森
森
九月、槇草は遅い夏休みを取り、勇気を振り絞って美希を山歩きに誘った。
美希は笑って槇草の誘いを受けてくれた。
場所は駅から列車で一時間ほどの、老い杉山の中腹にある「太古の森」だ。
最初急な上り坂を登った。その後は細くなだらかな道が登り降りを繰り返す。
枯葉が湿気を含んでいい匂いがする。この枯葉が森を育てているのだ。
途中道の真ん中に迷彩柄の木が立っていたが名前はわからない。
竹林の向こうには栗林が見え、その下に見える池に向かって獣の足跡が続く。イノシシの水飲み場なのであろう。
二人の影に驚いて小さなトカゲが枯葉の下に隠れた。
槇草は止まって深呼吸をした。
「俺・・いや僕は、人工物に囲まれていると、時々気が変になりそうなのです」槇草は少し緊張して言った。
「俺でよろしいじゃありませんか、その方が槇草さんらしい」
そう言って美希は微笑んだ。
「はい、じゃぁ僕・・じゃなかった俺は、田舎で育ったので自然がないと落ち着かんのです」
「私も、都会にいるとなんだかギスギスしてしまいますわ。父の実家などに行くとほっとします」
「実家はどちらですか?」
「熊本の多良木町ですの、ご存知?」
「はぁ、名前だけは・・・」
「槇草さんは?」
「俺は八女の立花町です」
「ああ、お茶とみかんが有名ですね」
「はい、実家ではみかんを作っております。子供の頃はよくオート三輪で福岡の青果市場まで、みかんを運ぶのを手伝ったものです」
「まぁ」
「途中、筑後川を渡ったところにラーメン屋があって、長距離のトラックがたくさん停まっていました。そこのラーメンがメチャメチャ美味くって・・・あっ、すみません、こんな話面白くないですね」
「構いませんわ、とっても楽しいもの」
「そ、そうですか?あっ、あそこに倒木がある、座りませんか?」
「ええ」
二人が倒木に座ると、涼しい風が吹いてきた。下界は暑かったのにここは別世界だ。
「ああ、清々する」槇草は背伸びをした。
「本当に」
「あそこに見える池なんか、田舎の池とそっくりですよ。よくフナを釣ったなぁ」
「釣りはお好きですか?」
「いえ、特には。子供の頃はすることがたくさんあって、釣りはその中の一つでした。強いて言えば遊ぶことが好きだったのですね」
「まぁ、羨ましい。私なんかせいぜい木登りくらいで・・・」
「えっ、美希さんが木登りを!」
「私、これでも御転婆だったのですよ、柿の木に登ってよく父に叱られていました。柿の木は折れやすいからダメだって」
「はは、俺も木から落ちて大怪我をしたことがあります」
「まぁ、大丈夫でしたの?」
「打ち所が悪くて、それ以来勉強の方がちょっと・・・」
美希は吹き出してしまった。
「あっ、こんなところにカマキリがいます」槇草は倒木の端を指差した。
「えっ、本当、大きなカマキリ!」
「最近、見かけなくなったよなぁ・・・」槇草が呟いた。
「え、なんですの?」美希が尋ねた。
「いえ、なんでもありません。さあ、もう少し歩きましょう」
「お弁当作ってきましたのよ。もう少し行ったら食べましょうか?」
「いいですね、そうしましょう!」
二人は緩やかな下り坂を、池の方に向かってゆっくりと降りて行った。




