その30
ナオトの結婚式から1年が過ぎた。
安定した日常を送り結婚する者も増えてベビーラッシュを迎えていた。
天空の国ギガンティスの総人口は20万人を超えようとしている。
ナオト夫妻にも子供が産まれて城に連れてきていた。
「ちょっと抱っこさせてくれ」
魔王は赤ちゃんを抱き顔を覗き込む。
「可愛いな。俺も欲しいな」
赤ちゃんをひたすら眺めていた。
「私で良ければ!」
マーリンが立候補する。
もうこの感じにも慣れて魔王はスルーしている。
そう、ギガンティスは平和そのものであった。
ときどき、上空からウエス大陸を眺める。火のてが上がるのが見えて遠くで街が燃えているのを見かける…
地上は混沌としているようだった。
(何故争う、何故、協力する道を選ばん!)
魔王は常に思うが、それが人の背負いし業なのかも知れない。
そう思う様になっていた…
そして今、急な知らせを受けて気分が落ち込んでいる。
「おじいちゃん、お客様よ」
愛が案内して来たのはメアリーとマーガレットだった。
「2人とも急に呼び出してすまない」
「大丈夫です」
メアリーが言葉少なく返事をする。
この2人はルッチから預かった娘達だった。
「お前らの母から先程連絡がありルッチが亡くなったと告げて通信は切れた。
その後は連絡が取れない状態だ。
状況が知りたいが、2人も一緒に行くか?」
2人は黙って頷く。
こうしてバンル王国の王都に行く事となった。
メンバーは娘2人とエカテリーナとマーリンだ。
エカテリーナは冒険者ギルドの様子を見たいとのことだ。
ナオトも行きたそうにしていたが赤ちゃんの面倒をみることとなり留守番する。
5人でバンル王都のルッチ邸のルッチの部屋に直接転移する。
着くと同時にマーリンが…
「魔王様、何者かに感知されました!」
そう警戒した!
「ああ、解っている。大丈夫だ…
お前はエカテリーナとギルドに行け何かあれば連絡しろ」
魔王は気にせず行けと指示をする。マーリンがエカテリーナを連れて転移していく。
ヤマトとナオトに鍛えられて守護者と聖女の加護を受けたマーリンは大賢者から大魔賢者へと至っていた。
魔王は家の中を感知してリビングに人がいるのを確認して向かう。
(余計な者もいるな…)
リビングに入るとルッチの妻と使用人達がいた。
「「お母さん!」」
2人の娘が母に飛びつき抱き合う。
娘が一生懸命問いかける。
だが、返事をしない?
使用人達も誰も話さない?
そのときリビングの物陰から手下を連れた男が現れる。
「やっと来たか! 待たせやがって!
そいつらは話せないぞ! 舌を抜いてやったからな!」
男がゲスな顔をして笑っていた…
「酷いな、何が目的なんだ? 俺が誰だか知っているのか?」
魔王は普通のテンションで話す。
「ギガンティスの奴だろう?俺はフルード公爵だ! 国王と取引がしたい」
「どんな取引だ?」
「バンル王国フルード公爵家と同盟を組み大陸の統一に力を貸せと!」
「そんな事を聞くと思うのか?」
「戦争が終わるまで、お前ら全員人質だ! さっさと連絡しろ!」
そう凄み、魔王がルッチに渡していたケータイを投げてよこした。
隣の部屋に20人ばかりの兵がいて家を取り囲むように200人の兵がいる。
「やれやれ… ちょっと考えさせろ」
魔王は面倒くさそうに告げる。
「少しだぞ!」
その男が凄む。
ルッチの妻ルージュに向かい合う。
「ルッチはあいつらに殺されたのか?」
そう聞くと頷き魔王にルッチからの手紙を渡した。
魔王は受け取った手紙に目を通して奥さんと使用人を見渡す。
「エクストラヒール!」
暴行を受けた傷や抜かれた舌が再生して驚く!
そして、声を発して涙する。
「お前達に問う、この中にスパイはいるか?」
真実の言霊で聞く。
全員が「違います」と返事をした。
「もう、この大陸に戻れなくてもいいのなら我が国に迎え入れよう」
魔王はそう提案してルージュには…
「皆と同じ立場になるが構わぬか?」
そう聞いた。
「よろしくお願いします」
ルージュはそう答えて使用人達も頷く。
「何をごちゃごちゃやっているんだ!」
痺れを切らしたフルード公爵が怒鳴った!
「待たせたな、なぜルッチを殺した?」
魔王は静かに真実の言霊で聞く。
「この国の乗っ取りを手伝えと誘ったが断ったからだ!」
凄く勝手な理由だった…
「娘達が我が国にいるのをなぜ知った?」
「拷問して魔法で尋問した。
そのとき得た情報だ、だがちょっと遅かったルッチにギガンティスと交渉させようとしたら弱り果てて死んでしまった。
だから家族を人質にとった!」
フルードが得意そうに説明する。
魔王は怒りで腹わたが煮えくり返っていたが冷静さを装い静かに聞いていた。
「国王達はこの事を知っているのか?」
「知らんだろうな、じきにこの国は俺の物になる。知ろうが知るまいか関係ない」
「お前は本物のクズだな答えはNOだ!」
そして魔王の怒りのスイッチは入った!
