慈栄
慈栄
「そんな事もありましたなぁ」
「戦前は、忍ちゃんの店でよく飲んだものじゃ」
「若かったよなぁ、みんなで忍ちゃんを取り合ったりして」
「戦後、忍ちゃんが店を再開して、三人で飲んだ時は嬉しかったな」
囲炉裏を囲んで、三人の男が楽しそうに酒を飲んでいる。
その横に、場違いの尼僧がちょこんと座って、男たちの姿を眺めている。
「忍ちゃん、本当は誰が好きだったんだい?」
長谷川が尼僧に訊いた。
「ホホホ、その俗名は捨てました、今は弥勒様が恋人ですよ」
慈栄は、三人を見渡しながら笑った。
ここは、椿山弥勒寺の炭焼き小屋、残る男の一人は松尾の親分、もう一人は言わずと知れた平助である。
久しぶりに長谷川が平助を訪ねて来て、松尾を誘ってここで一晩語り明かそうと計画したのだ。
三人の中では、一番忙しい松尾であったが二つ返事で飛んできた。
黒田の焼いた炭で、鮎や椎茸を焼いた。
「あの頃と、同じだなぁ」松尾が懐かしげに呟いた。
「場所が違うだけじゃ。今はここの方が落ち着く」平助もすっかり寛いでいる。
「ここは、俗世間を離れた天界です。今夜だけは全てを忘れてください」慈栄が、囲炉裏に炭を足しながら言った。
「ここが天界なら、もっと良いことをしておくべきだったな」松尾が言った。
「ははは、地獄行きは間違い無いからな」
「閻魔様の、お墨付きじゃ」二人が囃し立てる。
「それはお互い様だろう」松尾が渋い顔で言い返す。
「違い無い!」三人は、杯を煽って大笑いした。
「もうすぐ、慈恵さんとよっちゃんが美味しい料理を持って現れますよ、みなさん覚悟はいいですか」
「なるほど、ここは天国じゃが、怖い鬼もいるのじゃな」
その時、炭焼き小屋の引き戸が開いて、慈恵とよっちゃんの顔が見えた。手には、沢山の料理を抱えている。
「鬼って、誰のことですか?」慈恵が、怖い顔をして平助を睨む。
「あっ!聞こえておったか、クワバラクワバラ・・・」
「さあ、みなさん食べてください!」よっちゃんが、料理を広げる。
「今夜は、楽しくなりそうですね・・・」
慈栄は、今のこの瞬間を心ゆく迄楽しんでいるようだった。




