第2章「私の楽器」③
大変お待たせしました!
「私の楽器」続きです!
「…で、気を取り直して昨日は何の用だったの?」
溜息混じりに、友美が聴いてきた。
朝陽君の爆笑もとりあえず収まり、私も大分冷静になってきた。しかし、冷静になったが故に、改めて昨日の誘いをもう一度友美に持ち掛けるのは気が引けた。
チラリと朝陽君の方を見てみたけど、朝陽君はとりあえず笑いはすっかり収めてくれたけど、ニコニコしているばかりで特に私の言うことを代弁してくれそうにない。それどころか、目が合ったかと思うと、「どうしたの?言わないの?」とばかりの表情を浮かべている。
こうなったら、私ももう一度腹を括るしかない。内心で自分を鼓舞して、友美に切り出した。
「えっと、毎年夏祭りの時にステージがあるのって知ってるよね?」
「あぁ、2年ほど前からやってるやつ?ステージ作って、バンドとか何か色々やってるよね」
「そうそう、それそれ。でね…」
そこまで言って、一旦言葉を区切った。
「そこに、来年朝陽君と一緒に出ようって話をしてるんだけど、ぜひ友美も一緒に出てもらいたいって思うんだけどどうかな?」
途中で止めてしまったら、きっと言えなくなってしまう。だからこそ、一息に言った。
友美は、私の誘いを真正面から受け取ってじっと私のことを見ていた。まるで、私のことを見極めようとしているような鋭い視線に、たじろぎそうになるけど、そこはグッと堪えて友美の眼を真正面から見つめた。
とても長く、いやもしかしたらほんの少しの間を置いて、友美は小さく「ふっ」と息を吐いた。
「……何で、私を誘おうと思ったの?」
友美は、そう短く聴いてきた。
昨日に比べて、ちゃんと私の話を聴いてくれようとしている態度に、私ももう下手に誤魔化したり茶化したりせず真正面に向き合った。
「来年のステージは、少し大規模なものになりそうって話で…私は歌とギター。朝陽君はピアノを弾いてくれるんだけど、流石にそれだとインパクトに欠けるかなって思って、バンドで出たいねって話になって…それで、私が知ってる身近な楽器できる人で、友美だったら一緒にやりたいな、って思って」
「へぇー、朝陽君ってピアノ弾けるんだ」
友美は、思いがけないところに食い付いた。
朝陽君も、自分の方に話が来るとは予想外だったみたいで、「えっ?」と声を上げた。
「あぁ、うん。一応小さい頃からずっと弾いてきてて」
戸惑いながらも朝陽君は答えた。
「今もピアノは続けてるの?」
「うん。一応、毎日弾いたりしてるかな。天音さんとも、音楽室でたまたま知り合って、一緒にバンドやろうって言ってるから」
「へぇー、今も毎日続けてるって凄いね。ピアノだったら、コンクールとかも出たことあるの?」
「一応ね。流石に、最近は出なくなったけど」
「へぇー。じゃあ、上手いんだ」
「いやいや、そんなこともないよ」
私のことなんて忘れてしまったかのように、友美と朝陽君はピアノトークで盛り上がっている。
完全に置いてけぼりにされているので、少し面白くなかった。
「でも、朝陽君がピアノ弾いてるって、似合うね。まさしく王子様って感じだ」
「止めてよ、そんな。別にそんなんじゃないから」
「でもさ…」
「はい、ストーップ!」
堪らず、会話に割って入って、物理的にも両手を広げてブンブン振りながら自分の存在をアピールした。
「何、楓?今、盛り上がってたのに割り込んできて」
友美は、私が割って入ったことに少し眉間に皺を寄せた。しかし、今回に関しては私もそれにたじろいだりしない。
「私の言ったこと無視しないでよ。今は、朝陽君のピアノトークの時間じゃないんだから」
「あれ?そうだっけ?」
友美は、可愛く首を傾げながら「はて?」と顎に指を当てた。
可愛いけど、そんな態度には騙されない。
「誤魔化してもダメ。今は、私がお願いに来てるんだから」
「でも、楓のお願いは断るんだから大丈夫でしょ?」
さも当たり前のように言われて、今度はこっちの眉間に皺が寄った。
「いや、それは…」
「どっちみち、私は演奏しないし、演奏できないよ。だから、そんなステージに上がるなんて無理」
何気なく友美から投げられた言葉に、「えっ?」と一瞬固まった。
『演奏できない』という言葉には、既視感があった。
「…どうし」
『どうして?』と言いかけて、咄嗟に言葉を止めた。昨日もそうやってズケズケと踏み込んでいって、怒らせたばかりだ。今日は、元々謝りに来たんだ。同じ失敗は繰り返したくない。
「…『どうして?』って、聴こうとして止めたね。楓も、少しは昨日のこと反省してるってことかな」
流石に、そこまで言ってしまえば友美には何を言おうとしてたかお見通しで、でも私の心情も汲み取ってくれた。
友美は、ほんの少し目線を逸らして何やら考える素振りを見せた。そこで訪れた僅かな沈黙の時間を、じっと何も言わずに待つ。
「…楓は、私と一緒に演奏したいって思う?」
