その13
(訓練を始めて3ヶ月か、そろそろだな…)
魔王が愛を呼び出すと護衛のリリーとアナスタシアも付いてくる…
「孫と2人の楽しいひと時を邪魔しおって! 魔王のイカズチ!」
2人の指に静電気が走る!
「「いたっ!」」
リリーとアナスタシアは指を押さえ痛がる。
「ざまぁ!」
その様子を見て魔王は喜んでいる。
その魔王の姿を愛がジト目で見る…
魔王はその視線に気付き何事もなかったように話し出す。
「愛、訓練は順調か?」
愛に聞くが…
「はい! 順調で剣技は一通り覚えました!」
リリーが答える。
「お前に聞いとらんわ! 口を挟むな! 魔王のイカズチ! イカズチ!」
「いたっ! いたっ!」
魔王は孫との楽しいひと時を邪魔されるのが嫌いで、リリーに当たり散らしていた。
「ふふ… 天罰がくだったのぉう、 ざまぁ!」
魔王がいやらしい顔で呟いた…
愛のジト目が刺さるが魔王は気にせず…
「魔法はどうだ?」
アナスタシアが何かを言おうとするが魔王の無言の圧で発言する事は出来ずにいた。
愛は「はぁ…」とため息を吐きながら…
「少しは使えるようになったわ…」
面倒くさそうに答えた…
「そうかそうか流石だな… じゃあ、ジジイとダンジョンにでも行くか?」
「えっ! ほんと!」
愛は魔王の思わぬ提案に喜んでいた。
「ああ本当だ! 2人でデートだ!」
魔王は嬉しそうに誘ったが…
「なりません!」
リリーが口を挟む!
「まだ駄目なのか?」
魔王が不思議そうにリリーに問うと…
「そうではなくて、2人で行くのが問題なのです!」
リリーが答えた。
「私達も護衛としてお供します」
アナスタシアも便乗して答えた。
「お前達は休んでいていい! 俺は誰よりも強い大魔王だ!
まさか、お前ら? 俺様が魔物如きに遅れをとると思っているのか?」
魔王の波動を浴びせる! 恐ろしい殺気にリリー達はその場に座り込んでしまった…
「はいはい、おじいちゃんそこまでよ!」
愛に諭される。
「この2人も連れて行くわ!」
愛が宣言すると…
「姫〜!」
リリーが猫なで声を出していた…
「ぐぬぬー! 孫とのデートが! くそ! 世界ごと滅ぼしてやる! 終焉の…」
魔王はキレて我を忘れる。
物凄くヤバい魔法を放とうとしていた。
「おじいちゃん、駄目よ!」
世界の危機を察した愛が止める!
「だって…」
「今度、2人で甘い物でも食べに行こうね…」
愛はジジイを手の平の上で転がすのが得意だった。
「わっ、わかった…」
魔王は渋々承諾した。
「そうだ愛、守護獣達と主従契約をするぞ!」
魔王が提案して守護獣達を呼んで並べる。
愛が手を翳して魔王に教えられた呪文を詠唱して魔法を発動する!
4頭の聖魔獣の足元に魔法陣が現れ光る!
愛は契約を成功させた。
「流石、我が孫だ!」
魔王は満足気に愛を抱きしめようとしたが躱されて愕然としていた…
翌日、ギガンティス国内の森にあるダンジョンに魔導車で向かう。
そのダンジョンは「修練の洞窟」と呼ばれてレベル上げに持ってこいだとヤマトに教えられた場所だった。
車で行ける所まで行き森を歩く。
そして「修練の洞窟」に着く。
「愛、鎧を着て洞窟の前に立て!」
「そこの2人こっちに」
魔王がリリーとアナスタシアを手招きして呼ぶ。
そして、この日のために息子に造らせた「ケータイ」に液晶画面とカメラ機能を付けた新型機「ガラパゴス」を取り出す!
「てれててってれー! ガラパゴスケータイ!」
ネコ型ロボットの初代声優の口調を真似て戯けていた…
パシャ! パシャ! パシャパシャパシャパシャパシャ…
エンドレスで鳴り響くシャッター音!
「もー、いい加減にして!」
愛が呆れて怒っているが、そんな顔も可愛いと撮影を止めない。
魔王は気が済むまで撮影していた。
「サモンゲート!」
空中に魔法陣が浮かび上がる!
「来い、守護獣達!」
魔王が呼ぶと浮かんだ魔法陣が輝き4頭の聖魔獣が出て来る。
「よし、全員、入り口に並べ! 愛、隣りは開けとけ!」
リリー達や守護獣も並ばせ、おもむろに三脚を出し「ガラパゴス」をセットする!