「なに? 何を勝手に決めている! さっさと連絡してみろ!」
「吠えるな! クズが!」
魔王は怒り魔王の波動を浴びせる! 全ての者が気を失うが!
「お前だけは気絶を許さん!」
魔王のイカズチ極でフルードの意識を無理矢理引き戻す。
「ぎゃーーー!」
恐怖と激痛でフルードは一瞬で己の愚かさを知る。
「気がついたか? 俺が魔王だ!
お前の部下は全て気絶させた! 焼却してもいいのだが…
ルッチの家を俺の手で焼き払うのは気が進まん。
お前の命一つで許してやろう」
魔王はフルードを指差す。
「まっ、待ってくれ! 俺が悪かった! 許してくれ!」
黒いモヤが現れてフルードの右腕に絡みつき引き千切る!
その腕はモヤの中に吸収されて消える…
「うぎゃーー! 勘弁してくれ!」
フルードは激痛にのたうちまわる!
「お前はルッチに慈悲を与えたのか?」
もう片方の腕もモヤにもがれて無くなる。
「もういい、ここでお前を殺したところでルッチは帰らん。
その不自由な身体で生きていくがよい。」
魔王は興味無く呟いた…
「待ってくれ! 舌を治した魔法で腕を治してくれー!」
フルードは泣き叫ぶが…
「俺に、そこまでの慈悲はない。治せる者を自分で探せ…」
魔王は冷たい顔で言い放ちルッチの家族と使用人達を見渡す。
「転移…」
アルカディアの城に戻った。
連れて来た皆を待機させて魔王は1人でバンル王国の冒険者ギルドに転移する。
「魔王様!」
マーリンが駆け寄ってくる。
39歳だというのにリリと同じ行動をする。
「エカテリーナは?」
魔王がマーリンに聞くと嬉しそうに案内をしてくれる。
やっぱりリリと一緒だった。
総帥室に入りながら…
「この部屋か…」
魔王はやれやれといった感じで呟く。
その言葉を聞きエカテリーナが気まずい顔をする。
エカテリーナと4人の男女がいた。
「王様、紹介します…」
エカテリーナが話し始めたが、それを遮り…
「必要無い。帰るぞ」
魔王は言った。
「ちょっと待ってくれ話を聞いてくれ!」
偉そうな男が立ち上がって話す。
「お願いします」
エカリテーナも頭を下げる。
聞くまでもないと思うが…
「さっさと話せ」
魔王は興味無く言い。
「ワシらもギガンティスに連れて行ってもらえんか?
もう、この国は駄目だ、助けてくれ」
そいつが答えた。
「自分達だけか? 冒険者達は見捨てるのか?」
「見捨てるも何もワシらが冒険者を世話をするいわれはない」
「俺もお前らを助けるいわれはないぞ?」
「そんな事言わずに助けてくれ、なんでもするから」
「我が国に来てなにがしたい?」
魔王は埒が明かないと真実の言霊を使う。
「そうだな、しばらく王のいう事を聞き取り入る。
エカテリーナに手引きをさせて4人で国の中核に入り込み牛耳る!
国を我が物にしてやる!
エカテリーナに王の弱点も聞いたし若僧を騙すぐらい簡単だろうて!」
口を押さえながら答えて驚く!
「エカテリーナ、お前もぐるか?」
真実の言霊を使う。
「知りませんでした。すみません」
消えそうな声で謝る。
(本当に胸糞が悪い! 消滅させてやろうか!)
魔王がそう思ったとき。
「魔王様、今の私にもやってください」
マーリンが空気を読まず頼んでくる…
「お前は… 今、そんな事を言っている場合じゃないだろう? 空気を読め!」
怒ったが和んだのも事実。はぁ、とため息をつき。
「俺に、お前の秘密を打ち明けろ」
真実の言霊だ!
