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幻の鎮守府  作者: 凪沢渋次
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5.本当の目的

 朝日が真正面から差し込んでくる。

 少し前から目を覚ましていた私は、水平線が少しずつ白い輪郭を作っていくのをじっと眺めていた。ベッドから上半身を起こしただけで、窓の外に大海原が見える。そこは下手なリゾートホテルよりもよっぽどオーシャンビューなのだった。

 海上自衛隊館山基地の中、自衛官用の病室の一つ。海からはそこそこ離れていたが、小高い丘の上にあり、また目の前にはヘリポートと滑走路しかないために、視界を遮るものがなく、その結果、ダイレクトに海が見え、正面から日の出がやってきたわけだ。カーテンを閉めていなかったのは、故意なのか不注意なのか。

 私は目が覚めてからずっと、昨晩のことをしっかりと思いだそうとしていた。しかし、やはりどうしても、わからないことが多かった。

 小清水くんと私は、小林たちの不可解な行動を追っているうちに、安房神社の不思議な神事を突き止めた。それが、“山犬様”を信仰する、不思議な宗教の集まりであることがわかったが、その情報を得るのと引き替えに、我々は小林たちに捕らわれてしまう。そして洞窟に閉じ込められ、そこにいる、どうやら“山犬様”に襲われるところだった。

 あの難局から救出されて、まだ数時間しか経過していないのに、この記憶はもはや、曖昧な夢を思い出すときくらい、頼りなくあやふやなものだった。

 そして何よりわからないのは、いったい我々がどうやって救出されたのかだ。その瞬間、私は目を瞑っていた。目を瞑っている間に、何かが爆発し、砕け散り、轟音と爆風の中、私は洞窟から引き出され、気がついたときには無事に保護されていた。目を開けたときに見えたのは、おそらく救急車の中の風景だったのだろう。洞窟から救急車までに、いったいどのくらいの時間があったのかは全く思い出せなかった。大して思い出すことがないほどの一瞬だったのか、あるいは、気絶していたのかも定かではなかった。


 わからないことだらけだったが、一つだけ確かなことは、私の計画は、あらゆる面で“失敗”だったということだ。

 まず、個人の独断で、つまりチームに内緒で小林を追ったことが最初の失敗。小林に捕まったこともそうだが、実はそれ以上に、そんな私の行動が、既にチームに把握されており、私自身にも監視が張り付いていたこと、それに私が気づいていなかったことの方が、よほど大きな失敗だった。

 そうと気がついたのは、保護され、連れて来られた場所に自衛官の山崎がいたときだった。探索チームのメンバーで、海上自衛隊を使い、様々な調査を進めている男だった。私のことを監視していなかったら、あの場所から私を救い出すことは出来なかっただろう。

 “雨宮資金”探索は、国からの命令で動いているプロジェクトだ。私はそれを欺き、しかもそのことがバレた。これはいったいどんな罪に問われるのだろう。

 さらなる疑問もある。山崎が私を監視していたとして、どうして、あのタイミングで現れたのだろう。

小林たちの怪しげな神事が行われていた段階で、踏み込んできてもいいはずだ。

 しかし、実際は、私たちが洞窟に閉じ込められ、山犬に襲われるほんの直前に、山崎たちは現れた。どうしてそこまでは放っておいたのだろう。


 太陽が完全に世界を照らし、景色に緑や青の色をつけた。

 部屋には、清潔というよりも冷徹な印象の“無臭”が漂っていたが、気分だけは湿気の混じった海風を感じていた。

 沖にたくさんの船が出ているのも見え、平日の穏やかな館山の風景が何事もなく広がっている。ヘリコプターの爆音や、何らかの合図であろう、サイレンが鳴っているのは、ここが基地の中だからで、それ以外の景色には、相変わらずのんびりとした、田舎独特の時間の流れていた。


 部屋の時計が8時を指すと、私の部屋に、次々と来客があった。まずは山崎が、医者を伴って現れ、体調を気にかけながらも、今日のこの後のスケジュールを早口で説明していった。まだ少しボーッとしている私の頭には、説明の半分も入ってこなかったが、どちらにせよ、私はこの部屋にいればいいだけなので、特に心配はしていなかった。

 次に簡単な朝食が運ばれてきた。大きなアジの干物と、ご飯に味噌汁、納豆といういたってシンプルなもので、美味くも不味くもなかったが、あっという間に食べ終わり、自分が実は空腹だったことに気がついた。

 食後のオレンジジュースを飲んでいると、ついに、チームのリーダー格、永谷が姿を見せた。いつも打ち合わせをする大澤邸以外で、永谷の姿を見るのは初めてだった。部屋のソファに収まっている永谷より、ここで見る永谷は大男に見えた。