「10秒だからな! 皆、良い笑顔でな! 目を瞑るなよ?」
魔王はシャッターを押して転移で愛の横に並び身なりを整える。
「いくぞ、3、2、1!」
カシャカシャカシャ… 10回のシャッター音が鳴り響く…
写真を撮ったあと愛が面倒くさいと、プリプリと怒るが撮影画面を観ると満面の笑みの愛がいた!
「うぉー! 俺の宝物じゃあ! プリントして城に飾るぞ!」
1人ではしゃぐ魔王を3人娘がジト目で見てたが、魔王は気にした様子もない。
ジジイは誰しも、こんな感じだと魔王は思っていた。
「おじいちゃん、もう気が済んだ? 出発しましょう」
愛に呆れられながら急かされ、
「ああ、もう満足した」
そう呟きダンジョンに入って行く。
中に入ると弱い魔物の気配がする。
「よし、愛が先頭で俺が続く、お前ら… 適当に…」
魔王が説明すると、愛は頷くがリリーとアナスタシアが困った顔をしていた。
魔王はそんな2人を無視して愛を先に進ませる。
「愛、あと10mで1体の魔物と遭遇する。ゴブリンだ!いけるか?」
魔王が感知して愛に警戒を促す。
「おじいちゃん、やるわ!」
愛はドキドキしていた。
「よし、アドバイスだ! ゴブリンに遭遇したらな、目を合わせて離さずに3mまでじわじわと近づけ。
そして、隙を見てダッシュで懐に飛び込み、しゃがみ込んでゴブリンの右脇から左肩にかけて袈裟斬りだ!」
魔王がアドバイスする。
「わかったわ! その通りにやってみる!」
愛はやる気満々で答えているが、魔王はポケットからそっとガラパゴスを出して撮影モードにして握り締めていた。
魔王となってから光魔法が使えなくなり、炎魔法でダンジョン内に光を灯す。
ゴブリンが見えたが逃げる気配はない。
魔王はひっそりと魔法を唱える…
愛の身体を結界障壁でコーティングする。
魔力をたっぷり込めたので、例え20m級のドラゴンに噛まれても傷つかない。
だがそれは、3人の娘には解らなかった。
守護獣達には待機を命じて、愛の後ろから「ガラパゴス」で撮影を始める…
ゴブリンとの間合いを詰める!
緊張で魔王の喉はカラカラだ…
あと50cm、30… 10… 0! 愛が駆け出す!
魔王は転移でゴブリンの後ろに回り込み、やや斜め上から「ガラパゴス」を構え動画を撮る!
愛が剣を振り翳す!
瞬時にミドル、ローとアングルを切り替えて撮る!
高速の剣が走ると、少し遅れてゴブリンの身体にスジが入り下半身から上半身が血を吹き出しながら滑り落ちる…
「完璧じゃ! 理想通りじゃ! 孫最強ー!」
魔王が叫んだせいで魔物が背中から襲ってきたが…
守護獣達に「やれ!」とだけ命令して動画をチェックして保存していた…
守護獣達は瞬時にゴブリン10匹を仕留めたが、魔王はそんな事は気にもとめず満足そうに動画を観ている。
「おじいちゃん… 何やっているの!」
愛が気付き怒るが…
「うん? なんのことだ?」
魔王はとぼける。
「もーう、撮影なんかして!」
愛にバレバレだが…
「お前は知らないのか? ゴルフでもボクシングでも動画を撮って、スロー再生して観て技術の確認をして癖を直す。
異世界では珍しいかも知れないが、日本では当たり前の事だ」
魔王は当然だとばかりに説明していた。
「まぁ、そういうのは知ってるけど… おじいちゃんのは違う気がする…」
愛は困惑するが、何となく納得をしていた。
「ほれ、30m先にゴブリンが4匹いる。
行くぞ! 今度は自分で戦略を立ててやってみろ!」
魔王は愛が倒した魔物の魔石を回収しながら言うと、愛は途端に緊張した顔になり慎重に進んで行く。
愛の意識はダンジョンと魔物に向けられ集中して他の事は気にならない。
魔王は堂々と動画を撮り続ける。
そして4匹のゴブリンソードが現れた!
「どうだ? 援護は必要か?」
魔王が静かに聞くと…
「大丈夫! やれる!」
愛は気合を込めて宣言して駆け出した!
驚き無防備なゴブリンを斬り倒す!
「ひとーつ!」カウントを始める愛!
隣のゴブリンに半身を返し横凪一閃、魔王はゴブリンの腹に剣が入る瞬間に後方に転移して撮影!
切り終えた愛がカメラに向かい「ふたーつ!」
魔王は空中に浮き上がり天井に張り付き撮影を続ける!
