その7
コトンの街を出て北に進む。
いくつかの街や村に寄りながら北上する。
ギャリソンが御者をして馬車を走らせてチムの話相手をする。
当初、魔族と妖精といった関係で、お互い牽制しあっていたが…
いつのまにか打ち解けていた。
「ねぇ、ギャリソンこの服似合っている?」
チムが空中でクルリと回りワンピースを見せている。
「はい、似合っていて可愛いですよ。
また街で綺麗な布を見つけて服を作りましょうね」
ギャリソンが微笑む。
「わーい、お願いねー」
ギャリソンの周りをチムが飛び回る。
その様子は、好々爺と孫そのもの、街に行くと2人で買い物に出掛けては、綺麗な布を買い、ギャリソンがチムのワンピースを作る…
執事姿のときは、完璧な人間の執事になりきっている。
料理も出来れば裁縫も出来る。各種手続きや旅の支度も完璧だった。
最近では悪魔化したバトルモードの方のギャリソンが偽物で、なにかの呪いではないのか? と思うほどで、ジキルとハイドとかハルクみたいな感じだとノーブは思っていた。
そして、ついにアルブの街に近づくが…
そう簡単には行かせてもらえない…
突然、馬車が止まる!
「たいへん! たいへん!」
チムが叫ぶ!
「馬車が盗賊に襲われているわ!」
チムが慌てている!
「そうか、じゃあ脇道を抜けられないか?」
ノーブは興味無さそうに聞く…
「なんで⁉︎ あんた勇者でしょ! 助けなさいよ!」
チムはうるさかった。
「この辺りで目立つ行動はしたくないんだけどな…」
ノーブは全くもって勇者には程遠かった…
「早く助けなきゃ死んじゃう死んじゃう!」
チムが泣きそうな顔で急かす…
「わかったよ…」
ノーブは馬車を降りて事件現場に向かう。
20人ほどの盗賊が馬車を襲っていた。
馬車は変わった感じで、幌が無く鉄で作られた檻となっていた。
(犯罪者を運んでいるのか?)
ノーブが考えていると…
「奴隷商の馬車ですな…」
ギャリソンが隣りで呟いた。
「そうか、この世界は本当に世知辛いな…
奴隷商売が成り立つなんてな…」
ノーブは寂しそうに呟いた…
「珍しいことではないかと…」
ギャリソンは普通の事だと説明する。
「おい! 盗賊ども! 大人しく帰れ! 今なら見逃してやる!」
ノーブは奴隷が存在するという現実を目の当たりにして、イラっとして、奴隷商人とは無関係な盗賊を怒鳴り付けた!
「こんなヤツら、やっちゃえー!」
チムが煽る。
「なにぃ! 良いペットを連れているじゃねーか! そいつを寄越せ!」
盗賊が叫びながら襲ってくる!
ギャリソンが爪だけを伸ばして駆け出す…
盗賊はあっというまに全員死亡… ご愁傷様。
襲われていた馬車を見に行くと、御者と奴隷商人は既に殺されていた。
馬車の荷台は檻となっていて、10から13歳ぐらいの3人の少女と2人の少年が椅子の下に隠れて生きていた!
だが、容姿が人とは少々異なる。
頭には猫耳や犬耳があり身体は毛深く尻尾が生えている。
「お前ら獣人か? 今出してやる!」
ノーブは鉄格子を手で掴み馬鹿力で無理矢理壊す。
そして、子供達を馬車から降ろした。
その場で子供達が戸惑っている…
「うん? お前らは自由になったんだ、好きなところへ行くといい」
ノーブの言葉に子供達は更に戸惑う…
「あんたバカなの? こんな所で解放されても何もないじゃん!
また、盗賊に襲われるか? 奴隷商に捕まるか? 魔物に襲われるか? どのみち死んじゃうわよ!」
チムがキレていた…
「まあ、お前の言わんとしていることは解る…」
ノーブはチムを宥めて子供達と向き合う。
「なんで奴隷になったんだ? 親に売られたのか?」
ノーブが聞くと、小さな猫耳の女の子が…
「違う、里の外の森で遊んでいたら、突然、人間が現れて捕まったの…」
涙を流しながら説明した…
「はいはい、泣かない泣かない。送って行ってやるから…」
ノーブは女の涙に弱かった…
しかも、孫ぐらいの子供達が困っている。
可哀想だと思い送って行く事を決めた。
「お前らの故郷はどこだ?」
「北の森の獣人の里でございます」
年長の猫耳の可愛い女の子が答える。
脳内マップで確認すると帝国の北の森の中だった。
(うん? 帝国の北の森って魔王がいるところじゃないのか?)