「魔王様の飲み物に、ときどき惚れ薬を入れています」
マーリンは口を押さえながら答えた。
「マーリン、あとでお仕置きだ…」
そう言われてマーリンは落ち込む。
「お前達、マーリンのおかげで命拾いしたな。
茶番は終わりだ! 帰るぞ!」
4人が何かを言っているが、もはや聴く耳をもたん。
無視して転移して魔王はアルカディアの城に戻る。
ルージュと使用人達の所に行く、ヤマト達、国の主要メンバーも集まっていた。
メアリーが…
「父の手紙にはなんと書かれていましたか?」
そう聞いた…
「ルッチの遺品だ大切にしろ」
魔王はメアリーに手紙を渡す。
メアリーはその場で読み上げて妹や使用人達にも聞かせた…
手紙には自分も娘達とギガンティスに行きたかった。
ですが、自分の業の深さを考えると、どうしても行く選択が出来なかった。
自分にもしもの事があれば妻と使用人を助けてください。
他にもさまざまな事が書かれていた。
最後に自分を闇から救ってくださりありがとうございました。そう書かれていた。
「相談してくれればよかったのに… 俺の力があれば…」
魔王はそう呟いた…
「主様は万能であられても全能ではございません。悔やまれないでください」
隣にいたシンリーがそう答える。魔王は下を向き寂しそうな顔をしていた。
ルージュが近づき…
「主人の遺言を聞いていただき、ありがとうございました」
そう頭を下げる。その場の全員が頭を下げた。
皆が落ち着くのを待ち…
「何か大事な物があれば取りに行ってくる。遠慮なく言うがいい」
魔王が皆に言うとルージュが代表して…
「もう何も無くて構いません。この国で、いちから出直します」
そう答えた…
「そうか…リリ!」
リリが魔王の手を握り2人が同時に光り輝く。
その場にいた者は跪き首を垂れる。
光が皆を包み守護者と聖女の加護を得る。
「さて、これからどうする?」
「私は娘達と暮らします。
使用人達は城で働かせてもらえませんか?」
ルージュが提案すると30人の使用人が頭を下げた。
「しかしな、我が国は皆平等で奴隷も小間使いもない。
城もバイトのお手伝いさんが来る程度なんだ。
俺が使用人を使うわけにはいかない」
魔王が説明するが、
「私はルッチ様に使えていました執事のセバスチャンと申します」
(出たー! セバスチャン! ザ、執事)
魔王はセバスチャンという名に喜んでいたが…
「ああ、ルッチの部屋で何度か会ったな」
顔には出さず冷静さを装っていた。
「覚えていていただき光栄です。
私は執事として誇りを持って働いております。
仕事として、どうかお支えさせてください」
黙って聞きいていたヤマトが…
「城で雇ってやれ給料も国から出せる。
皆を路頭に迷わせるわけにはいくまい」
そう助言する。
魔王は、うーん… と考えている。
「大丈夫です。皆さんをお雇いいたしましょう」
シンリーが決めてしまう!
魔王は、ええっ⁉︎ と驚くが…
「シンリーが決めたのなら、文句は言わん。皆、よろしく頼む」
魔王が承諾して全てが丸く収まった。
そして、いろいろあって忘れるところだったが…
「まず、エカテリーナ! 解っているな!」
魔王がムッとした顔をする。
「はい、すみませんでした…」
エカテリーナは罰の悪そうな顔をして謝る。
「なにをしたんだ⁉︎」
ナオトが慌てる。
「なに、国の乗っ取りの片棒を担ぎかけただけだ!」
魔王がエカテリーナをジト目で見ながら説明する。
ナオトが愕然とする。
「そういえば奴らに話した俺の弱点とはなんだ?」
魔王がエカテリーナに聞くとヤマト達も怪訝な顔をしていた。
「愛様とリリ様のことです…」
「魔王のイカズチ!」
「いたっ! いたたたたっ!」
エカテリーナは痛がりうずくまった!
魔王は両手の5本の指全てに静電気を1本ずつ走らせた!
「エルザが心配そうな顔をしている… エルザに免じて、これで許そう…」
エカテリーナは魔王が気に入っているエルザを呼んでいた。
何かがあればエルザが庇ってくれるだろうと計算していたのだった。
魔王はその作戦に気づいていたがエカテリーナと関わる事が面倒くさくなり、さっさと終わらせていた。
「次はマーリン! ちょっとこい!」
「はい…」
トコトコと歩いてやって来る。
「お前は何をしたのかわかっているのか?」
「魔王様の愛が欲しくて…」
「欲しくてじゃない! どおりでときどき、やたらと可愛く思えた訳だ!」
「魔王様!」
マーリンが抱きつく。
「ええい、はなせ! 俺に毒を盛るとはいい度胸だ! 国外追放だー!」
魔王は怒る!
「えーん!」
マーリンが泣き出す…
「子供かっ!」
魔王は怒ってツッコミを入れる!
「おじいちゃん…」
愛が庇おうとするが惚れ薬を盛られた事を知ると愛も呆れている。
「まあ良いではないか、マーリンはべっぴんさんじゃしな。惚れてしまえばいいじゃろう? ヒッヒッヒッ!」
ヤマトがゲスい笑いをする。
「そうだな、マーリンは可愛いし… はっ! 惚れ薬の影響がっ!」
魔王はもともとマーリンが凄くタイプで好きだったが、それを薬の影響と勘違いし始めていた…
「いえ、主様に毒は効きませんよ?」
シンリーが説明する…
「まあいい、マーリン、今回は許そう」
「魔王様!」
マーリンが抱きつく。
「ええい! 抱きつくな! お前は1週間おやつ抜きだ!」
再び泣き出すマーリン… だが、その罰は覆らなかった。




