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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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侠気


侠気


1





松尾が消えて、数日後の新聞の三面に次のような文字が躍った。

『歯科医の卵、組事務所に殴り込み』

『5月27日未明、九州歯科医学専門学校二回生、松尾哲也(20)は、日本刀を持って福岡市某所にある、中里組事務所に押し入り、組員数人に怪我を負わせて逃走。同夕18時頃、福岡県警中央署に自首、身柄を拘束された。

犯行の動機や、日本刀の入手経路は不明、現在同警察署で調査中である。』


忍は、心臓が口から飛び出るほど驚いた。

最後に、松尾の振り向いた顔を思い出す。

「あの時はもう、覚悟を決めていたのね・・・」

忍は、独り言を呟いた。


松尾の取り調べが進み、徐々に動機が明らかになって行く。

一週間ほど前、小倉で一家心中事件が起こった。

詳細は不明だが、借金を苦にしての自殺らしい。

その事件で死亡した一人が、松尾の歯科医専での同級生である事、中里組がそれに関与している事などが判明した。


松尾は、一切の抗弁をせず、判決に従い福岡刑務所に入所した。




2




刑期を終え刑務所の門を出る時、松尾は看守に深々と頭を下げた。

「お世話になりました」

「もう、戻ってくるんじゃないぞ。おまえさんはまだ若い、いくらでもやり直しはきくからな」看守は、親身になって松尾に忠告した。

「ありがとうございます」松尾は、人通りの少ない通りへと歩き出した。

少し行ったところに、銀杏の大きな木があった。その下に佇む人影があり、じっと松尾の方を見ている。

「長谷川さん・・・」

「よう、おめでとう。住み心地はどうだった?」

「あまり、いいものではありませんよ・・・、ああ、差し入れありがとうございました」

「いいって、それよりあの子にもお礼を言ったほうがいい」

長谷川の目線を追うと銀杏の木の陰に隠れて女が立っていた。

「君は・・・」

「はい、堀忍です。あの、お務めご苦労様でした」

「あの差し入れは、大方彼女からのものだからな」

長谷川が忍の肩を押して松尾の前に立たせた。

「俺には、関わるなと言ったはずだが」

「わかっています、でもあれが最後じゃ寂しすぎるから・・・」忍は松尾の目から、視線を逸らさなかった。


「ところで、行くところは決まっているのか?」長谷川が話題を変えた。

「いえ、決まっていませんが実家に帰るつもりはありません」

「そうか、なら暫く俺の知り合いのところに厄介になってみないか?」

「刑事さんの?」松尾は、怪訝な顔で長谷川を見た。

「大きな声じゃ言えないが、ヤクザの大親分のところだ」

「俺は、ヤクザは嫌いです!」松尾は、血相を変えた。

「そう言うな、ヤクザにも色々ある。俺の見たところ、おまえさんの器は堅気の中では活かしきれない、漢の中で漢を磨いてやり直してみたらどうだ」

長谷川は松尾の目を見て、真剣に口説いた。

「暫く、考えさせて下さい」そう答えるしか無かった。

「そうか、その気になったら、いつでも俺を訪ねてこい」長谷川は、それ以上、何も言わなかった。

「では、失礼します」

松尾は忍には一瞥もくれず、銀杏並木の歩道を早足で歩いて行った。


「思った以上にシャイなやつだな。無視することで、却って自分の心を吐露している」

長谷川は、誰に言うでもなく、独り言を呟いて笑った。






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