左右からゴブリンが剣で突いてくる!
愛がバク転で躱して左のゴブリンを左下から斜めに剣を斬り上げる! 血しぶきが飛ぶ!
魔王はそれをゴブリンの後ろから撮る! 「みぃーつ!」
最後のゴブリンが逃げ出すが一瞬で追いつき斬り捨てる! 「よーっつ!」
「終わったわ!」
愛が額の汗を拭い、ひと息ついている。
「よくやった。ゴブリン相手とはいえ今の動きは惚れ惚れとしたぞ!」
魔王は孫を褒めちぎるが、リリーとアナスタシアはビミョーな顔で見ている。
(いや! マジで凄いんだって! 我が孫は!)
2人の視線に魔王は心の中で叫んでいた!
それが顔に出ていたようでリリーとアナスタシアが、やれやれという顔で魔石を回収する。
そんな感じでサクサクと進み動画も貯まる。
そして、6階層で事件は起きた!
魔王は浮かれ過ぎていたのかも知れない…
「うん? 次はミノタウルスだな。1体だが強いぞ?」
魔王は少し心配だが…
「やってみる!」
愛は言い切る。
「ヤバいと思ったら絶対に無理をするな!」
魔王が心配しているが、自分がそばにいる限り、どうとでもなると思っていた…
そして戦いは始まる。
ここまでに上げたレベルのせいか?
踏み込むスピードは「瞬歩」の域に達していた…
ミノタウルスの懐に飛び込み首を一瞬で斬り落とす…
それは見事な戦いだった!
だが悲劇は既に起こっていた…
魔王は心配し動きに見惚れた事もあり、動画のスイッチを押し忘れて撮れていなかった…
「オーマイガッ!」
魔王は大事な孫の晴れ姿を撮りそこね、絶望の淵に堕ちる。
そして、地面に膝をつき天を仰ぐ。
急いで駆け出し、ミノタウルスの頭と胴体を繋ぎ「エクストラヒール」形は治った!
「おい! お前達のどっちか! ヤマトにエリクサーを持たされているだろう! 出せ!」
魔王はミノタウルスを抱き上げて声を張り上げる!
「何をなさるんですか?」
リリーが魔王に聞く。
「コイツを甦らせて撮り直すんだ!」
魔王は悪びれる事なく理由を説明するが、リリーとアナスタシアは絶句する…
「おじいちゃん… バカなの?」
(うん? チムか?)
魔王は愛がバカと呟いたことを理解出来ずにいた…
「もう、いい加減にしてちょうだい!」
そして愛は烈火の如く怒り出した。
そんなこともあったが、どんどんと先に進む!
土竜3頭、ワーム5匹を愛と守護獣達で瞬殺!
そんな感じで次々と魔物を倒しながらダンジョンを進む!
「おじいちゃん! 守護獣達が!」
愛が驚くと、突然立ち止まった守護獣達が光り輝く!
光りが収まると大きくなり精悍な顔立ちになっていた。
守護獣達もレベルが上がり成長を迎えたのだった。
それからも、じゃんじゃん進んで階層を下りて行く…
愛と守護獣達は快進撃をしていた。
魔王とリリー、アナスタシアは全く戦闘をしていない。
10階層のボス部屋!
「今日はこの部屋のボスを倒して終わりにする!
最後はリリーとアナスタシアも参加してパーティー戦で倒せ!
愛、ボスはレッドドラゴンだ!
ドラゴンの素材は貴重だから倒したらすぐアイテムボックスに収納しろ!
ダンジョンに食われると勿体無いからな!」
魔王が説明する。
「わかったわ!」
愛が了解する。
魔王が扉を開けると、レッドドラゴンがこちらを向き睨み付けている!
「何しに来た! 愚かな人間どもよ! 皆殺しにしてくれるわー! ガァーー!」
愛達の後ろで魔王がドラゴンのアフレコをして遊んでいる。
「おじいちゃん? なにをしているの…」
愛が呆れる。
「愛がドラゴンクエストみたいだと喜ぶかと思ってな…」
魔王は遊び心が溢れている。
「はぁー、もういいわ! 行くわよ!」
愛が呆れて護衛の2人に命ずると、「「はい!」」と返事をして2人と守護獣達が続く!
3人と4頭の波状攻撃! 良い連携が取れている。
魔王は縦横無尽に転移して動画を撮り、良い絵が撮れたと1人で満足している。
時折、自撮りで自分も入り実況したりして楽しんでいた。
戦いが始まり15分ほどが経過する…
皆疲れてきているが弱音は吐かない!
ドラゴンが弱ったのを見計らい愛が飛び込み! 喉を斬りトドメを刺す!
