出会い
出会い
1
関一家の建物は、百年ものの古民家である。
昔の呉服店の作りを、そのまま流用しているのだ。
外見からは、それがヤクザの事務所とは誰も気づかないだろう。
もっとも、一家の者たちは、ここが任侠道の道場だと思っている。
玄関の掃除も、誰がやるというのではなく、気がついた者が率先してやるように教え込まれる。
だからいつも、塵一つ落ちてはいない。
この日も、松尾は箒を持って玄関前の道路を掃くために、上がり框から土間の雪駄に足を下ろした。
ふと見ると、玄関の磨りガラスの向こうに人影が見える。
その影が引戸を開けた。
今、雪駄を履いたばかりの松尾と目が合った。
「関の親分はおられるか」
いきなりその男が訊いた、年は松尾と大して変わらない。
「どちらさんで?まずお名前を名乗っていただきましょう」
松尾は、その男の人を見下した視線が気に食わなかった。
「これは失礼した」その男はフッと笑った。
「無門平助というものだが、関の親分に呼ばれて参上した」
松尾はその男の不遜な態度に腹を立て、グッと睨みつけた。
「ほう、なかなかの面構え、クワバラクワバラ」無門平助と名乗った男は、揶揄うように松尾に言った。
「なにっ!」
松尾が箒を構えて平助に詰め寄った時、後ろから声がかかった。
「待て!テツ、そのまま進むと大怪我をするぞ」
そう言ったのは、関一家の代貸、弁天の常こと、津田常次郎である。
「代貸!なんでこんな若造に・・・」
「やかましい!俺に口答えをする気かっ!」
松尾は、常の大喝で仕方なく引き下がった。
「無門先生、お待ちしておりやした。奥で親分がお待ちです、ささ、お上りなすって下さい」
常は、先に立って平助を奥へと誘った。
平助は、松尾を一顧だにせず、常に従って上がり框から上がった。
「テツ、茶を用意しろ!」
常は、松尾に言い残して、奥に消えた。
「はい・・・」
松尾は不承不承、箒を置いて台所へと入っていった。
2
「無門先生、お呼び立てして申し訳ない」関は、慇懃に頭を下げた。
「なんの、親分のお呼出とあらば万難を排して伺います」
「ありがたいことです。今回は少しややこしいことになりそうなので」関は、常の方に向き直って訊いた。
「常、若松興業の用心棒はなんという名だったかな?」
「へい、確か久保田清源とか言っておりやした」
「ほ、久保田といえば田宮流居合の使い手」平助は、その名に聞き覚えがあった。「確か、浅草の見世物小屋に出ていたはずだが・・・」
「当節、見世物に出ただけでは喰っていけないのでしょう」関が言った。
平助は、武術家の実情を顧みて暗澹たる気持ちになった。
「お茶をお持ちしました」
松尾が、廊下に手をついて頭を下げる。
「おっ、テツか、ちょうどいい入れ」関は松尾を促した。
「はい、失礼いたします」松尾は、茶の乗った盆を先に入れ、膝で躙って部屋の中に入った。そして三人の前に茶を置き、改めて入り口付近に畏まった。
「テツ、無門平助先生だご挨拶をしろ」関は松尾に命じた。
「お初にお目にかかります、松尾哲也という三下でござんす。以後万端お見知り置きのほどを」松尾は、腹わたの煮えくり返るような思いでやっと言った。
「無門平助です、お見知り置き下さい」平助は、さっき会った事も忘れた様に素っ気ない返事をした。
「先生、こいつは見所のある漢なのですが、血の気の多いのが玉に瑕なのですよ」関は松尾を横目で見ながら平助に言った。
「その様ですな、命を縮めなければ良いですが」
「ご忠告、ありがたく・・・」松尾は、唇を血の出るくらいに噛み締めて、廊下へと引き下がっていった。
若かりし頃の平助と松尾の最初の出会いであった。