「…えっ?それは、もちろん!」
投げかけられた問いに一瞬戸惑ったけど、それ以上に思わずテンションが上がって咄嗟に答えてしまった。
しかし、思わず本心のままに食い付いてしまった私の返答に、友美の気分を害してしまったかなと一瞬ヒヤリとしたけど、友美は特に何も言わずにまた目を逸らしてしばらくの沈黙が降りた。
そして、
「…じゃあ、今日の放課後、私の家に来る?」
友美から言われたのは、また思いがけない申し出だった。さっきから、私の予想外の返答がくるので、戸惑うばかりだ。
「えっ…何で」
「とりあえず、来てくれるなら教える。来てくれないなら諦めて」
「行く」
そんなこと言われたら、選択肢は一つだ。友美が言い終わらないうちに即答する。
私の返答の早さに、流石に友美も苦笑いを浮かべた。大分、友美の表情が昨日と比べても柔らかくなってくれたように感じる。
しかし、そうした中でハッと一つ気掛かりが浮かんできた。友美の申し出に、つい反射的にどんどん答えちゃったけど、大事なことを見逃すところだった。
恐る恐る、後ろ、朝陽君の方を振り返った。
朝陽君は、振り向いた私に一瞬キョトンとした表情を浮かべたけど、すぐに合点が行ったように笑顔を浮かべた。
「あぁ、僕も大丈夫だよ。というか、牧町さんのお宅にお邪魔してもご迷惑じゃなかったら、だけど」
「あぁ、それは大丈夫。そのつもりで、今声掛けたから」
朝陽君の気掛かりに友美はすぐに返答した。朝陽君が来てくれること、そして友美がそれを許可してくれたことに、内心でホッと肩を撫で下ろした。
「…って、そういえば昨日から気になってたことなんだけど」
ふと、思い出したかのように友美が言った。
友美の声に、友美の方に向き直った。
「楓と朝陽君って、付き合ってるの?」
思いがけない爆弾に、顔が一気に熱くなるのを感じた。
「えっ…何で?」
「何でって、来年二人であのステージに上がるって言ってて、今もこうして二人して私のところ来てて、今日も一緒に私の家に来るんでしょ?ここまで見せられてて、そう思わない方がむしろ変だと思うけど?」
さも当たり前のように理由を並べられて、傍目から見てると確かにそうだなと他人事のように思った。
確かに、昨日も朝陽君が私を教室に呼びに来て、2組に向かう道中も2人並んで廊下を歩いていた。その間、否応なしに何人ものクラスメイト達が私たちのことを見ているのは気付いていたし、自分の教室に帰った時に香奈子からあれこれ質問攻めにあったのも恐らくそういった類の理由だろう。
そして何より、ここまで注目されるのもそのはずで、その一緒にいる相手が同学年の女の子達の間で「王子様」と目されている朝陽仁君だ。注目されるのは当然だし、今友美に言われた事実を考えたらそんな風に思うのは不思議じゃない。
しかし、
「……」
チラリと視界の端に映っている朝陽君は、ちゃんと顔までは見えないまでもその表情が、いつものように「なんのこと?」と言わんばかりにキョトンとしているのは容易に想像できた。
「残念ながら、そんなんじゃないよ。昨日も言ったかもしれないけど、たまたま朝陽君の演奏聴いてスゴいなーって思って、そこから一緒にステージ出ようって話になって、その準備のために一緒にいることが多くなったの」
自分で言ってみると、確かにその通りだな、と思った。
恐らく、周りから見るともしかしたらそれも充分羨ましいことだったりするのかもしれないし、現に香奈子からも随分からかわれたりした。
でも、少なくとも朝陽君はそんなことは全然思ってないだろうし、私も皆の王子様に手を出す程、肝は据わっていない。
「ふーん…」
友美は、私が嘘を言ってないか確かめるように私と朝陽君を交互に見た。
しかし、すぐに「なーんだ」と興味が薄れたようにまた頬杖をついた。
「楓が、朝陽君と付き合ってたとしたら、随分ビッグニュースだと思ったのに」
「スクープにならなくてごめんね」
冗談めかしてそう言うと、友美はもう一度どういう意味か「ふーん」と何やら意味深な相槌を打った。
「まぁ、とりあえず今日は二人とも私の家においでよ。そこで、色々話もできると思うし」
そこまで話すと、友美はそのまま視線を教室の時計に移した。
そのジャストタイミングで、昼休みの終わりを告げる五分前のチャイムが鳴った。
「じゃあ、また放課後に」
そう言って、友美はヒラヒラと私に手を振った。
「天音さん、じゃあ放課後に」
朝陽君も同じように、ヒラヒラと私に手を振った。
「うん、じゃあまた放課後になったら教室来るね」
そう返事をして、そのまま2組の教室を後にした。
2組の教室を出て、同じように各々自分のクラスに戻ろうとするクラスメイトの流れに合わせて自分の教室へと向かう。
『楓と朝陽君って、付き合ってるの?』
その道中、ふと先程友美から言われたことを思い出した。
