表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/35

1-3:忌まわしきものよ

 呪痕士(じゅこんし)とは恐るべき存在だ。


 我ら一般人が一つの(こん)を持つのに対し、彼らはそれを複数に持つだけにとどまらない。なんらかの媒体、そして五行の詠唱を使わずとも、たった一言だけで痕術(こんじゅつ)を行使することができる。


 土鱗(どりん)の国の住人ほとんどが呪痕士(じゅこんし)であったのは、ほとんどが近親婚で、血統を絶やさずにいたからであろうと推測する他ない。


 しかも大半が敵対的であり、二百年ほどの寿命を持つ。これは四ツ国(よつくに)の面々にとって脅威であった。だからこそ戦が起きたのだが。


 夜霧(よぎり)夢魔(むま)呪痕士(じゅこんし)


 土鱗(どりん)の国の残したものと我々は決して相容れない。彼らによって、今でも我らは苦しめられているのだから――


  ※ ※ ※


土鱗(どりん)の国」


 ぽつりと佩芳(はんほう)はささやいた。


 書物を閉じて片眼鏡を外す。机から顔を上げれば、窓の外はすでに藍色だった。


 土鱗(どりん)の国は自分の故郷ではない。否、四ツ国(よつくに)のどこにも居場所などないはずだ。今現在も(せん)(むら)から出ることも考えていた。各地の(むら)中邑(まち)を転々として、いずれはひっそりと最期を迎えるのだろうと。


「どうしてここにいるの……」


 暁華(ぎょうか)の問いが頭で繰り返される。


 先程からずっとこうだった。何をしていても、放たれた言葉が脳裏をかすめてやまない。


 嘆息し、椅子から立つ。気持ちが落ち着かなくてどうしようもなかった。薬でも調合しようかと考え、やめる。配分を間違えては身も蓋もない。


 もう一度窓の外を見る。彼女は言った。「待っている」、と。


 まだ飯店(はんてん)にいるのか少しだけ、本当に若干不安がよぎり、布の鞄を持って外に出た。


 道は静かだ。揺れた梢の音だけが聞こえる。飯店(はんてん)からの賑わいもない。しかし、獣脂の明かりが小屋から漏れているのを見て、思わず早足になった。


 扉を開ける。祝金(しゅくきん)はもう家に戻ったのだろう、出迎えてくれたのは飯店(はんてん)の主人だった。


「女性の旅人が来ていませんか」


 佩芳(はんほう)が問うと、主人は親指だけで奥の席を指し示す。


 そちらを見ると、一番奥では、暁華(ぎょうか)が机に突っ伏しているのが見えた。


 近くには旅人らしき赤毛の青年が座っており、ちらちらと彼女の方をうかがっているのがわかる。


 ――うら若い娘が、なんと不用心なのか。


 佩芳(はんほう)は溜息をつき、暁華(ぎょうか)へと近付いた。


 暁華(ぎょうか)の机からは酒精の匂いがする。シュウ酒をしこたま飲み、食事もした痕跡があった。目をすがめ、寝入る暁華の肩へ手をかける。


「いい加減起きなさい。人様に迷惑をかけるのではありません」

「う、うぅん……」

邸店(ていてん)へ案内します。さあ、起きなさい」

「……佩芳(はんほう)?」


 暁華(ぎょうか)の瞳は潤んでいた。こちらを見上げた彼女の唇がつり上がる。


「あたしの勝ち」

「なんの話をしているのです」

「賭けてたの。待ち人は来るかどうかって。来てくれたね、佩芳(はんほう)


 にこやかに、これ以上なく無邪気に微笑まれ、佩芳(はんほう)は押し黙った。


 しかしすぐに首を横に振り、冷たいまなざしを作る。


「あなたが店へ迷惑をかけていないか、確認しに来ただけです」

「どのみち来てくれたじゃない。ねえ、邸店(ていてん)に案内してくれるって本当? おすすめのところは? あんまりお金は使いたくないから、そこまで立派じゃなくていいけど」