ノーブはふと思い出す。
「北の森って魔王がいるんじゃなかったか? その魔王を倒すために帝国が勇者を召喚しているって聞いたぞ?」
ノーブが子供達に聞いた。
「北の森は魔王様の庇護下にありますが…
獣人の里は、北の森の西の方で人間領に面した所にあります。
魔王様は、そこには住んでいません」
年長の猫耳の女の子はそう答えた。
「そうか…」
ギャリソンを見るが 、ギャリソンも解らないと首を振る。
「その場所だと、アルブの街を突っ切って帝国領を北上するのが近道だな…」
ノーブは子供達を連れアルブの街に寄る事を考えたが…
「駄目です!」
年長の猫耳の女の子がとめる…
「ただでさえ獣人は人間に嫌われていて街や村は奴隷しか入れません。
特に帝国は別格で、獣人の存在自体を許さず見つけ次第殺されます。
一緒にいる人間も罪に問われて死罪になるそうです。
私達を攫った奴隷商も帝国領を避けて遠回りして移動していました」
捲し立てるように説明した。
「差別が酷いな… どこの世界も自分と相反するものは受け入れられないのか…
仕方がない、予定は変更だギャリソン…
帝国を迂回して獣人の里に行こう…
お前ら馬車に乗れ、送って行ってやる…」
ノーブはアルブ街に寄る事を諦めた…
「おー!」
ノリよく返事をするのはチムだけ…
獣人の子供達は困惑気味で、
「一緒に乗っても嫌じゃないのですか?」
そう聞いた。
「うーん、別に嫌じゃないけど、妖精だっているし魔族もいる。
そもそも俺も…
まぁ、なんでもいい。
お前らが嫌なら考えるがな…」
ノーブは何も気にしていない。
「私達なら大丈夫です!」
猫耳の女の子が代表で答えた。
ノーブは、この世界の事に感心がなく、魔族だの獣人だの妖精だのと、何かのファンタジー物語の中に紛れ込んだ気分で現実味が湧かなかった。
そもそも、自分を日本人だと思っているノーブには、この世界の人々とは違う人種で、そんなノーブから見たら、人間も魔族も獣人も妖精ですら、自分とは別の、この世界の人々といったくくりで見ていた。
だからといって、ノーブには人種差別的な思いはない。
子供達は少し戸惑いながら馬車に乗り込んだ。
そして、馬車は走り出す。
「あんた達! 私が責任を持って送り届けるから安心して!」
張り切るチム!
獣人の子供達と直ぐに打ち解け、お姉さん風を吹かせていた。
その日は早めに野営の準備をする。
ギャリソンが指示を出して獣人の子供達が手伝う。
ギャリソンは面倒みが良く子供好きで子供達にも懐かれている。
その様子を微笑ましく見ていたノーブは…
(俺の孫はどうしているんだろう? 元気かな? 絶対に帰って抱っこしてやる!)
孫を思い出して帰る決意を燃やしていた!
そして、獣人の子供達は、女の子は年上から順に、猫獣人のミャーダ、キキ、犬獣人のポチ子。
男の子は上から順に、狼獣人のウル、鼠獣人のチューと名乗った。
食事の後、年長のミャーダが話に来る。
「ノブ様、お食事まで頂き感謝します」
ミャーダが代表でお礼を言った。
「ああ、作ったのは俺じゃなくギャリソンだ。アイツに言ってやれ…
それにお前らみたいな子供が遠慮をするな、子供を守るのはジジイの仕事だ」
ノーブは笑っている。
「ノブ様はエルフ族なのですか?」
「いや人間たぞ?」
「その見た目でジジイなんておっしゃいますからてっきり…」
「ああ、見た目は子供、中身は65歳、真実はいつもそこにある!…なんてな」
ふざけたつもりだが、スベっていた…
「ごほん…」
ノーブは咳払いをして話し出す。
「北の森について聞いても良いか?」
「なんでしょう」
「この大陸の西から、ルーン国、ギガント帝国、神聖国フォーリーン、地図上では、そこより北にある全てが北の森となっている。
広大なその森は魔王が支配して治めているのか?
魔王とはどんな奴だ?
俺の地図は最新だが街や村が存在しない。
亜人の里が幾つかあるだけだが…」
「詳しいことは知りませんが、北の森や魔王様の事で知っている事を話します…
始まりの戦いで、魔神が勇者に封印されて少なくなった魔族は追い詰められ大陸を転々としながら生き延びました。
その時々に魔王が誕生しますが帝国が勇者を召喚しては倒していきます。
でも、最後の魔王様は違った。
人間に迫害されている亜人や魔族を北の森に集めて自分の庇護下に置き、森に結界を張り、何度、勇者が攻めて来ても退けて、皆んなを守り続けました。
今も北の森が無事なのは魔王様が帝国に睨みを効かせているからなのです。
人間に嫌われている獣人族も、その昔、魔王様を頼り北の森に逃げ込んだのです」
ミャーダが丁寧に説明した。
「ミャーダは魔王に会ったことはあるのか?」
「私はありません… 父ならたぶん…」
「そうか話してくれてありがとう」
(うーん… 魔王… 俺が思っているより良い奴そうだな…
ってか、俺より充分立派じゃん。
この先、戦う事にならなければ良いんだが…)
ノーブは、自分の描いていた魔王像とは全く違う存在に戸惑いを感じていた。
その夜、寝ていると大きな気配を感じ目を覚ます。
ギャリソンも感じとったようで目を覚ましていた。
「ノブ様!」
ギャリソンが声を上げる!
