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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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具志川



具志川


次の日の朝から、篠塚は稽古に参加した。

昨日の顛末を知っている弟子たちは、篠塚の内弟子入門を喜んでくれた。

黒い稽古着の男がいた。昨日はいなかったがこの男が師範代だろう。篠塚より幾つか年上に見える。

「具志川、昨日電話で話した篠塚だ。面倒を見てやってくれ」

上原が言うと、黒い稽古着の男は篠塚の前に立った。

「具志川だ。早速だが白帯と一緒に元手をやってもらう」

篠塚は黙って頷いた。

元手は『三戦』の型に似ている。

しかし型として制定されたものではない、立ち方も微妙に違う。

鍛錬動作なので、道場の端から端を同じ動作を繰り返しながら往復する。

ひとしきり元手の稽古が済んだ頃、具志川が篠塚に声をかけた。

「あんたは本土で空手をやっとったそうだが、どれ位のものか見せて貰おう」

具志川は、本土の人間に対する不信感を露にした。


具志川はただ立っている、昨日の上原と同じだ。

篠塚は、右猫足立ちに構えた。

篠塚は昨日の上原との太刀合いや弟子たちの稽古を観て、御殿手は前手前足の攻防に特徴があることを知った。

具志川の構えには上原と同じ匂いがした。攻撃をしても無駄だろう。


篠塚は構えを解いた、但し戦いを止めた訳ではない。

篠塚も無構えで立ったのだ。

具志川は目を細めて篠塚を見た。

膠着状態が続いた。二人とも石になったかと思われた頃、不意に具志川が言った。

「やめだやめだ、攻撃して来んのなら話にならん!」

具志川は、篠塚に背を向けて道場を出て行った。

上原が篠塚のそばに来て言った。

「根はいい奴なのだ。以前本土の人間に騙されて、それ以来本土の人間を目の敵にしておる。しばらくは辛抱してくれ」

篠塚は頷いた。『俺も同じだったのだな・・・』


次の日曜日、篠塚は上原の許しを得てアーケードの本屋に行った。

『モモ』は、あっと言う間に読んでしまい次の本が欲しくなったのだ。

この前と同じく子どもの本のコーナーを見ていたら、店員が声をかけてきた。

「この前も子どもの本を見ておられましたね」

声をかけてきたのは、髪をポニーテールにしてメガネをかけた小柄な女性だった。若く見えるが、その落ち着いた物腰から、篠塚と同じ位かもしれないと察せられた。

「お子さんの本をお探しですか?」

篠塚は首を横に振って、ポケットから小さな手帳とペンを出して、『私の』と書いた。

彼女は少しびっくりしたみたいだった。篠塚の声が出ないことに驚いたのか、それとも大人が子どもの本を読む事に驚いたのか、それは分からなかった。

彼女は本棚から一冊の本を取って篠塚に示した。

「『終わりのない物語』ファンタジーです、この前の『モモ』と同じ作家の作品ですよ」

篠塚は自分の買った本を彼女が覚えていた事に驚いた。

「私は、大人の小説より子どものファンタジーの方が好きなのです。だって大人の小説のようにドロドロしていないから」彼女は屈託なく笑った。

篠塚は、この本を買う事にした。

「面白くなかったら、返してもらっても構いません。でも面白かったら下巻も読んでくださいね」



篠塚は、ベッドに寝転んでこの本を読み始めた。

そのうちベッドに腰掛け、最後には机に向かって真剣に読んでいた。


『これより先、そなた自身の考えは意味を持たぬのだから。ゆえに、いかなる武器もたずさえずに出発するのだ。何事も起こるがままに起らしめよ。悪も善も、美も醜も、愚も賢も、すべてそなたにとっては区別はないのだぞ。幼心の君の前においてはすべてが同じであるようにな。そなたのなすべきことは、求め、たずねることのみ。そなた自身の意見にもとづいて判断を下してはならぬ』


『なんということだ、俺の行くべき道を暗示している』

篠塚の目の前の霧がすっきりと晴れて行く。

『これは是非下巻も読まなくては・・・』

篠塚の本棚に、新しい本が並んだ。




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