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女子高生、再び戦国の世へ

 目を覚ますと、私は見慣れてしまった、壁紙もない、木造の吹き抜けの天井があった。ここは一乗谷から少し離れた場所にある、宗滴の屋敷がある『福田館』。下城戸近くにある宗滴の屋敷は、宗滴の山荘で、主に私と吉清、宗滴の家臣が使っていた。


「目を覚ましてくれて、本当に良かった」


 体を起こすと、私の枕元に義景の近侍として仕えている、鳥居景近が書物を読んでいた。


「……今は、何年ですか?」

「弘治二年六月だ」


 私は、一年近く昏睡状態だったらしい。


「凛殿が目を覚ますまで、色々な事があった。心の準備は出来ているか?」

「はい」


 正座をして、私は景近の方を向いた。


「宗滴様は、昨年亡くなった。刀傷が多く、失血死だと言われている」


 宗滴の死に、特に驚くことはない。けど、もう宗滴には会えないと思うと、急に寂しさを感じる。


「宗滴様は、生前に私に凛殿宛の遺書を渡している。私は中身を見ていないから、内容は把握しない。凛殿だけが読んでほしい」

「はい」


 これが、タイムスリップする前に言っていた、宗滴の遺書だ。どんなことを書いてあるのかは聞いていないが、きっとこれからの私に向けてのアドバイスなのだろう。


「一向宗は、今は壊滅状態で、しばらくは活動できないだろうとのことだ。凛殿の功績を殿は高く評価している。体調が整い次第、一乗に向かってほしい」

「殿は……どんな様子でしょうか?」

「宗滴様が亡くなって以降、殿は外交に力を入れている」


 越後の長尾家、さらに北の安東家、南は島津家など。吉清や河合吉統などの奏者たちが、全国の戦国武将とやりとりしていると、景近は説明した。


「これは凛殿が知る史実通りか? 美濃の蝮が、尾張の若造に討ち取られた」

「はい――ん?」


 美濃の蝮と言えば、斎藤道三の事。確かに、この頃に道三は討ち取られたのだが、少し違う気がする。


「若造っていうのは、織田信長のことですか?」

「私は織田家としか聞いていない。だから諱は存じないが、恐らくそうだろう」


 ここでも史実が変わっている。道三を討ち取ったのは、息子の斎藤義龍。それが、何故か信長の正室、帰蝶の父親を殺してしまうなんて、辻褄が合わない。


「私が何を言いたいか、分かるか?」

「……朝倉家の危機」

「得体の知れない若造が、広大な美濃を手中に収めるとなると、次に狙われるのは、上洛への通り道となる近江だ」


 史実通りなら、織田信長は尾張、美濃、そして畿内や東海に勢力を伸ばしていく。


「近江を取られたとなると、朝倉家は京に上洛する事が困難になる。だから殿は、若狭を攻める準備をしている」


 昨年の一向宗との戦いで、朝倉家も相当の被害があったにも拘わらず、義景は若狭武田家を攻めるつもりらしい。


「時機に出陣の命が出るだろう。殿は、凛殿の回復を待っているのかもしれない。まだ万全ではないのなら、殿と会うのは――」

「いいえ。明日、殿に会いに行きます」


 もう私は、楽な方に逃げない。未来の義景と宗滴と交わした約束を果たすため、私は義景にどんな命令をされようとも、朝倉義景が最悪な結末を迎えないなら、義景の命令に従う。





 翌日。私は一乗谷に向かう前に、景近から受け取った宗滴の遺書を読んだ。



『養子の景紀の事を頼む』

『儂が抱えていた家臣、福田の屋敷、安波賀の山荘を凛殿に譲る』

『長尾家とは、これからも交流を絶やすことないようにしてほしい』

『若殿は、まだまだ未熟であるから、行き過ぎた行動をしないよう、主だろうが、叱るときは叱る。家中が贅沢を始めた時には、凛殿から家中の風紀を正すように』



 宗滴の遺書には、私にとっては責任重大なことを頼んでいた。これらの事は、宗滴だから出来たことであって、まだまだ階級の低い、得体の知れない不吉な存在として見ている、一部の家臣には、私の言葉には耳を傾けないだろう。


「凛殿。準備は出来たか?」

「あ、はい。今行きます」


 同行してくれる、景近がやって来たので、私は宗滴の遺書を読むことを中断し、もう一枚に書かれている内容が気になるが、景近に支えられながら、早朝に福田館を発って、太陽が大分昇った頃に、朝倉館の中に入った。


「殿。お見事です」

「来たか。景近」


 館の敷地内にある、射場で弓術の稽古をしている義景の姿があった。


「宗滴様を失ってしまった以上、私が皆を支えないといけないからな。他の武術も習得しようと思っている所存だ」


 そう景近に話してから、義景は再び的を真ん中に射貫く。見事な弓術に、私は感心してしまい、拍手をしてしまった。


「元気そうで何よりだ。だが、手を叩くな。集中力が途切れる」

「この時代、拍手って概念が無いんでしたね……」


 以前にも、私の剣技の師匠、富田勢源にすごい剣技を見せてもらった際、思わず拍手したら、うるさいと言われ、こっぴどく怒られたんだった。戦国時代には、拍手という概念はなく、耳障りな音としか受け止められないようだ。


「殿。ご心配をおかけしました。朝倉凛延景。ただいまから、当主である朝倉家のために、忠義を尽くします」


 私の様子を見て、義景はわが子を見るような安堵した表情を一瞬だけ見せた後、再び的を向けて弓を向けていた。


「景近から、どこまで聞いている?」

「宗滴様の事。そして、殿が戦の準備を進めていることです」

「宗滴様の後任は、景鏡に引き継がせる。経験不足の凛には、この状況を任せられる器ではない」


 越前の危機が迫っている中、やはり実力のある景鏡に、宗滴が担ってきたことを任せる。その言葉に、私は少しだけショックを受けた。


「外交の事は、景鏡に任せておけばよい。今は、主を失った宗滴様の家臣たちを、凛がまとめ上げるのが優先だ」

「はい。分かりました」


 私が、宗滴の遺志を継ぎ、宗滴の家臣に認められるよう、義景なりの気遣いなのだろう。義景に命じられたとおりに、私は残された宗滴の家臣と親睦を深めるべきなのだろう。


「その件に関しては、私も手伝おう。私も元々は宗滴様に仕えさせてもらっていた身だ。特に凛殿に反対する者はいないだろうが、念には念を入れておくべきだ」

「ありがとうございます。景近様」


 景近も協力してくれるなら、少し気楽に行動できるかもしれない。宗滴に言われたとおりに、義景の近侍になり、会うのが難しくなった景近でも、これからも信頼できる相談相手として、頼っていくべきだ。


「もう一つ、凛に言うことがある。近衛殿から迎えた継室の姫の事だ」


 私が迎え入れた、近衛春嗣の妹、近衛殿の事だ。ようやく義景と近衛殿の間に小さな命でも授かったのだろうか。だが、義景は嬉しそうに話すのではなく、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「姫とは離縁する。戦が始まり、家中が慌ただしくなる前に、京の近衛殿の屋敷まで、凛が護衛し、送り届けてほしい」


 私の予想とは真逆で、義景は近衛殿を離婚し、実家に送り返してほしいという、病み上がりの私に、相当辛い依頼を、義景は無慈悲に押し付けた。


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