 永谷は、いつもどおり口数は少なかったが、端的な質問で、明らかに、私を糾弾しているのがわかった。

「まず、どうして報告しなかったんです?」

 徹底して無駄を嫌う永谷らしい第一声だった。“何のこと”を報告しなかったのか、など、いちいち言葉にしないのだ。

「すみません・・・。」

 私はそれしか言えなかった。それも相手に届くかどうかの小声になってしまった。

 答えになっていないことは自分でもわかっていたが、そうとしか言えなかった。小林が“お宝”のありかを握っていると睨み、独断でその後を追った。そのことをどのタイミングで永谷に報告できたのだろう?私はそもそも、このチームにそこまで信頼も友情も持ち合わせていないのだ。

「“お宝”の奪取が目的ですか?それとも他に?」

 これも永谷の、最低限の言葉数で、確信をついた質問だった。

 自問してみた。私は“お宝”、つまり“雨宮資金”を独り占めしたかったのか?答えはYesのようでNoだった。私にはもっと別の目的があったのだ。いったい永谷は、そこまでも掴んでいるのだろうか?

「わかりません・・・どうしてあんな行動をしたのか・・・。」

 今度は少し大きな声で答えた。私は、国を相手にどこまで黙秘を通せるのか、試してみたくなっていた。

「“お宝”はすでにない。そう思っている?違いますか?」

 永谷が、私の回答など聞こえていないかのように次の質問に移った。

 永谷もきっとわかっているのだ。金塊などとっくにないことを。

 そして、国家がそれでもこのチームを動かしていることの本当の意味を。

「彼にも聞いてみましょう。」

 永谷がゆっくり振り返ると、そこには私と一緒に洞窟に捕らわれていた小清水くんが立っていた。

「小清水くん!大丈夫かい!」

 私は思わず、声をかけずにいられなかった。小清水くんは、首や頭、腕などに包帯を巻き、覆われていない頬にもかすり傷が見えた。あの洞窟で、爆発が起きたとき、確か小清水くんは私に覆い被さってくれた。そのおかげで私はほとんど無傷でいられたのだ。しかし、彼はあちこちに怪我をしている。

「私のために・・・。」

 痛々しい様子に、私は心から、申し訳ない気持ちになっていた。

「いえ。お気になさらず。」

 小清水くんは、凜としてそう言った。まるで、こうなることを最初からわかっていたかのように。こうなることが自分の役目だと心得ているかのように。

永谷は、小清水くんを見上げながらまた話し出した。

「彼は本当に有能な学生ですね。あなたの指示をよく聞いていた。」

小清水くんは私が席を置く海洋大学の学生で、私の研究室にいた。初期のころから私の調査に興味を持ってくれていて、いろいろと協力をしてくれていた。今回は、“雨宮資金”の話はせず、この地に残る、封建的なヒエラルキーの実態調査として、小林の身辺調査に協力してくれていた。

「とてもよく働いてくれています。」

私はもう一度小清水くんを見つめた。しかし、小清水くんは目を伏せたまま、私を見ようとしていなかった。

「同時に彼は、私にとってもよきパートナーでね。」

永谷は、表情を変えずにそう言った。


やはりそうだったのか・・・。いろいろと謎だったことが少しずつほどけていく気がした・・・。

私を一番近くで見ており、私が何をしているかを一番よく把握していたのは小清水くんだ。とても有能なので、どんなことでも相談していた。考えてみれば当然なのだが、こんな有能な学生が、私のためだけにボランティアで働いてくれているのは不自然だった。小清水くんこそ、私を監視していたスパイだったのだ。

あの洞窟で、私を守った身のこなし、そもそもあのタイミングで自衛隊の突入を指示できたのも、すべて小清水くんが情報を永谷に流していたからなのだ。


「しかし、彼をしても、あなたの本当の目的はわからなかったようだ。」

永谷は少しだけ残念そうにそう言うと、立ち上がって窓の外を眺めた。窓からの光を遮る背中に、改めて永谷の上背の大きさを感じた。

「もしかして、あなたも探しているのですか?里見講を・・・。」

窓の外の海は、穏やかなままだったが、部屋の中の空気はその一言で、一瞬にして凍りついた。


館山の領主、里見氏は、武士でありながらなかなかのビジネスマンだった。

中世から、「金融」の感覚を持っており、そのセンスを活かして、小大名でありながら、全国の大名や貴族に影響力を持ち、裏で全国を支配していた・・・。現代で言うところのファンド、当時はそれを「里見講」と呼び、天下を夢見るものは皆、こぞってそれを手に入れようとした・・・。

こんな仮説を信じる者はほとんどいなかった。それは伝説としても低レベルで、誰も相手にしないものだったのだ。しかし、その言葉が今、永谷の口から発せられた。

永谷の背中の隙間から、午前中の海に、風に煽られた海鳥が一羽だけ漂っているのが見えた。

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