 酒が入っているためか、暁華(ぎょうか)は饒舌だ。


 いや、と佩芳(はんほう)は内心で思う。昔から話すことが好きな少女だった。一を語れば十を返す、おしゃべり好きな部分は相変わらずだ。


 そこまで考え、自分が苦笑を、唇を歪めていることに気づいて絶句した。村人にすら愛想を浮かべたことがないというのに。


 改めて顔を引き締め、暁華(ぎょうか)の腕を掴む。


「いいから立ちなさい。案内はしますから」

「もう少し飲みたい。佩芳(はんほう)も来たし」

「潰れているのに何を……」


 声を荒げようとした、直後だった。


 赤い閃光がまばゆく窓から入り込んだのは。


夢魔(むま)だ! 夢魔(むま)が出たぞ!」


 見張りの声が大きく聞こえる。我に返った佩芳(はんほう)が見たのは、赤毛の青年が青竜刀を持って飯店(はんてん)を飛び出した姿だった。


 暁華(ぎょうか)も驚いたように半身を上げている。


「嘘、夢魔(むま)が……」

「あなたはここにいなさい。酔っていては何もできないでしょうから」


 三節棍(さんせつこん)を取り出す主人へ目配せをし、佩芳(はんほう)暁華(ぎょうか)を置いて外へと駆け出した。空の色は、赤。危険を示す色に様変わりしている。


 赤い空の下、二体の夢魔(むま)が村に入りこんでいた。うなり声を上げながら。


 獅子の体にワシの頭、透明な羽を併せ持つ怪鳥。いつもより少し弱い光源にも気圧されることなく、夢魔(むま)は暴れ、そこらじゅうの木々や家畜小屋を襲っていた。


佩芳(はんほう)(りょう)が倒れた。高台に行ってくれっ」


 弓を持ち、相対するのは(ほん)だ。容赦なくニワトリを貪る獅子の夢魔へ、矢を放ちながらこちらに指示を飛ばしてくる。


「村人さんは避難して! 飯店(はんてん)に行くのよ」


 邸店(ていてん)から出てきた雑技団たちも、それぞれ飛び起きた村人などを誘導していた。旅に慣れているためか、このような場面に遭遇した過去があるのかもしれない。彼らの指示は的確だ。


 飯店(はんてん)は一番広く、食料庫も完備されている。籠城する場所には妥当だった。


「五行相剋(そうこく)こそは火剋金(かこくきん)。なれど我が刀剣(とうけん)は金に(あら)ず。五行相生(そうしょう)火生土(かしょうど)!」


 赤毛の青年が痕術(こんじゅつ)を発動させる。剣に淡い光をまとわせて、獅子へと突っ込んでいく。


(私はここで、何をしているのだろう)


 佩芳(はんほう)は浮かんだ疑問を打ち払うように、高台の方へと急いだ。


 (りょう)の容体が急変し、倒れたとなると残りの光源士(こうげんし)は二人。彼らにできるのは危機を知らせる光を灯すことだけだ。


 広場に近い南の高台は(りょう)が担当している場所だった。白い(はかま)を汚し、佩芳(はんほう)は土まみれになりながら高台を駆け上がる。


佩芳(はんほう)……ああ、佩芳(はんほう)が来てくれたよ、(りょう)!」


 松明を灯し、佩芳(はんほう)を手招きしているのはへたりこんでいる祝金(しゅくきん)だった。


 泣きべそをかく祝金(しゅくきん)へうなずき、佩芳(はんほう)は荒い呼気をしている(りょう)の側へしゃがみこむ。口から泡を吹いているが、外傷は見たところ一つもない。


(ほん)が言いに来た途中でやつらが……佩芳(はんほう)(りょう)は大丈夫なのかい」

「疲労が蓄積されたのでしょう。今は無理に起こさない方がいい」


 (りょう)の額に手を当て、熱を確かめる。熱い。かなり無茶をしていた痕跡があった。


 鞄を下ろし、解熱剤を取り出そうとした瞬間だ。


「もう一体いるぞ!」


 (ほん)の言葉に振り返る。烏の頭部に大蛇の体を持つ夢魔(むま)が、凄まじい勢いで高台へと上ってきていた。


 それは牙を剥き、こちらへと飛びかかる。


「火よ!」


 祝金(しゅくきん)の悲鳴と共に佩芳(はんほう)が言葉を発したのはとっさのことだった。瞳に浮かんだ(こん)が熱を帯び、体の中で螺旋を描く。


 手のひらから放たれた火球は大きく、一撃で夢魔(むま)を焼き尽くす。断末魔。昔に嗅ぎ慣れてしまった焦げ臭い匂いが辺りへ広がる。


 しまった、と思ったときには遅かった。


 避難していた村人たちが、(ほん)が、そして赤毛の青年や出てきた暁華(ぎょうか)までもが――こちらを見ている。ほとんどのものが唖然とし、瞳へ畏怖を漂わせていた。


「あんた……呪痕士(じゅこんし)


 横にいた祝金(しゅくきん)が、つぶやいた。声が震えていることを認識すれば、彼女と視線を合わせられない。


 決して正体を明かさぬよう努めるはずだった。そうして今まで上手くやってきたはずだ。だが、失敗した。露呈した。自ら暴いてしまった。


 煤となった夢魔(むま)の跡を見つめ、佩芳(はんほう)はただうなだれる。


 頬、手の甲、くるぶし、目にある(こん)全てが熱い。久しぶりの術へ、全身が喜びを覚えるかのように発熱するそれが、わずらわしかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観だけでなく、服装描写とかにも拘ってますね。 これだけ緻密に世界観を構築するのは大変と思いますが、 読み手としては読み応えがあります。 戦闘シーンも臨場感があって面白いです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