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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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漢達


漢達


「篠塚が姿を消したそうです」

丸山のカウンターで、腰高の椅子に座りながら松尾が言った。

「豊嶋から連絡が入りましたが、先生はご存知でしたか?」

松尾は意味ありげに平助を見た。

「うむ・・・まあな」

「最後に篠塚と一緒だった豊嶋の若いもんが、ここから先生が出て来るのを見張っていたと言ったそうですが?」

「・・左様か、そこまで知られているならば仕方がない」平助は覚悟したように当日の様子を語った。

「篠塚に餞別を渡したのじゃよ」

「引導ではないのですか?」

「餞別じゃ。篠塚は必ず戻って来る」

「ははは、老いたりとはいえ無門平助は健在ですな」松尾は楽しげに笑った。

「ところで、黒田はどうしておるかな?」平助はもう一人の武術家の安否を尋ねた。

「はい、まだ多少足を引きずってはいますが、事務所で若いもんを相手にリハビリに励んでおります」

「それは良かった。儂のせいで黒田にはいらん怪我をさせた、無門平助が謝っていたと伝えてくださらんか」

「承知しました。だが黒田は久々に本気で戦ったと言っておりました」

「うむ、良い武術家じゃ、闇の世界に埋もれさせるのはもったいないな」

「はい、私も黒田をいずれはカタギの世界に戻してやりたいと思っております。その時は先生、よろしくお願いいたします」松尾は平助に頭を下げた。

「はは、迷える子羊ばかりじゃのう」平助はしかし、嬉しそうに笑った。


「ところで親分、親分はいつ先生とお知り合いになられたのですか?」

カウンターの中からマスターが聞いた。

「うん?まだその話はしておらんかったかな」

「はい、まだ伺っておりません」

「そうか、あれはまだ俺が売り出し中の駆け出しの頃だった」松尾は懐かしげに語り出した。

「阿漕な商売で素人衆を泣かせていたヤクザ者がおった。俺はそいつの顔をドスで膾にしてやったのよ」

「そりゃまた親分らしい」

「そこまでは良かったんだが、そいつの組の者がが俺を付け狙うようになった」

「・・でしょうねぇ」

「ある日、俺は拉致されて奴らの事務所に監禁された。五、六人はいたと思う」

「それで、どうなったのですか?」

「おきまりの半殺しよ。もうダメだと思った時、うちの組に食客として草鞋を脱いでいらした先生が、刀を持って現れた」

「なんだか東映のヤクザ映画みたいですね」

「だが本当の事だ」松尾が真顔で言った。

「先生はあっという間に二、三人の耳を削ぎ落としてしまった。気を呑まれた相手に先生は、間髪入れず手打ちを申し出た。『この辺で手を打たねば死人が出る』と。後はこうして俺が生きている事で察しがつこう」

マスターが呆れ顔で平助を見た。

「それから俺は先生に頭が上がらない」松尾は平助の方を向いて笑った。

そこまで黙って話を聞いていた平助が口を開いた。

「儂は親分の命が惜しかったのじゃ、この人を死なせたら任侠も地に落ちると思うた。それは今でも変わらない」

「素敵なお話ですね」マスターの横で、ママがにっこりと微笑んだ。

「男はいつまでたっても子供なのじゃよ」平助は独り言のように呟いた。





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