思い出しながら、思わず周りにバレないように口元に手をやって思い出し笑いをしてしまった。
友美でもあんなことを思うんだな、とそれが面白くなってしまった。
そんなわけないじゃない。
でも、そういえば、少し前から私は学校の王子様と一緒にいるんだな、と今更ながらに思った。
そして同時に、友美にそんなこと言われたもんだからちゃんと朝陽君の顔が見れてなかったな、と思いながら、朝陽君は実際どんな顔をしてたんだろう、なんてことを思った。
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一日の授業が終わって、すぐに下校しているのなんて随分久しぶりだった。
ここ最近は、放課後になったら一目散に音楽室に向かうことが当たり前になってて、少し日が早く落ちる今の季節に、辺りが暗くなってしまう前に学校を出るのが当たり前だった。
今の時間帯は、まだまだ太陽は遠くの山間の空に上っていた。朝と昼間はあんなに曇っていたのに、今は随分雲も晴れて夕陽の光がまだあちこちに浮かんでいる雲の輪郭を焦がしている。
夕暮れ時は好きだ。一日の終わりの倦怠感と、今日がようやく終わるんだという安心感があって、少しぼんやりしている身体をゆっくりと家まで歩を進めて行く感じが良い。
また、秋が近付いてくるこの時期は、夕暮れ時にすごく合う。少しずつ色付く楓の葉っぱは、自分の名前の由来でもあるので見つけると思わず目で追ってしまう。まだまだ紅葉には早いけれど、少し気の早い葉っぱは既に色付きを始めていて、橙色の葉に注がれる黄金色の夕陽の光はとても合っている。
そうなのだけれど、
「………」
そんな景色を愛でるよりも、今は緊張の方が大きかった。
なぜなら、今隣には朝陽君がいて、友美はいない。
「いやー、大分涼しくなってきたねー。今の時間でも、結構寒いや」
しかし、そんな私とは裏腹に、朝陽君は何も気にしてない様子で暢気に言いながら通常運転だ。
「………ふぅ」
思わず、ため息をつきたくなるのを、息を吐き出して誤魔化した。
放課後になると、すぐさま2組の教室に向かった。
放課後が始まってすぐに行ったものだから、教室には帰り支度や部活の準備でガヤガヤしている皆がまだ沢山いた。割りかし人の少ない昼休みにばかり行っていたので、ほとんど知らない子ばかりの教室に、少し面食らってしまった。
恐る恐る教室を覗くと、友美はちょうど帰り支度を済ませて、鞄を机の上に載せていた。
ちゃんと友美も居てくれたと、ホッとしながら友美の席に近づいて行った。
「よーし、じゃあ帰ろうか!」
もう、昼間のように緊張することなく手を挙げながら元気に友美に声を掛けた。
「あっ、ちゃんと来たんだね、楓」
「当たり前だよ。私は、ちゃんと約束を守る子だからね」
腰に手を当てながら、踏ん反り返って答えた。
「はいはい。じゃあ、私先に帰ってるから、朝陽君と一緒に来てね」
「…へっ?」
思ってもみなかった申し出に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「えっ?友美も一緒に行くんじゃないの?」
訳も分からず、友美に問い掛けた。
「えっ?別に楓は私の家知ってるから、一緒に行かなきゃいけないわけじゃないでしょ?それとも、私の家も忘れちゃった?」
戸惑っている私に、友美は友美でキョトンとしながら答えた。後半にまたイジワルなことを言われたけど、友美の表情は明らかに楽しんでいるようだったので、これはあくまで冗談のようだった。
「いや、もちろん友美の家は分かるけど…っていうか、一緒の家向かうんだから別々に行く必要もないでしょ?私たち、一旦家に帰る訳じゃないし」
「まぁ、それはそうだけど…」
私としては、当たり前のことを言っただけだけど、友美は何だか気まずそうに視線を逸らした。これまで自信満々にしていた友美にしては、珍しく態度が煮え切らなかった。
「ちょっと、部屋も散らかってて片付けたいし、少し準備もあるし」
友美は、目を逸らしたまま言った。しかし、その言葉は明らかに歯切れが悪い。そして、その態度とは関係なしに友美が嘘を言ってることは明らかだった。
だって、友美の家に昔何度も遊びに行ったことはあるけど、友美は綺麗好きで友だちを待たせなきゃいけないほど部屋が散らかっていたことなんてない。
「散らかってるって、友美の部屋は…」
「ともかく、今日はごめんね。じゃあ、私先に行くから来てね」
私が言い終わるのを待たずに、友美はそそくさと鞄を手に取って席を立った。
「じゃあ、また後でね。くれぐれも、朝陽君と噂にならないように気を付けてねー」
言うなり、ピューという効果音が聞こえるんじゃないかと思うスピードで友美は足早に教室を出て行った。
あまりのスピードに、呆気に取られてボーッと突っ立っていたら、遅れて友美からの言葉が頭に届いた。
友美が一緒に帰らない本当の理由はそっちか!!
