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高木
高木
平助の前で、男はゆっくりと立ち上がった。
別に構える素振りも見せず自然体で立っている。
「ほう、思ったより出来そうじゃな」平助が呟いた。
「褒めてもらって光栄だが、遊んでいる暇は無い・・・」
言い終わらぬうちに、男の足が平助を狙ってまっすぐに伸びて来た。その辺の空手家の蹴りより数倍威力がある。
平助は右へ飛んだ。男の大きな足が平助の背後にあった楠の大木を蹴ると、木の皮が飛び散り枝が大きく揺れた。
男は大振りの蹴りとパンチを休み無く繰り出し、平助が飛び込んで来るのを待った。捕まえてしまえばこっちのものだ。
平助は男の攻撃を紙一重で躱し続ける。
男の躰は鋼のように鍛え上げられており、生半可な技を出せば墓穴を掘る。男を焦らす事で、動きが伸びるのを待つ方が良い。
男が平助に向き直って動きを止めた。「ちょこまかとすばしこい爺いだ!」
「お主の魂胆は読めておるよ」
その瞬間、男は獣のように咆哮し、地を蹴った。
平助が歩むように前に出ると、男の両腕が平助を捉えた。
同時に、ガッ!と鈍い音がした。
男は平助の躰を抱いたまま、ズルズルと地面に崩折れて動かなくなった。
人中を、平助の一本拳で砕かれた男は、上の前歯を全部失って泡を吹いていた。
「神域を血で汚してしもうた・・・」




