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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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正月三態・寺



 正月三態・寺


大晦日、寺の大掃除もあらかた終わった。里の人が大勢で手伝いに来てくれたのだ。

この寺は、里の人に支えられている。里の人は掃除が終わると住職に挨拶をし、勝手に寺の鐘を一度ずつ突いて帰って行った。

「鐘の突き方に決まりはないのですか?」黒田は慈恵に訊いた。

「決まり?そんなものはないよ」

「ですが、僕が子供の頃は祖母にやかましく作法を教えられました」

「そんな作法は何にもなりゃしない、作法やしきたりは人を拘束するだけだよ」

「しかし、昔から続いているものには意味があるのではないですか?」

「じゃあ、その意味を言えるかい?」

「それは・・・」黒田は返答に詰まった。

「言えないだろう、そんなものは昔の人間が自分の都合の良いように決めただけさ」

「そうかなあ?」

「お釈迦様は『戒禁取』と言っている」

「戒禁取?」黒田が初めて聞く言葉だった。

「しきたりに拘るなってことだよ」

「でも、お坊さんは戒律を守っているじゃないですか?」

「戒律としきたりは真逆のもんだ。坊主は本当の自由を手に入れるために修行をするんだけど、修行に妨げとなるようなことをしないよう身を律するための方便が戒律だ」

「しきたりは?」

「人を縛るもの。つまり人を不自由にするものだから、戒律とは真逆だというんだよ」慈恵は続ける。「それから『戒禁取』には苦行を禁止するという意味もある」

「苦行をですか?それじゃ武術の修行はできない」

「お釈迦様がおっしゃるには、『世の中は苦ばかりだ、これ以上苦を増やして自分をいじめて何になる、それでは不自由になるだけだろう』って」そこで慈恵は黒田を見てニヤッと笑った、「でも、こう言うと馬鹿はすぐ調子に乗って『だったら努力も精進もしなくていいんだ』って思ってしまうらしい。自由と自分勝手を取り違えているんだね」

「う〜ん?」黒田は考え込んでしまった。

「あんたのやっている武術だって、自由自在を目指しているんだろう?だったら心が不自由じゃどうしようもないじゃないか。さっきの除夜の鐘だって、煩悩が百八つだなんて誰が決めたんだい?それより多いかもしれないし少ないかもしれないだよ。鐘を突いたからといって煩悩が消えるわけじゃないんだ。里の人はみんな分かっているのさ、だから自分に向かって鐘をつくんだよ『もっと精進します』って」最後に慈恵は言った。「神や仏に頼っているうちは自由になんてなれないよ」


もうすぐ新しい年が開ける。

「さあ、あんたも鐘を突いておいで」



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