帰郷3
帰郷3
「行って来ます!」よしえが言うと、篠塚も黙って頭を下げた。
「気をつけてな」
「楽しんで、おいでなさい」
篠塚とよしえは、今帰仁役場前からバスに乗り込んだ。一番後ろの席に座る。
バスが発車すると、よしえは何度も振り向いて手を振った。
上原夫妻も、それに応えて手を振っている。
那覇空港までは約三時間の道のりだ。
「暫くは、この海ともお別れね」右手に見える海を見ながらよしえが言った。
篠塚も海を見ていた。
「空港に着いたら、何か食べましょう!」よしえが言う。
篠塚が驚いてよしえを見る。さっき上原家で朝食を食べたばかりなのだ。
「だって、レストランに入りたいんだもの」
篠塚は、よしえの気持ちの切り替えの早さに驚いた。
『きっと、この性格に俺は助けられているのだな』篠塚は、改めて有難く思う。
バスは、十一時半に那覇空港に着いた。
三階の、航空カウンターでチェックインを済ませ、四階のレストラン街へ上がる。
一通り店を見て回り、洋食屋に入ることにした。よしえが「ここがいい!」と言ったのだ。
店員に案内されて席に着くと、ウェートレスが水とメニューを持ってきた。
「私、オムライスが食べたい。源之助さんは?」よしえが訊いた。
篠塚は、メニューを見てコーヒーを指した。
「コーヒーだけじゃ躰に悪いわ。サンドウイッチも食べましょう?」
『世話女房タイプだな』そう思ったけれど、篠塚はおとなしく頷いた。
よしえが注文を済ますと、篠塚がノートを取り出した。
『源さんでいい』鉛筆で書いて、よしえに示す。
「分かった、これからは源さんて呼びます」よしえが微笑んだ。
搭乗三十分前、二階の出発ロビーで手荷物検査を済ませ、A-28ゲートに向かう。
「三時には福岡に着くわ。なんだかワクワクするわね」よしえは外の飛行機を眺めて言った。
ともすれば重く捉えがちな今回の旅の目的を、よしえは軽くしてくれる。
『本当に強いというのは、心が強いという事なのだな』篠塚はよしえの後ろ姿を見て思う。
十四時五十五分、二人は福岡空港の到着ロビーに降り立った。
「ここは、源さんの地元だもんね」よしえははしゃいで言う。「このホテルに行くにはどう行けばいいの?」
よしえは篠塚に、ホテルの地図と住所を見せた。
篠塚は頷き、バス停に向かった。市の中心部に向かうバスを待つ。
「今日のホテルは贅沢しちゃった、だって記念すべき夜なんだもん」
篠塚は、首を捻る。『なんの記念だ?』目がそう言っている。
「源さんとの初旅行!」
篠塚は、顔を顰めて苦笑した。
バスがやって来て、二人は乗り込む。三十分ほどで中心部のバスセンターに着いた。
懐かしい商店街を抜けて、西南グランドホテルの前に着いたのは、四時少し前だった。
チェックインには十分な時間帯だ。ドアボーイが回転ドアを押して二人をフロントに誘った。
篠塚は、ロビーに足を踏み入れた瞬間それに気がついた。『槇草・・・君』
相手もこちらに気が付いたようだ。「篠塚さん・・・・」槇草は目を見張った。
篠塚はフロントの前に立ち、槇草と向き合った。槇草もじっと篠塚を見詰める。
『しばらく』篠塚はそう言った、もちろん声は出ない。
「お久しぶりです」槇草が答える。
数秒間見つめ合う。二人にはそれで十分であった。
「ようこそ、いらっしゃいました。心より歓迎いたします!」
槇草が言うと、篠塚も頷いた。
「そちらの方は?」槇草がよしえに視線を移す。
「篠塚の妻のよしえです」よしえはハッキリと答える。
「そうですか、ご結婚されたのですね。おめでとう御座います」
篠塚は一瞬よしえを見たが、否定はしなかった。
「私は槇草と云います。篠塚さんを武術家として尊敬しています」
槇草は鍵棚から鍵を一つ抜き取った。「私がお部屋までご案内いたしましょう」
記帳が済んで、槇草はよしえから荷物を受け取り、二人をエレベーターホールに誘った。
「1201号室です、眺めは最高ですよ」十二階のボタンを押しながら、槇草は言った。
エレベーターを降りて、左に真っ直ぐ行った突き当たり、南向きの角部屋が1201号室である。
槇草は、鍵を開け、ドアを押さえて二人を先に通す。
白と黒を基調にした部屋で、現代風ではあるが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「まあ、素敵なお部屋!」よしえが大きな声を上げた。
「夜景が綺麗ですよ」槇草は、荷物を部屋の隅に置くと、篠塚の前に立った。
「ご無沙汰しておりました、お元気でしたか?」
篠塚は軽く顎を引いて頷き、手帳をポケットから取り出した。
サラサラと走り書きをしてよしえに見せる。『旅の目的を槇草君に話してくれないか』
よしえは頷き、槇草にソファーを勧めた。「どうぞお座りください」
篠塚とよしえは二人掛けの椅子に座わり、槇草は一人掛けの椅子に浅く腰掛けた。
「篠塚は観音寺先生に、無断で道場を飛び出した事の、お許しを乞うために参りました」よしえはゆっくりと話す。「無門先生には、命を救っていただいたお礼を申し上げたいのだそうです」
槇草は、黙って頷いた。
「その目的が果たせたなら、佐賀のお祖母様のお墓参りに行きます」
「観音寺剛三は、私の義父、無門平助は私の師です。宜しければお供いたしますが?」槇草が言った。
篠塚は、無言で首を振る。『一人で行かなければ意味がない』そう手帳に書いた。
「分かりました、それが宜しいでしょう」槇草が頷く。
「無門先生の所へは、私が一緒に行きます」よしえが言った。「今、こうして居られるのも、無門先生のお陰ですから」
「はははは、私は用無しですね」槇草が笑う。
「佐賀へは、もちろん二人で行きますが、今回の旅の、最大の目的は・・・」よしえが篠塚を見た。「篠塚が、あなたともう一度手合わせをしたいと申しております」
「沖縄に帰る前に、もう一度福岡に戻ります。その時に・・・」よしえが槇草に頭を下げた。「お願いいたします」
槇草は、困惑した。しかし、篠塚がそのために福岡に帰って来てくれたことが嬉しかった。今度はなんの怨恨もなしに戦える。「喜んで・・・」そう言っていた。
「では、戻られたら当ホテルにご連絡ください」槇草は、立ち上がった。「楽しみにしています」
槇草は、ドアの前で振り向き、頭を下げて出て行った。
よしえは篠塚を見て言った。「源さん、これで良かったのね?」
篠塚は、深く頷いた。