「ああ、俺が行ってくる! お前は、ここで子供達を守ってやってくれ!」
「わかりました!」
ノーブはテントを出て、アイテムボックスからエクスカリバーを出して帯剣する。
光が身体を包み光り輝く白金の鎧となる。
翼を開き浮き上がり、一直線に大きな気配の元に飛ぶ!
(この辺りだな… )
森を見渡すと、眼下に見える小さな祠が怪しく輝いている。
ゴーっと音を立てて地響きがおこり祠が崩れ地中から巨大な魔石が現れる。
魔石は黒いもやに侵されている。
その魔石から、突如、大量のもやが吹き出して巨大なフェニックスが姿を現した!
フェニックスは咆哮し業火を纏って突進してくる!
「ホーリーカノン!」
白金の鎧の胸の魔石から、輝く光のビームが放たれる!
フェニックスが大きく口を開き炎を吐き出す!
炎とビームが衝突して爆発する!
フェニックスは、それを突き破り突進してくる!
ノーブはショート転移で突進を躱す。
「精霊召喚! 来い、ウィンディーネ!」
水色の女性の精霊が現れる!
「奴の火を消せ!」
ウィンディーネが精霊魔法を発動する!
巨大な水球がフェニックスを包む!
そして、炎が消え、もがき苦しむ!
水球の中から暴れ出て、怒りに任せて咆哮した!
「アギャーー!」
ノーブはフェニックスの頭にドロップキック!
フェニックスが吹き飛び大地に叩きつけられ木々が倒れ砂塵が巻き上がる!
フェニックスが起き上がり咆哮する!
「アギャーー!」
再び業火を纏い飛び上がり向かって来る!
森は業火に焼かれて火の海となっている…
「ウィンディーネ! 森の火を消せ!」
ウィンディーネが精霊魔法で豪雨を降らせる。
豪雨が森の火を消し、フェニックスの炎も消えかける!
「消し飛ばせ! サンダーブレイク!」
極太の雷がフェニックスを貫く。
「うおおぉぉー!」
ノーブは叫び、一瞬でフェニックスの懐に飛び胸にエクスカリバーを突き刺す!
「グワァァー!」
フェニックスは仰向けに落下し生き絶えた…
フェニックスの死骸はアイテムボックスに収納して、祠のあった場所に行き巨大な魔石に触れ浄化して収納する。
アイテムボックスを見ると、フェニックスの遺体はなくなり「鳥の卵」と「神獣の魔石」が残っていた…
お約束のルーティンになりつつある。
翌日は、ルーン国の外れの田舎道をひた走る…
夕方には北の森エリアに入り、獣人の里のそばまで行く。
森に入るときには結界が張ってある事に気づいたが、意外と簡単な魔法で通り抜ける事が出来た。
「お前ら、里の近くに着いたぞ、ここからなら歩いて帰れるだろう? お別れだ」
ノーブは子供達と、あっさり別れようとする…
「そんな… せっかくですから里に寄っていってください」
ミャーダが寂しそうに誘う。
「うーん 、でもな…」
ノーブは、とにかく面倒な事が嫌いだった…
「ねえ! 寄るわよ! 寄っていくわ!」
チムが騒ぐ。
「だが…」
「寄っていっても大丈夫じゃないでしょうか…」
なりきり執事までが言い出す始末…
(お前は子供達と一緒にいたいだけだろう!)
とも思うが…
「わかった…」
ノーブは納得し、皆で里に行き、子供達を獣人達に引き渡す。
獣人族は仲間意識が強く、子供達を救ったノーブ達に感謝をして里をあげて歓迎した!
