表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/35

3-4:霊胎姫の正体

 円形に作られている砂漠宮(さばくぐう)は、広い。ある程度整備された道を歩いていけば、そこら中に背の低い木々や花が植えられているだけでなく、畑までもがあるのが見えた。


 光がなくとも咲く花に、成長を遂げる木。丸々と育った根菜を目にするうちに、佩芳(はんほう)は理解する。


 これらは全て、土鱗(どりん)の国より四ツ国(よつくに)が奪った道具から作られているものなのだと。


 土鱗(どりん)から略奪された道具は様々だ。それは各国に散らばり、今や当然のように四ツ国(よつくに)で使われている。中には商人が用途も知らず、見た目の麗しさだけで買い取ったものもあるはずだった。


 井戸にあった水呼鉱(すいここう)だけでなく、広場で美玲(みれい)が手をかざしていた水晶。あれもなんらかの――例えば五行の力を強めるものだと思えば、大樹をあやつるという芸当にも納得がいく。


 一人感心する佩芳(はんほう)をよそに、泰然(ほうぜん)は周囲を見渡しながらゆったりと歩き続けていた。


炎駒(えんく)の王宮もまあまあ広いが、ここもなかなかのもんだな」

「そうだろ? ここは美玲(みれい)様が六年かけて、みんなと作り上げてきた場所なんだよ。最初はほとんど何もなかったけどね、助け合ってここまでのものに仕上げたよ」


 男はふくよかな頬を上げ、笑う。泰然(ほうぜん)の隣にいた佩芳(はんほう)は、泰然(ほうぜん)が小さく「六年か」と寂しそうにつぶやいたのを聞き逃さなかった。


 万感の思いがあるだろう言葉に、何も言わない。彼と美玲(みれい)の問題だ。口を出すのは野暮(やぼ)というものだろう。


 しばらく無言で歩く。若干生温い風が、どこからか入り込んで肌を撫でた。特有の土臭さも気持ちを落ち着かせるには充分だ。


 進むこと一刻ほどだろうか。ようやく人気(ひとけ)のある場所へと出た。


 生活感のある空間だ。子どもたちははしゃぎ回り、手に玩具(がんぐ)を持って楽しそうに声を上げている。大人は畑仕事や機織りに精を出し、せわしそうに勤労に務めていた。


 誰もこちらを気に留めない。居心地のいい場所だ、と佩芳(はんほう)は感じる。あるいは、もしかすればここが安寧の地なのかもしれないとも。


 ここ最近は感じていなかった、郷愁。そんなものが頭をもたげて、心の中にざわめきを呼び起こす。


 だが、自分が呪痕士(じゅこんし)であることは知られているのだろうか。決心するにはまだ、早い。


 思いを巡らせているうちに男が立ち止まる。目線の先には弧型の、掘り抜きのような洞窟があった。


「この奥に美玲(みれい)様はいるよ。まっすぐ進んだら部屋があるから」

「あいよ。道案内、ありがとさん」

「どういたしまして」


 男は笑みを絶やさぬまま、役割は終えたとばかりに今来た道を戻っていく。


「中は明るいな。行くか、佩芳(はんほう)

