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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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炭焼き



炭焼き

                   

                    1


新しい年になって一月が過ぎた。

あと少しで山を降りなければならない。

ここでの生活は、黒田には新鮮で目からウロコが落ちることばかりだった。

だが黒田は、最後に何か一人でやり遂げることのできる仕事が欲しかった。

『そうだ、炭を焼いてみよう』黒田がここに来て最初に思った事だ。


厨房で手伝いをしながら、黒田はその事を慈栄に打ち明けた。

「住職、私はもうすぐ山を降りなければなりません。そこで最後に炭を焼いてみたいのですが」

慈栄は黒田を見詰めた。

「一人でやりたいのですか?」

「はい、誰の力も借りず」

「炭焼きは簡単ではありませんよ」

「分かっています。でも俺は今まで一人で何かをやり遂げた事がないのです」

「失敗するかもしれませんよ」

「甘い事を言っていることは重々承知しています。でもお許しいただけるのなら、結果を度返ししてでもやりたいのです」

慈栄は、顎に人差し指を当てながら暫く考えていた。

「全てを一人では無理です、慈恵さんが炭焼きのおじいさんの手伝いをしていましたから、最初は慈恵さんに教えてもらいなさい。そして分からないことがあったらちゃんと聞くのです。人は一人では生きて行けないのですから」

「では、お許しいただけるのですね?」黒田は目を輝かせた。

「今言った事を約束できるのなら」慈栄はにっこり笑った。

「きっと、お約束します」黒田は深々と頭を下げた。



                     2


「へ〜、住職がお許しになったのかい?」庫裡の卓袱台でお茶を飲みながら、慈恵が訊いた。

「はい、慈恵さんに相談するという条件付きで」

「できる限り一人でやりたいんだね?」

「はい」

「う〜ん」慈恵は腕組みをして長いこと考えていたが、やがて腕を解いて言った。「じゃあ、やってみな。その代わり他のことはできなくなるよ」

「ご迷惑をおかけします」黒田は頭を下げた。

「それはいいんだ、ただきつい仕事になる」

「望むところです」キッパリと黒田は言った。

「私が炭焼きの手伝いをしていた頃、爺さんが私のために書いてくれたものがある。ちょっと待ってな」慈恵はそう言って本棚の前に立った。

しばらく背表紙を見回していたが、「あった、あった」と言って、色の不揃いな紙の束を持ってきて黒田に手渡した。それは、裏白の新聞広告を丁寧に紐で綴じたものだった。

「爺さん、字は下手くそだったけど絵は上手だったよ」

そこには色鉛筆で、窯の作り方や炭の焼き方が図で描いてあった。

「以前あった炭焼き窯は中型のもので、じいさん一人には大きすぎた。今ある窯はじいさんが作ったんだ」

「一人で?」

「もちろん私も手伝ったさ。窯はまだ新しいから使えるけど、しばらく使っていないからあちこちヒビ割れがしているはずだよ・・・まず、窯の修理からだな」

「はい」黒田は素直に頷いた。

「以前壊した炭焼き窯の赤土が、窯の裏手に積み上げてあるからそれを水で溶いてひび割れを埋めて行くんだ・・・それが済んだらまた聞きにおいで」



                     3


黒田は、赤土の前に立った。

土が軽自動車ほどの小山になって固まっている。

まず、この小山をシャベルで削り取って行かなければならない。

黒田は、一時間程で小山の三分の一ほどを削った。

「これくらいでよかろう」外気は冷たいのに、額には汗が滲んでいた。

黒田は、ダマになった赤土を木槌で丁寧につぶし始めた。

潰した土を篩いにかけ、粉になったものだけを水で溶いた。

「少し緩めにしなければ、ヒビに入って行かないな」

溶いた赤土を、水箒でヒビに塗り込んで行く。

この作業に二時間掛かった。乾燥した窯はすぐに水分を吸い込むので土がヒビに入って行かない。かなり薄い泥水を何度も塗り込んだ。

ここまで終わった所で慈恵に報告に言った。


「終わったかい?じゃ次は窯の中に溜まった古い灰を、焚き口から掻き出すんだ」

「はい」

「搔き出したら、焚き口の傍にまとめておく。出来上がった炭にこの灰をかけて冷やすからね」

「分かりました」

黒田は、幅の広い鍬のような道具で窯の中から灰をきれいに搔き出し、竹箒で残りの灰を集めて焚き口の左側に盛り上げた。

この作業を終えた時、辺りはもうすっかり暗くなっていた。


「今日はそこまでだよ、明日はもっとキツイから、たくさん食べてぐっすり休むんだね」慈恵は黒田の茶碗に飯を山盛りによそいながら言った。



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