そして、長の家に招待される。
「娘達を救ってくださりありがとうございます。
獣人の里の長、ミャームと申します」
壮年の男の頭に猫耳がある…
(ああ、浦安のネズミの国にもネズミの耳を付けたおじさんが歩いていたな…)
ノーブは、中年男性の猫耳姿に懐かしい光景を思い出していた。
「成り行きだ… 礼を言う必要はない」
「それでも、大事な子供達を助けてくれたことには違いない」
「そうか、大事にしているんだな…」
お礼の言葉が終わると、宴会となり、ご馳走を頂き酒を呑む。
だが、ノーブは下戸だった…
ギャリソンは虎獣人と呑み対決をしたり、チムが歌って騒いだりと、楽しい夜だった。
ミャームに聞きたい事もあったが、ゆっくりと聞ける雰囲気ではなかった。
その日はミャームの家に泊めてもらうこととなった。
翌朝、ミャームの家で彼の家族と朝食をとっていると、ノーブは懐かしい気配が近づいて来るのを感じる。
しばらくすると、来客が訪れ、ノーブ達のいるリビングに通される。
「ちょっといいかい?」
その姿に、ミャームが驚き固まる…
来客者に軽く目配せされてミャームは家族を連れてノーブ達3人を残し部屋から出て行った。
「久しぶりだね」
「ああ、久しぶりだな、ナオト、いや、師匠と呼んだ方がいいか?」
そう、探していたナオトが自ら現れたのだった!
「その感じだと、いろいろ解ったようだね」
ナオトはノーブを微笑んで見ている。
「いや、思い出したのは前世だけだ、全てを知る前に母は失踪した…
それで、師匠と母を探す旅に出た訳だ…
ところで何故、俺がここにいると解った?」
ノーブは不思議に思い聞いてみた。
「この森には結界が張ってある。それで感知したんだよ」
「そうか。それで、教えてくれるのか? 俺のことを」
「ああ、僕の知っている事は話すよ。
会ってもらいたい人もいるしね」
「魔王か?」
「そうだよ」
「その前に知っている事は話してもらえるのか? 師匠」
「もう師匠はやめてナオトと呼んでくれ。貴方の方が年上でしょう? おじさん」
ナオトはそう言って笑った。
「ああ、前世と今世を合わせて65歳だからな」
ノーブも笑っている。
「どこまで知っているの?」
「俺は日本人で、50歳の普通のジジイだった。
突然、雷に打たれた様な強烈な光と音に包まれ気付いたらあの部屋にいた…
騎士に抱えられてたのはナオトだろう?」
ナオトが頷く。
「そして、召喚師っぽいのが、斬られる寸前に魔法を俺に放った。
そこからの意識はない…
そして、15歳までは、この世界のマリアの子供として生きて仲間の死と共に自分の前世を思い出した… ざっとこんなところだ」
ナオトはノーブの話を聞き、黙り込み考えをまとめて静かに口を開く…
「僕も日本にいて、友達との学校の帰り道に突然足元に魔法陣が現れて、気づいたら友達と2人であの部屋の中にいたんだ…
騎士に抱えられて部屋から出されそうになったとき、雷が落ちたような光と音が響くと貴方が倒れていた。
王は貴方を見て、召喚が失敗したと思い怒りにまかせ、この世界に勇者を召喚出来る、たった1人の召喚師を殺させた。
死の寸前、何かを察した召喚師は貴方を転生させた…
その召喚師はラディシュといい、貴方の母、マリア様の旦那さんだった…
ただ、貴方と僕達の召喚の方法が違っていた事が今でも気になっているんだけど…
ラディシュが亡くなった今、何も解らないんだよ…」
ナオトは困惑気味に説明した。
「まあ、勇者を召喚してジジイが現れたら激怒するわな…
しかし、話を聞く限り俺は召喚された訳ではないのか?
事故だったのか?
なぜ? ラディシュは俺を転生させた?
そもそもナオトは、俺にかけられた魔法が転生魔法だと、なぜ解ったんだ?」
ノーブはマシンガンの様に話て聞く!
「そうだね… 少なくともラディシュが召喚したんじゃなさそうだね。
王はそうは思っていなかったみたいで、ラディシュが召喚に失敗し、その責任をとって貴方を処分したと思っているんだ。
転生魔法の事は、あとからマリア様の部下に聞いたんだ。
彼女は宮廷筆頭魔導師で、あの場所に幽閉されるまでは部下を通して何度か話をしたから…」
ナオトはマリアと繋がっていた!
「母と会っていたのか⁉︎」
ノーブは驚く!
「直接会った事はないよ…」
ナオトとマリアは、すれ違いばかりで一度も顔を合わせた事が無かった…
だが、ノーブと同郷で、ギガント帝国を良く思わないナオトに、いずれノーブを見守ってもらおうと、マリアは部下を使い接触して情報を流していた。
「今、母が何処にいるか解るのか?」
「あの街から消えた後の足取りは掴めてない…」
「そうか残念だ… だがやはり母には会う必要があるな」
「とりあえず、魔王様に会ってくれないか?」
「わかった」
ノーブ達はナオトの案内で魔王に会いに行く事となった。
ミャームに世話になったとお礼を言い、獣人の里を出た。