを忘れ、私は同じように脇差で戦い続ける。
「むしろ、静かすぎだと思いませんか?」
「――っ!? 娘、謀ったか――」
今、気付いたようだ。
「こっちは越前を100年以上治めている朝倉氏。自国のことを熟知していなければ、越前を安泰させることは無理ですから」
栃ノ木峠のことは、私よりも足軽などの兵士たちがよく知っている。
時が来るまで、山奥に隠れて待っていた200名近くの足軽兵が、織田軍の兵士を狙って、一斉に火縄銃で射撃し、弓を放ち、石を投げた。
「朝倉家が火縄銃を持っていないと思いましたか? お生憎、火縄銃に関しては織田家より扱いに慣れていますから」
奇襲攻撃が済んだ後、一斉に朝倉兵が飛び出し、混乱する織田軍を追撃、次々と織田軍を討ち取っていった。
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候。かつて織田上総守の父を破った、我が朝倉家最高の軍神、朝倉宗滴の言葉です」
要約すると、どんな手を使ってでも勝て。宗滴はそれをモットーにして戦に挑み、生涯負けることなく、宿老としてい続けた。
「て、撤退だっ‼︎」
堪らず柴田勝家は、鉄砲で撃ち抜かれている兵士たちに、撤退を呼びかけた。
「柴田殿。藤吉郎殿に仕えることは、よく考えた方が良いですよ?」
「小癪なことを言う娘よ。儂は一生、朝倉凛の名を忘れぬ」
「ありがとうございます。またお会い出来ることを楽しみにしていますね」
そして撤退を始めた織田軍。
「深追いはしなくてもいいです。このまま敗走した姿を見せた方が、効果覿面です」
槍を持つ兵士たちが追いかけようとしたが、私は止めた。
「凛様よ。今、皆の士気が上がりまくっている。相手を壊滅させるのも手だと思いますがね」
毛屋猪助は織田信長の本当の怖さを知らないから、簡単に深追いしようと考えてしまようだ。
「織田家の若き当主の信長は、すごく頭が切れる人なんです。もし別軍が敗走してきたら、そう考え、新たにチャンスを作り出すのが、信長なんです。もし仲間が傷ついた時、本気で怒り、倍にして返してくるのが、信長なんです」
後年に、織田信長は義景と初めて戦う、金ヶ崎の戦いがある。同盟を結んでいた浅井長政が信長を裏切ったことによって、信長を敗走させたことで有名な戦いがある。あの戦いも信長の重臣たちの殿の活躍によって、信長も命辛々逃げ出したことも有名な話。史実では、義景も詰めが甘かったから、信長を逃してしまったなんて話もある。
ここで取り逃したら、間違いなく後悔する時が来るだろう、まだ勢力も小さい時に潰しておけば、朝倉家、そして一乗谷にあんな悲劇は起きず、平穏で越前を治め続けるだろう。
決して信長を恐れているわけではないが、後の第六天魔王と呼ばれる武将だ、最近朝倉宗滴を失い、重臣、朝倉一門衆が万全ではない状態で、信長に立ち向かうのは、無謀と言えるだろう。
まだ若いうちなら、信長を倒せると思う人もいるかもしれないが、信長は海道一の弓取りと言われた、今川義元を呆気なく倒してしまう人だ。そして信長を利用して再び天下取りをしようとしている木下藤吉郎、もとい豊臣秀吉もいる中、このまま勝てるとは考えいにくい。木下藤吉郎が、どこに姿をくらませたのかも分からないまま、深追いするのは危険だ。
「殿のことが最優先です。こちらも撤収し、殿と合流しましよう」
「その必要はない」
今、私たちが出来ることは、すぐに久々坂にいる義景本軍と合流すること。例え私たちの軍勢より多いとしても、相手はあの信長が率いる軍勢。一人でも多くの兵士がいることで、朝倉軍が有利になるはずなのに、山崎吉家がそう言った。
「お主には見えぬか? 聞こえぬか?」
後方から、山が揺れるような重い音がする。
「お主が動けない間、殿は強くなった」
そして重い音が聞こえなくなり、辺りは静まり返る。
「援軍に来た」
総大将が、自ら武器を取って戦ったのではないだろうかと思うぐらい、馬を降りたのは、全身泥まみれの朝倉義景だった。義景の姿を見ると、家臣たちは一斉に頭を下げた。
「こっちは雨は降らなかったのか? それとも退屈で遊び惚けていたか?」
「殿っ⁉ まさか陣を出て、戦ったのですかっ⁉」
「織田の顔を見たくて、つい出てしまった」
「出てしまったではないでしょう……」
山崎吉家が呆れていると、義景は倒れた両軍の兵士、踏まれた織田と朝倉の旗印を見ていた。
「こっちも激闘だったか」
義景は目を細め、そして曇り空を眺めていた。
「どうやら、私と織田と考えが似ているらしい。大雨で奇襲を仕掛けようと思ったら、織田も同じ考えだった」
どれだけの激突だったのかは分かる。義景についていった家臣たちは、みんな疲弊し、立っているのもやっとの感じだった。
「凛。織田が後年の敵か?」
正直に言っても良いのだろうか。ここで言えば、家中を混乱させてしまうかもしれないが。
「今の殿なら勝てます」
「そうか」
私は断言はしなかったが、私の表情を見て察したのだろう。
「戦は終わった。撤収の準備を始めよ」
私たちは若き織田信長の進軍を食い止め、今回は何とか朝倉家の勝利に終わり、多くの家臣は朝倉家の勝利に喜びながら、一乗谷に帰還した。
今回の勝利が、後年の金ヶ崎の戦いで裏目に出なければいいのだが。私だけが浮かない表情で、一乗谷に向けて歩いた。




