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影
影
暗い。真っ黒い闇の中で何者かが蠢いている。
蝋燭一本立てただけの灯りの中で、複数の男たちが戦っている。
人の影しか見えない闇の中で骨と骨、肉と肉とがぶつかり合う異様な音が響く。
闇稽古だ。声は一言も発せられない。
それを・・・ガラス張りの部屋から、椅子に背を預けて観ている老人がいる。
鶴のように痩せた小柄な老人だ。
「何?無門平助が居る・・・」老人が、背後に佇む屈強な男に問うた。
「はい」その男は短く答える。
「厄介だな・・・」ほとんど抑揚のない声が闇に溶ける。
「東郷」
「はっ」
「佐竹を呼べ」
東郷と呼ばれた男は、その部屋を出て行った。
まもなく、黒い柔道着を身につけた一人の男が現れた。
「お呼びでしょうか?」その男は、低いくぐもった声で老人に尋ねる。おそらくそれが佐竹であろう。
「飯沼良民の道場へ行け」
その男は黙って次の言葉を待った。
「弟子を一人血祭りに上げてくるのだ。良いか、これは警告だ、怪我をさせるだけで良いぞ」
「はっ」短く答えて佐竹は部屋を出て行った。
戸渡源蔵は、東郷を呼んだ。
「佐竹に誰か付けて、首尾を報告させろ。ただし何があっても手出しをしてはならんと伝えておけ」
「承知いたしました」
東郷は再び部屋を出て行った。




