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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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再会


再会


比嘉幸長の道場兼住居は、那覇市内の小高い丘の上にある。

周りには民家も多い。

建物は台風の多い沖縄に特有のコンクリート二階建て。一階が住居で二階が道場だ。

幸長は湊川を帰し平助を住居に迎え入れた。

妻は十数年前に他界し、それからはずっと一人暮らしである。

「今夜は二人で呑み明かそう」幸長は今日のために用意した料理と酒をテーブルに並べた。

「昔みたいにか?」平助が悪戯っぽく笑った。

「あの頃は島袋先生の目を盗んでよく呑んだものだ」

「先生は酒を嗜まれなかったからな」

「稽古の時酒の匂いをさせて、よく先生に叱られた」

「懐かしいなぁ、あの頃は楽しかったぞ」

「明日は北谷にある先生と奥様の墓に参ろう」

「うむ、先生の好きだったミミガーとラフテーも持って行こう」

「我々はそれを肴に泡盛だ」

「また叱られるぞ」

「あはは、そうだな」


「ところで、上原の道場が今帰仁城址の近くにあったはずじゃが」平助が話題を変えた。

「ああ、今もあるが?」幸長が不審そうに訊いた。

「どうじゃ、帰りに足を伸ばして寄ってみんか?」

「それは構わんが、どうしてだ?」

「儂と縁のある男が、上原に世話になっているそうなのじゃ」

平助は、簡単に篠塚との関わりを幸長に話した。

「ふ〜む、そんなことがあったのか」

「できれば篠塚には合わず、上原と話したい」

「何か気になることでもあるのか?」

「うむ、ここへ来る船の中で気になる男を見かけたのじゃ」

平助は笹野五郎のことを幸長に語った。

「俺はその男を知らないが、そんなに腕が立つのか?」

「ああ、奴の剣は天性のものじゃ、儂らや上原でも危うい」

「その男と戦う気か?」

「わしの勘が正しければな。汚れ仕事は年寄りの務めじゃ」

「相変わらずだな、平助」

「ははは、三つ子の魂百までじゃよ」

この話はそこで打ち切られた。二人はさすがに呑み明かす事は出来なかったが、心行くまで昔話に花を咲かせ眠りに着いた。



翌朝、幸長は上原に電話をかけた。

上原は平助と再会できることを喜び、北谷の島袋先生の墓の前で落ち合うことを約して電話を切った。

幸長は、続けて沖縄空手道連合と古武術連盟に連絡を取り、笹野の行方の探索を頼んだ。

島内にこの二つの団体の情報網は網の目のように張り巡らされている。

特徴的な笹野の風貌はすぐに発見されるだろう。

幸長は情報の集積場所を自宅に定め、弟子の一人に留守居を頼んだ。

定期的に幸長が連絡を取れば情報が得られるという寸法だ。

湊川は今日一日、運転手兼連絡係として同行してくれることになっている。



那覇から少し北上すれば北谷である。

三人は昼頃に墓地に着くように出発した。

出発前平助は、サイを一組貸してほしいと頼んだ。サイとは十手によく似た沖縄の武器である。

幸長は黙って黒いサイを二本貸してくれた。


墓地は海の見える丘の上にあった。沖縄特有の亀甲墓だ。

墓に向かって手を合わせ、師夫妻に無沙汰を詫び冥福を祈る。

ゴザを敷いて弁当を広げる。上原到着までには、まだ間があるだろう。

泡盛で乾杯をする。湊川は運転手に徹するつもりらしい。

「しかし、上原とも奇妙な縁だ」

「そうだな、あの日平助と出会わなければ上原とも出会っていなかった」

あの日とは、花街の辻で幸長が掛け試しをした日である。

戦いの後、二人で呑んだ酒場で踊っていた酔っ払いの爺さんが、上原の師だったのだ。

爺さんを酒場に迎えに来たのが上原だった。

爺さんは何事か上原に耳打ちをした。

上原は平助と幸長を睨みつけ、つかつかと歩み寄り二人の前に立った。

『明日の夕刻、花街の辻で待っている。どちらか一人でもいいし、二人一緒でも構わない』と言った。

言葉は少なかったけれど、二人はその意味を理解した。



次の日二人は花街の辻に行った。上原は松の木に寄りかかり二人を待っていた。

「どちらからだ?」と上原は言った、「それとも二人一緒か?」

平助は幸長を制して前に出た、「今日は俺だ」

幸長は、仕方がないという顔をして立っている。

上原と平助は、辻の真ん中で向かい合った。そろそろ時刻とあって、そぞろ歩きの酔客が立ち止まって二人を見ている。

上原は、両掌を水平に前に出して構えた、足は自然体で立つ。

平助は、左の入り身で構えた。

平助が歩むように前に出る。死地に入る直前で歩みを止めた。

上原は動かない。

刹那、平助の躰が浮いた。滑るように両足が入れ替わり右の裏拳が上原の顔面を襲う。

上原の左掌が平助の裏拳を受け止め、同時に右掌が平助の顎を突き上げる。

平助の左手背がその攻撃を受け流す。

二人の位置が入れ替わる。

今度は上原が先に動いた。右前脚の蹴りを放つ。

平助は、右の足裏でその蹴りを弾き、身を沈めながら足刀で上原の軸足を蹴込んだ。

骨の折れる鈍い音がした。

しかし上原は、前のめりに倒れながらも平助の右足を抱え込む。

小柄な平助の躰はうつぶせに倒れ、上原に背後を取られた。

上原の右掌は平助の顎を掬い上げ、自らの右肘を平助の背で固定する。

平助は顎を上げられて身動きが取れない。

上原の左手は自由、絶対的有利。

次の瞬間、平助は左手につかんだ砂を、自分の右肩越しに上原の目に放った。

上原の手が緩んだ時、平助の躰は上原の下から這い出ていた。

平助は素早く立ち上がった。

上原も立ち上がろうとしたが、右足が効かない。

平助の蹴込で、上原の右脛は折れていたのだ。

やむなく上原はその場に両手をついて平助を睨んだ。

歯ぎしりをしながら頭をさげる。

涙が乾いた地面に吸い込まれて行った。


幸長が、落ちていた木の枝を拾って、手拭いを割き、上原の右脛に添え木をしてやった。

「俺は昨日師に、『お前はあの二人には勝てない』と言われたのだ」と上原は言った。「悔しかったので、すぐにお前たちに勝負を挑んだ」

「思えばあれは、俺の慢心を戒めるための師の作戦だった。そしてそれはまんまと成功したのだ」もう上原の目に怒りの色は無い。

「俺は上原常一、師は本部朝吉」

「俺は無門平助、師は、まだ無い」

「俺は比嘉幸長、師は島袋将克、縁があったらまた会おう」


上原は、民家の塀に立てかけてあった心張り棒を杖にして、足を引きずりながら西の辻に消えた。


歳の近かった三人は、そのあと度々会うことになる。

若かりし頃の思い出である・・・。


「よう、待たせたな」手を振って上原が現れた。

「久しぶりだな」幸長が手を挙げて応える。

「元気そうじゃ」平助も懐かしげに微笑む。

三人は改めて泡盛で再会を喜び合った。







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