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幻の鎮守府  作者: 凪沢渋次
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2.次の展開

 どうしても“海”のイメージが強い房総だが、海岸から10分も内陸に入ると、突然その景色は急峻な山岳部に早変わりする。実際、地元の人たちが生活に使うのは、市内を大回りする海沿いの道よりも、山を切り開いて通されているバイパスの方が圧倒的に多い。

 我々の“計画”の拠点となっている「大澤邸」も、館山城のすぐ側にあり、やはり山の上だった。平地を歩いていると汗ばむような陽気でも、ここにくると少しひんやりするのは、標高の問題だけでなく、そこに集まるメンバーの、互いを必要以上に寄せ付けない空気のせいでもあるだろう。


「経過報告。」

 永谷が、静かに進行を始めた。

 政府から、正式にGOサインが出た“雨宮資金”の探索計画。スタートしてから3日経っていたが、これと言った成果は無かった。3日しか経っていないのだから“仕方ない”とは誰も思っていなかった。本当なら指令が出たその日のうちにでも完了したかったミッションだったのだ。

 自衛隊を動かすことができる山崎は、相変わらずビールの小瓶を持ちながら打ち合わせに臨んでいた。

「私服組の調査で、すでに“お宝”は、基地内には無いことが確定した。そして、10本ある地下通路の中で、おおよそ、どの道から“お宝”が外に出たかも見えてきた。」

 “私服組”とは、自衛隊の中にある諜報部門のことで、基地内はもちろん、基地外でも、常に情報収集活動を行っている部隊だった。本来の業務はもちろん国防と治安に関わる情報収集なのだが、今は山崎の下、6兆円の金塊のありかについて、鋭意調査を続けている。

「どの道なんです?」

 永谷がローテーブルに広げられた館山の地図を見下ろしながら山崎に尋ねた。

 山崎は小瓶を持つのと反対の手で、館山城の南にある小さな神社を指さした。

「基地から一番遠くまで続いている通路で、今は途中で埋められているが、出口に当たる扉は残っていた。」

「どうしてこの通路だと?」

 地元の大地主でもある市議会議員の小林が控えめな小声で尋ねた。

「道幅と高さだ。トラックが通れるのはここともう1本しかなかった。もう一つの通路は館山城の北、海側に出る。」

「そんな目立つところから逃がすわけがないってことですね。」

 地図を見ながら永谷が繋いだ。

 それを受けて、山崎はソファに深くかけ直して、改めてビールを飲み干した。

「森井さん、あなたの方は?」

 永谷が、今度は私に発言を求めた。私は海底探査を任されていたが、すでに調査の主力は地下通路の可能性で進んでいたので、正直そこまで真剣に海の底を調べてはいなかった。しかし、最低限のことはやろうと、海洋大学の海底地質学研究チームがレーダーで調べた、防波堤の下の空洞率のデータは提出していた。

「資料の通り、やはりここに“お宝”がある可能性は低いです。山崎さんの線で進めた方がよろしいかと。」

 ここにいる誰もがわかっていたことなので、改めて言うまでもない報告であったが、何もしてないと思われるのも癪なので、短めに報告を済ませた。

「その他の情報は?」

 永谷が、珍しく、“余計な”質問をしてきた。この人物は、極端に“無駄”や“余計”を嫌った。話し合いも、永谷が仕切ると常に短時間で終わった。私にとっては、そこがいいところでもあった。それなのに、わかりきった報告をした後に、さらに何かをつっこんで聞いてきた。こんなことはこれまでに一度もなかった。

「その他?と言いますと・・・?」

 私は、とぼけた声で返したが、実は、そろそろ永谷からのこんな追求があるのでは?と予感していた。予感の根拠は何もなかったので、それは“勘”としか言いようがなかった。

「その他というのは、海底以外ということです。城山の南部で調べていることについて、何か我々に共有することがあれば。」

 山崎と小林が、不思議そうに永谷を、次に私の方を見た。


 今回の計画は、大きな割り振りとして、山崎が「山」を、私が「海」を、そして小林が「街」を担当することになっていた。しかし、その割り振りを越えて、私が独自に「山」を調べていることを永谷は把握していたのだ。いつ、それに気づいたのかは不明だが。

「まだ、大きな収穫はありません。海洋大の研究室がちょうど城山の南側にあるので、たまたまついでにその周辺の地形について調べているだけですので。」

 永谷の情報収集能力は思っていた以上だったが、その能力は “お宝”探しのためではなく、むしろ“メンバー”の監視のために向けられているようだ。改めて、永谷とはいったい何者なのだろう。