ドラゴンがズドーン! と音をたてて倒れる。
愛が振り向いてピースをする。
魔王は満足そうに撮影を終える。
さっさとレッドドラゴンを回収して戦いが終わった3人娘と守護獣達に「癒しの光り」を放つ!
そして、ジュースを出して休憩する。
魔王は愛に「どうだった?」と感想を聞く。
「最初は怖かったけど思ったより相手が弱くて余裕だったわ!」
そう元気に答えた…
「勇者は強い、だがな…」
自分は強いと思い上がり格上の鬼人王に挑んで死にかけたこと。
判断ミスで未熟な冒険者達だけで魔物討伐に行かせて好きだった女の子を死なせてしまったこと。
神竜の試練で魔王の盾となって死んだ聖女のこと。
考えなしに帝国に乗り込み、この世界で自分を産んでくれた母を殺された事を話て聞かせた…
「人は強くなると万能だと思い込む。
だが、全能ではない。
死んだ者は生き返らないし、時間も戻せない。
一瞬の判断ミスが取り返しのつかない事になる。
この先どれほど強くなったとしても…
絶大な権力を持ったとしても出来ることは限られている…
奢り高ぶらず己を知ることだな」
魔王は皆に語って聞かせて自分にも言い聞かせていた。
「まぁ、愛なら大丈夫だろうけどな!」
珍しく愛達が神妙に聞いていたので気まずくなり…
頭をくしゃくしゃっと撫でて誤魔化す。
「帰りは転移で帰るが、妖精の街に寄るぞ!」
そう伝え転移する。
一瞬で景色が変わり妖精の街に入る。
妖精達が出迎えてくれる。
しばらく歩いていると「ヤッホー!」チムが飛んできた!
「どうしたの!」
「精霊女王に頼みごとがあってな…」
「わかった案内する!」
チムが先頭を飛び精霊女王の所へ案内する。
チムは日本で会って以来、愛とは友達となっていた。魔王はチムと愛と雑談しながら歩いて行く、しばらくすると精霊女王の邸宅に到着する。
「魔王様、何か御用でしょうか?」
「ちょっと頼みがあってな…
孫に精霊女王の加護がもらえないかと思って…」
魔王は遠慮がちに頼む。
「喜んで引き受けます。こちらへどうぞ」
愛を自身の目の前に座らせ精霊女王が祈る。
キラキラと愛に光が降り注ぐ。
もちろん、魔王の手には「ガラパゴス」が握られ、しっかりと撮影されている。
(二度と同じミスはしない! それが魔王だ!)
と、思っていたとかいなかったとか…
儀式が終わると、おもむろに三脚を出し設置。
魔王も画角に入り契約精霊を呼び出す。
イフリート!
シルフィード!
ウィンディーネ!
ノーム!
ドリアードが現れる。
「お前達、愛とも契約して守ってくれないか?」
「「「「「仰せのままに!」」」」」
精霊達に魔王の命令は絶対だった。
「愛、精霊召喚してみろ!」
目を閉じて祈る「精霊召喚!」
魔王の目の前から精霊が消えて愛の前に再び現れる。
「私と契約してもらえますか?」
イフリート
シルフィード
ウィンディーネ
ノーム
ドリアード
精霊達が跪き首を垂れ契約が成立する。
「「「「「愛様と共にあらんことを!」」」」」
そう誓い精霊達が消えていく…
(動画を止めて保存と… 完璧じゃ!)
魔王は三脚から取り外したガラパゴスの画面を眺め満足気に頷いていた。
そのあとも、愛達と精霊女王やチムと写真を撮っていたら…
その場にいた精霊や妖精が入りたそうにしていたので、その場にいる全員と集合写真を撮った。
のちに魔王が引き伸ばした写真をプレゼントをする。
女王が喜び額に入れて邸宅のリビングに飾っていた。
この世界に写真の文化が広まった日だった!
精霊女王にお礼を言いアルカディアに帰る。
城の広場に皆を集めて動画鑑賞会を開く!
愛は恥ずかしさで爆発しそうだったが我慢している…
将やまりんは娘の戦う姿に複雑な思いだが大方は喜んでいた。
魔王の動画撮影の腕はなかなかのものだった。
自分の子供達が小さい時に撮りまくったお陰だ。
満足気に動画を見直す魔王だったが、ところどころで「やれー!」とか「愛スゲー!」とか、ボス戦では自撮りをして実況している…
上映会後、魔王は将に自撮りのシーンはカットしてくれと頼んだが…
「思い出だからあれでいい! コピーはもらった」
そう息子に笑われていた…
魔王がこの世界に来て初めて幸せだと思えた日だった…