「ええ」


 男二人が横並びに歩いても、掘り抜きの中は幅の余裕がある。左右に飾られた松明が、煌々と周囲を照らしていた。


 少し進んだ先、一番奥には木でできた扉だ。とりたてて飾り気はなく、両開き作りのものだった。


 暁華(ぎょうか)がすでに中にいるのかとも思うが、なんの音すら聞こえてはこない。


 泰然(ほうぜん)が先に歩み出て戸を叩く。「どうぞ」というくぐもった返答は美玲(みれい)のものだ。そのまま彼は、やすやすと扉を開けた。


 瞬間、よりまぶしい光に佩芳(はんほう)は目を細める。


「お待ちしていました、お二人とも」


 部屋の中央、円卓の奥に腰かけていたのはまぎれもなく、美玲(みれい)だ。


 中は広い。松明だけでなく蝋燭、蜜蝋などの光源が揃えられている。周囲には竹簡(ちくかん)や本を収める棚、乾燥させた木の根や薬草の類いまでもが備えられていた。


 円卓の側には天蓋つきの牀褥(しょうじょく)があり、毛の織物が几帳面に畳まれている。


「どうぞ座って下さいまし」


 ここは美玲(みれい)の部屋なのだろうと推測したものの、暁華(ぎょうか)の姿がないことが疑問だった。それを見越してか、美玲(みれい)がこちらを見て微笑む。


暁華(ぎょうか)様はのちほど来るかと。お茶を入れてありますので、席に」


 美玲(みれい)に言われれば、果物のような匂いが漂っていることにも気づく。円卓の上にはそれぞれ四つ、白茶が湯気を漂わせていた。


 泰然(ほうぜん)は無言で、空いた席の一つに腰かける。それと対面する形で、佩芳(はんほう)も座った。


暁華(ぎょうか)はちゃんと来るんだろうな」

「はい。少し準備に手間取っているのかと。女性には支度が必要ですのよ、泰然(ほうぜん)様」

「……様はいい」


 ぶっきらぼうな声音に、美玲(みれい)は何も言わず白茶を飲むだけだ。


 佩芳(はんほう)は棚から美玲(みれい)へ視線をやり、たずねる。


「ここには土鱗(どりん)の道具がたくさんあるようですね」

「六年かけて集めたものですの。両親が商人でしたもので、道具に関する情報網は耳に入ってきます。使い方は古文書を」

「古文書? 焚書(ふんしょ)された古文書がまだ、残っていたのですか」

「確かにほとんどは焼かれてしまいましたが、商人の手に渡ったものも少しはございますの。読み解くには苦労しましたけれど」

「お前さんでもか。意外だな」


 嫌味ではなく疑問をこり固めたかのような問いに、美玲(みれい)は小首を傾げてみせた。


「どういう意味ですの?」

「お前さん、二歳の頃には公文書も読めたって言ってただろ。難しい文字もお手の物だと思ったんだけどな」

「……土鱗(どりん)の文字は少し、違うものですから」

「違う?」

「それは……」


 佩芳(はんほう)の声に美玲(みれい)が静かに器を置いた、そのときだ。扉が再度、叩かれたのは。


暁華(ぎょうか)様をお連れしました」


 知らない女性の声が響く。


「どうぞ、お入りに」


 美玲(みれい)の返答に、扉が片方だけ開いた。だが、暁華(ぎょうか)はなかなか姿を現さない。「変だよ」とか「でも」とか、小さな声が聞こえる。


「何してんだ、おい」

「さて」


 扉を凝視する視線に耐えかねたのだろう。それとも単純に諦めたのか。扉の影からそっと入ってくる女人がいた。


 艶やかな黒い(もとどり)は、左右で三つ編みに結い上げられ、残った部分が二つに降ろされている。シャクヤクの刺繍が入った(ひとえ)は朱色。灰色の()は長く、腰には純白の帯が巻かれている。


 化粧をなされ、様変わりしたのは――


「……暁華(ぎょうか)、か?」

「じ、じろじろ見ないでよ、泰然(ほうぜん)


 誰でもなく暁華(ぎょうか)だった。彼女は頬を朱に染めつつ、視線をさ迷わせている。


 暁華(ぎょうか)はもう、泰然(ほうぜん)がたずね、佩芳(はんほう)が思わず目を見開くほどに違う。


 今までの彼女がさなぎだとすれば、それこそ蝶のように麗しい。


 艶美そのものが形になったかのような暁華(ぎょうか)に、佩芳(はんほう)は見とれた。見とれ、惚けてしまうほどの魅力が今の彼女にはある。


 確かに美玲(みれい)も、暁華(ぎょうか)に劣らずの美女だ。それでもなぜか、佩芳(はんほう)暁華(ぎょうか)だけに目を惹かれてやまない。


「あ、佩芳(はんほう)


 彼女がふんわりと笑む。途端、心臓を掴まれた気持ちになる。動悸がひどく、早鐘のように脈を打つ。


「お似合いですわ、暁華(ぎょうか)様」


 戸惑う佩芳(はんほう)をよそに、美玲(みれい)が鈴のような笑い声を上げた。暁華(ぎょうか)は唇を尖らせる。


「別に、こんな格好させなくてもいいじゃない……動きづらいし」

「慣れますわよ、すぐに。さあ、どうぞこちらへ」


 そっと席に座る暁華(ぎょうか)には、いつものおてんばな様は見受けられない。それがまた、たおやかさに拍車をかけている。


紅翼(こうよく)、食事の方をお願いしますわね」

「わかりました、美玲(みれい)様」


 外にいる女性――紅翼(こうよく)はそれだけを言い残し、扉を閉めていった。


「……何から話せばいいのか迷いますの」


 白茶のかぐわしい香りが漂う空間で、沈黙を破ったのは美玲(みれい)だ。


 彼女は立ち上がり、後ろの棚から一冊の本を取り出して円卓に置いた。


 佩芳(はんほう)は動悸を抑え、革でできた表紙の本へと目を向ける。随分と古そうな本だ。一般のものと文字すら違う。


 だが、文字の形にどこか見覚えがあるような気がして、美玲(みれい)の方に視線をやった。


「これが古文書でしょうか」

「はい。土鱗(どりん)の国の本。その中でも特に古いはずのものですの」

「そんなものまで読めるんだ?」

「今でもつまずくことはございますが、あらかた」


 椅子に腰かけ、美玲(みれい)は本に手を置いた。青い目を閉じ、何かを考えている顔つきを作る。


「結論から申し上げますわね」


 彼女が息を吐く。まぶたを開け、真向かいにいる暁華(ぎょうか)を真摯な面持ちで見つめた。


「あなたが探していた『霊胎姫(れいたいき)』。それは、あなた自身のことですわ、暁華(ぎょうか)様」

「……え?」


 何を言われたのかわからない――とばかりに、暁華(ぎょうか)は眉を寄せる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