「では、そろそろ小林さんにも動いてもらいましょう。」

「はい!」

 大きな体をびくっとさせて、小林が姿勢を正した。

「城山の南部もおたくの土地ですね?いろいろお願いしますよ。」

 指示を出すときでさえ、多くを語らないのが永谷だ。この短いセンテンスから、受信者は

 自分が何をすべきかを推し量り、正確にそれを遂行しなくてはならない。

「がんばります!」

 小林は、4人の中では一番仕事が遅い。しかし、それを補って余りあるほど、地元での影響力が強い。政治面でも経済面でも発言力があるので、例えば、街のどこかに“お宝”が隠されていようものなら、その情報はすぐにでも集まるのだ。

「期待しています。では、今日はこの辺で。」

 全員が集合してから、わずか20分で会議は終了した。経過報告としてはそれで充分だった。どんな会議でも短いに越したことはないが、どこか、後味が悪く感じたのは私だけだったのだろうか。


 メンバーで、「大澤邸」に寝泊まりしているのは永谷だけだった。山崎は基地内に、小林は市街地に本来の住まいがあり、私は駅の近くにホテルをとっていた。「大澤邸」にも充分部屋はあるのだが、どうしても永谷と同じ屋根の下で過ごす気にはなれなかった。そして、私が、独自に調べたいことがあったときに、「大澤邸」では何かと不便もあった。しかし、どうやら今日の印象だと、どこで寝泊まりしていようと、私には監視の目が張り付いており、自由な動きは出来ないようだ。

 監視の理由は明白だった。私は疑われているのだ。

 きっと“お宝”を独り占めするのではないかと思われているのだ。


 そもそも、この“雨宮資金”の可能性を政府に知らせたのは私だ。日本海軍の古い資料を調べていくうちに、その存在の仮説を立てるにいたり、さらに、当時のことを知っている様々な階級の人達からの聴取で、その仮説を立証したのだ。

 私の論文を読んで、おそらくはすぐに、当時の政府は自衛隊を使って、“お宝”のありそうなところを捜索したことだろう。それはきっと山崎が館山に着任する前だ。結果、“お宝”がどうしても見つからず、私をチームに加えたわけだ。政府としても私を加えたのは、心強い一方で不本意に違いない。

自衛隊の力を以てしても“お宝”が見つからないのは、もうすでにそれが存在しないからなのか?それとも、もっと上手に隠されているからなのか?政府は結論を出せずにいる。そして、後者だった場合に賭けて、何が何でも、見つけ出そうとしているのだ。


 さて、“お宝”に関して、私にはまだ発表していない重要な資料が持っていた。そして、それに基づいて調べた先にこそ、“お宝”のありかに通じる道が見えてくると確信している。

 永谷は、おそらくそれを探っているのだ。私が何かを知っていて、それを発表していないことをわかっているのだ。だからこそ、私も急がねばならない。彼らが本気の実力行動に出たならば、私の命など、簡単に奪えるのだ。


 館山駅は、西に出れば、すぐにも南国リゾートの風景が広がっているが、反対側の東に降りると、いわゆる田舎の駅の、昔ながらの繁華街が待っている。

 ホテルは海側にあったが、食事をとりたいとき、私は、この懐かしい雰囲気を残した小さな街の方に出る。色あせた看板の中華屋や、穴だらけのネオンを掲げたスナックなど、どう贔屓目に見ても、流行っているとは思えない景色だが、それでもこの周辺の駅としては、最大規模の街なのだ。夕方になるとそれなりに人も出てきて、間もなく夏を迎え、他所の人間でごった返す前の、慎ましい賑わいを、地元民たちがささやかに謳歌しているのだ。


 線路沿いを少し歩いたところに、地魚料理の美味い寿司屋があった。

 ホテルからもそう遠くはなかったので、私はたびたびそこで夕飯をとることが多かった。

 そこは、この辺りではそこそこのステイタスにある店のようで、奥に座敷があり、訪れる度に、そこでは街の名士らしき面々が豪快に飲み食いをして、騒いでいるのが聞こえてきた。私はいつも、窓際の目立たぬ席を選んで静かに飲んでいたのだが、その奥座敷の面々の中心に小林がいることはわかっていた。


 手を上げて店員を呼び出し、地酒のお代わりと、蛸の刺身を追加でオーダーした。

注文を繰り返し、店員が、

「少々お待ちください!」

 と、下がる際に、小さなメモを私の前に置いていった。

 私はすぐにそのメモを手に取り、さっと目を通すと、上着のポケットにねじ込んだ。

 メモには「完了」とだけ書かれていた。

 これは「奥座敷」の「盗聴」が「完了」したことを表わしていた。

 あの店員はアルバイトで、海洋大の学生だった。前々から私の仕事をよく手伝ってくれている子で、とにかく何でもよくできた。優秀なので、何処へでも就職できるのだが、私の仕事の方が面白いと、わざわざ研究室に残って、今回のような、イレギュラーな“研究”にも参加してくれている。


