胎動
胎動
十月、お腹の中で赤ちゃんが動いている。「自分の中にもう一つ心臓があると思うと、不思議な気がする」
安定期に入ると、つわりも楽になると本に書いてあったのだが一向に治らなかった。
歩美に聞いたら「本なんか信用しちゃダメ、人によって全然違うんだから!」と言われた。
歩美も、産むが産むまでつわりは続いたという。
「激しい運動や危険なことに気をつける以外は、普通に生活していて良いのよ。あまり気にし過ぎるとろくな事はないわ」美希は歩美に助けられ”しの”に癒されて、日々大きくなっていくお腹を眺めている。「あと三ヶ月、もう少しの辛抱だわ」
「美希さん、困った事になった」夕食の後、唐突に槇草が切り出した。
「どうしたの、悠さん?」
「市電の廃止が、正式に決まった」
「まあ・・・」
「マイカーが軌道敷内を走れるようになって、乗客の数が激減したんだ」
「時刻表通りに走ることが出来なくなったのね?」
「そうだ、地下鉄の計画も浮上している。もう市電の時代じゃなくなったんだね」
「どうするの?」
「市電を運転したかったら、熊本や長崎に行くしかない」
「悠さんはどうしたいの?」
「俺は福岡を離れたくない。師匠にも教えて貰いたい事がたくさんあるし、お義父さんの事も・・・」
「・・・」
「それで、会社から提案されたんだが、系列のホテルに出向する気はないか、と言うんだ」
「ホテル?」
「来年四月にオープンする、西南グランドホテルのフロントマンだ」
「まあ、それで?」
「俺は悪くないと思っている。美希さんはどう思う?」
「私・・・言ってもいいかなぁ?」
「うん」
「私、悠さんのスーツ姿が見たい。だってきっと似合うもの」
「そう!実は俺もそう思っていたんだ。新しい職場に飛び込んでみるのも良いかなって・・・」
「フロントマンになったら、勤務はどうなるの?」
「今まで通りの早番遅番に夜勤が加わる」
「泊り?」
「そう、だけど明けの日と翌日が休みになる」
「良いじゃない、子供といっぱい遊べるわ」
「そうだね、色々考えてもしょうがない。いつまでも同じ状態が続くわけじゃないし、変化を受け入れて行くのも大切な事だから」
「そうと決まったら、早速スーツを見に行かなくっちゃね!」
「海外のお客さんも来るだろうから、英会話も勉強しなくちゃ」
「なんだか楽しみになって来たわ!」
「俺もだ」
「あ、そうそう、明日お父さんが来るって言っていたわ」
「そうか、ちょうど良かった。久しぶりに一献傾けるか」
「私、明日お刺身を買って来るわ」美希はニッコリと笑って言った。




