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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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大晦日



大晦日


平助が一升瓶をぶら下げて戻って来た。

「熊さんや、住吉神社の岩ちゃんからこんなもんを貰うて来たぞ」平助が目の高さに一升瓶をあげて熊さんに見せた。

「師匠、剣菱やなかですか、こら豪勢じゃ!」熊さんが目を丸くして喜んだ。

「今夜はこれで一杯やりながら、新年を迎えるか」平助が笑いながら言った。

「そんならおいが肴ば見繕いまっしょ」

「おお、頼んだぞ」


平助には、故郷に帰る場所は無い。

ただ、年が明けたら祖父母の墓参りには行くつもりだ。

熊さんの両親と兄弟は、鹿児島で健在だが、熊さんは実家に帰らなかった。

「おいは、家出同然で出て来たと、そいけん敷居がたかか。年が明けたらこそっと帰ればよかっでごわす」

熊さんはそう言って笑った。


平助の居室の火鉢にかけた薬缶から、柔らかい湯気が上がっている。これに徳利を浸けて燗をする。

「師匠、こげなもんば作ってみたとですが、お口にあいまっしょか?」熊さんが皿を卓に置いた。

「おっ、これは一文字のぐるぐるではないか!」

「じゃっど。熊本の分葱が手に入ったもんやけん、小屋の傍で育てよったとです」

「儂の大好物じゃ!」

「そりゃ良かった、師匠はピリ辛がお好きじゃけん芥子酢味噌にしもした」

「う〜ん、堪らん。もう燗はついたか?」

「まだぬるかですたい」

「良い、儂は人肌も好きじゃ」

「あはははは、師匠も酒んことになっと子供んごたる」

「『酒無くて、何の己が、桜かな』じゃよ」

「ほう、誰の作でごわすか?」

「知らん、昔の酒飲みが作ったのじゃろう」

「酒飲みゃ、昔も今も同じでごわすな」

程良くついた燗酒を、熊さんが平助の猪口に注いだ。

平助は一気に酒を煽り目を瞑る。

「う〜ん、美味い!」しばらく目を瞑ったまま、酒の余韻を楽しむ。

「お流れば頂戴いたしもす・・・」熊さんが痺れを切らして言った。

「おお、済まん。忘れるとこじゃった」平助は猪口を渡し、酒を注いだ。

「頂きもす」熊さんは一口酒を含む、「か〜美味か〜!極楽じゃっで!」

それから二人は、ゆっくりと飲んだ。辛口の剣菱が五臓六腑に染み渡る。

「師匠、来年はどげな年になりまっしょか?」熊さんが訊いた。

「何?来年のことを言うと鬼が笑うぞ」

「来年ち言うても、明日のことでごわそ?」

「ふむ、それもそうじゃな。明日は取り敢えず食えれば良かろう?」

「じゃっどん明日んおせちは、美希さんと歩美さんが持って来ちくいはったけん心配なかですたい、師匠にくれぐれもよろしくと言っておいやしたで」

「有難いのぉ。ところで美希さんの腹はどうじゃった?」

「もうはち切れんばかりでごわした。いつ出て来てんおかしゅうなかでっしょ」

「楽しみじゃな。儂にとってはひ孫みたいなもんじゃからな」

「男やろか?女やろか?」

「分からん。が、どっちでも良い、この平和な時代の日本に生まれて来る事を喜ばねばな」

「じゃっど、じゃっど」熊さんは深く頷いた。


夜は静かに更けてゆく、もう少しで年が改まる。

「師匠、雪が降って来もした。こん雪は積もりますばい」

「雪見酒か?風流じゃのう」

「窓ば開けまっしょか?」

「いや、ガラス越しの雪もまた良い」

遠くで、鐘の音が聞こえる。

「おっ、除夜の鐘が聞こえてきもんで、年が明けたとでっしょ」熊さんは膝を揃えて座り直した。「師匠、明けましておめでとうございもす。今年も宜しゅうお願い致しもす」

平助も姿勢を正して答えた、「おめでとう。こちらこそ、宜しゅうにな」


二人は一升瓶の剣菱が空いたのを潮に、床に就いた。

「師匠、今年も良か年であっごと祈っておいもんで」






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