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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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墓参


墓参


一月末、平助は一通の手紙を受け取った。

『先生の墓参を兼ねて一度沖縄に来ないか?』という比嘉幸長からの手紙だ。

平助は暫く考えてから槇草に言った。

「槇草、儂はしばらく道場を留守にするで後を頼む」

「わかりました師匠、で、どちらへ行かれるのですか?」

「沖縄じゃ。島袋先生と奥様の墓参、それに幸長にも会いたいのでな」

「飛行機で行かれますか?」

「いや、船で行く」

「飛行機の方が楽で早いのではありませんか?」槇草は平助の躰を案じた。

「気使いはありがたいが飛行機には苦い思い出があるのじゃよ。それに船の遅さが好きなのじゃ」



次の日平助は、鹿児島から船に乗るために列車に乗った。

博多駅で駅弁とお茶を買い込み、窓際の席に座る。

車窓に流れ行く景色を観ながら、若い頃のことを思い出していた。

「あの時もこの列車だった。心は期待と不安でいっぱいだったな」

今は、なんの気負いもなく、ただ列車の揺れに身を任せている。

途中いくらか寝てしまったようだ。弁当を食べてから急に眠気を催した。

目が覚めたら鹿児島はもうすぐそこだった。


鹿児島港からフェリーに乗り込む。18時の出発だ。

洋室の一等客室に入る。

ソファーに座って一息つくとまた、昔のことが思い出された。

『あの時は三等に雑魚寝だった』自然に笑みが浮かぶ。

船の食堂で夕食を摂り、部屋のシャワーで汗を流して早目に床に着く。

久しぶりの列車で疲れたのか、あっという間に眠りに落ちていった。


翌朝5時、目がさめると船は名瀬港に停まっていた。

5時50分。ここからは島の間を縫うように走る。島影が美しい。

亀徳、和泊、与論と過ぎて、16時40分本部港に着いた。

「那覇まであと二時間ほどか、速くなったものだ」

冷たい風に吹かれてデッキへ出た。少し外の空気が吸いたかったからだ。

船首に近いところに人がいて海を見ていた。

和服にインバネスを羽織って山高帽を被っている。よく見ると細い杖を突いていた。

「はて、どこかで見た顔じゃが?」

その男は振り向いて平助を見た。そして平助に向かってゆっくり歩いてくる。

そのままの速度で平助の右脇をすり抜け船内に戻って行った。

平助の背中に鳥肌がたった。はっきりと思い出したのだ。

「笹野五郎」平助は声に出して呟いた。


笹野は剣道界の異端児だ。

旧武徳会の三段から段位を取ることをやめ、剣道連盟の段位は持っていない。

八段範士ばかりを狙い、稽古を所望する。

そして完膚なきまでに叩きのめす事を、至上の喜びとしていた。

そんな男だから、剣道界に敵は多い。

五年前、ある事件をきっかけに剣道界を追放され闇の世界に身を投じたと聞く。

「なぜ、あの男が?」平助の脳裏に黒い予感が湧き上がる。


19時、那覇港に着いた。ここでは上着は必要ではない。

あれ以来笹野の姿は見ていない。

港には比嘉幸長が一人の弟子を伴って迎えに来ていた。

「平助、久しぶりだな」

「ああ、一年ぶりじゃ」

「ゆっくりできるのか?」

「そのつもりじゃ」平助が笑って答えた。

「紹介しよう、弟子の湊川だ」幸長が後ろに立っていた若者を指した。

「お初にお目にかかります湊川と申します。無門先生のことはいつも比嘉先生から聞いております」若者は慇懃に平助に頭を下げた。

「どうせろくな噂ではないのじゃろう?」平助は湊川を見た。

「いえ。比嘉先生は、本土に行く事があったら必ず無門先生の道場へ寄れと仰いました。よいお弟子さんがおられると聞いております」一瞬だけ湊川の目が光った。

「槇草か?腕は立つが女に弱い。今度結婚するのじゃがもう尻に敷かれておる」

「平助。槇草君は結婚するのか?」

「うむ、空手家の娘じゃ」

「それはめでたい。帰ったら宜しく伝えてくれ」

「分かった」

「平助、今日は疲れておろう。取り敢えず湊川の車で自宅まで行こう。後の予定は明日ゆっくりと決めれば良い」幸長が言った。


湊川は先に立って、二人を車まで案内した。




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