 この街の飲食店のほとんどが、小林の不動産、あるいは、小林の漁業関連、建設関連、山林関連の会社の系列かその取引先で成り立っている。どこかのルートから小林に近づこうと思ったら比較的簡単だった。たまたま、この寿司屋が小林のお気に入りだとわかり、そこで夜な夜な、会合が開かれていることがわかると、そこに集まる面々とのやり取りがどうしても気になり、今回の作戦を実行したのだ。本来なら、永谷や山崎の得意ジャンルだろうが、それでも私は、自分の手で調べたかった。


 ホテルに戻り、スマートフォンに届いた音声情報を確認する。

 最近の盗聴器の性能には驚かされる。たかだか数千円の簡易的なものだが、とてもクリアな録音で、ダイレクトにマイクを向けているかのようクオリティだった。

 小林が連れている面々は、やはり街の有力者たちのようだった。有力者とは言え、全員が小林の傘下にいる者たちで、会話の内容から、おそらくは、系列会社の社長や役員、また、市役所のお偉いさんも何人かいるようだった。

 小林の家は、3代続く市議会議員の一族であり、そのもっと前から大地主でもあった。

事業を拡大させたのは、まさに戦前から戦中にかけてで、古い資料によれば、基地の一部も小林家の土地だったようだ。つまりは小さな街の軍産複合体。戦争で大儲けした一族というわけだ。戦中の実力者が、戦後に失脚するパターンもあるが、小林家はそこも上手く切り抜けたようだった。解体されるほどの財閥でもなかったのがよかったのだろうが、しかし、確実に、街を戦争へ傾けた黒幕でもあった。おそらくこういう地方豪族は、房総以外にもたくさんいたのだろう。


 奥座敷では、しばらく他愛もない各人の近況や、小林の自慢話が続いた。小一時間経ったころ、ようやく私の聞きたい話が始まった。

「ところで、熊野神社の辺り、自衛隊が調べてるらしいじゃない。ちゃんと気づいてるかい?」

 我々といるときは、どちらかと言えば、おっかなびっくり、小さくなっている小林だが、この会の小林は、一転して、地元の大物感を前面に出していた。

 指摘された面々はそれまで楽しそうに盛り上がっていたところから一転、急にシンとなった。

「わかっていると思うが、余計な話はしないように。これはみんなのためでもあるんだ!」

 私の期待した通りのやり取りが、しっかりと録音できた。大澤邸での報告を受けて、小林は必ず動くと踏んでいたのだ。具体的な言葉は出てこなかったが、今のやり取りは、明らかに、小林が「何か」を知っていて、それを「隠している」ことを示している。

 「何か」は“お宝”のありかであろう、そして、小林はそれを我々に隠しているのだ。

これが、私の発表していない資料の内容なのだ。

 “雨宮資金”はとっくの昔に基地から外に出され、戦争のどさくさで何者かに奪われたのだ。あの時代、そんな大それたことができたのは、地元でもそうとうの力がある者だけなのだ。


 私が研究のために得た資料は、戦前からの、この地域一帯の政治経済に関する具体的な金銭の帳簿だ。この資料によれば、館山に鎮守府を誘致したのが小林の祖父、小林宗一郎だった。誘致の理由は完全に利権で、自分の土地を海軍に利用させることで、安定した地代を得ようとしていたわけだ。小林は各地の富裕層にも掛け合い、資金調達にも奔走した。そして、当時としてはあり得ないほどの資金が集まった。“雨宮資金”とは名ばかりで、その実は、“小林資金”と呼ぶのが相応しいくらいだった。

 金塊を運ぶ船が、敵襲で海に沈んだ際、その引き上げを指揮したのも宗一郎だった。漁業組合のドンでもあった、宗一郎は、すぐさま漁師たちを使って“お宝”を見つけ出し、一時海軍の地下壕に格納させた。この地では、海軍もすでに小林の影響下にあり、小林の事業には進んで協力していた。館山海軍にとって、最大のスポンサーだったのだから当然と言えば当然だ。そして、終戦を迎えたとき、小林は、まずはこの“お宝”を、アメリカ人に奪われまいとした。地下壕から秘密の通路を使って外に出し、自分の領内に移動させたのであろう。そして、その資金を使い、戦後、さらに事業を拡大させた。小林家の事業拡大の証拠も、帳簿にはしっかりと残っていた。純粋な商売の利益だけでは、どうしたって成し得ない、拡大の仕方であった。その数字を見たときに、私は確信したのだ。“雨宮資金”、いや、“小林資金”は小林家のどこかにあると。


 これを証明するためには、もっと小林に近づく必要がある。まだ永谷たちには言うべきではない。彼らの力を使わずに、小林から“お宝”のありかを聞き出すには、いったいどんなカードを用意したらいいのだろう?

 ホテルの窓からは、真っ暗でもう何も見えなかったが、波の音と湿度の高い風が、そこに海があることを教えてくれていた。

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