遅れて気付いたことに、一気に顔が赤くなるのを感じた。
「あっ、天音さん、来てたんだね。あれ?牧町さんは?」
そんな所に呑気に登場するのは、いつもの調子の朝陽君だ。
多分赤くなってる顔を気付かれたくなくて、朝陽君の方はあまり向かずに答えた。
「うん。何か、片付けとか準備もあるみたいで」
「あぁ、そうだよね。急にお邪魔することになったから、色々やらなきゃいけないこともあるよね?」
いやいや、違うんですよ朝陽君。
友美が言っていたことを純粋にそのまま信じようとしている朝陽君に、手を振りながらすぐさま否定したかった。
しかし、言ったところで多分朝陽君はキョトンとするばかりでよく分からないだろうし、変に朝陽君に気を遣わせてしまうのも嫌だった。
「まぁ、そんな感じだよね」
ただ、全部そのまま肯定してしまうのはそれはそれで嫌だったので、こんな曖昧な返事で濁した。
「じゃあ、行こうか」
そして、朝陽君は当たり前のように笑顔でそう言った。
それは、朝陽君からすると当然のことだし、そもそも昼にそういう話をしていて、私も三人で一緒に友美の家に向かうものだと思っていた。
でも、今こうして朝陽君と二人で友美の家に向かわなきゃいけなくなり、そこにさっき言われた友美からの言葉も思い出されて、変に緊張してしまう。
「……うん、行こうか」
少し間を空けて言い淀んでしまったが、もちろん朝陽君はそんなことに気付くはずもなく、満面の笑顔で「うん」と元気に答えてくれた。
そうして、今二人で友美の家に向かってるわけだ。
「牧町さんの家って、結構遠いの?」
真横を歩く朝陽君が、聴いてきた。
「うーん、学校からはそこまで遠くないかなー。大体歩いて20分くらいかな」
「あっ、じゃあそこまで遠いわけじゃないね。むしろ、僕もそれくらいかも」
「あれ?そういえば朝陽君ってこっちの方で大丈夫だった?」
友美の家と私の家は割りかし近くて、今こうして歩いている道もいつもと同じ道だった。途中で家方向とは違う道に逸れるけど、そこから友美の家はそんなに掛からないので帰りもそんなに支障はない。
でも、自然と行くと朝陽君は言ってくれたけど、今更ながらもしかして朝陽君は大分帰りが遠くなっちゃうんじゃないかと、気になった。
「あぁ、大丈夫だよ。僕も方向的には同じだし、まぁ僕の場合は遅くなっても特に大丈夫だし」
そう言って、朝陽君は笑った。
男の子は、その辺りはあまり気にしなくて良いからいいなーと思った。私なんかは、両親(どちらかと言うと主にお父さん)が少し過保護過ぎるきらいがあるから、少し遅く帰ろうものならすぐさま夕食の時間に釘をさされる。そもそも、こんな田舎町で遅くまで出歩いていたところで特にやることもないので、遅く帰ることなんてまずないけど、友だちの家に行った時などに時間を気にしなきゃいけないのは高校生になってからは億劫だった。
「そっかー。やっぱり、男の子だと帰る時間遅くなっても特に何か言われることないのかな?」
「うん、まぁ、そうかな。言われてたこともあるけど、最近は全然言われなくなったね」
やっぱりそうなのかー、と思ったところで、ふと朝陽君の言い方が気になった。
「『言われてたこともある』って、帰り遅い時があったの?」
朝陽君は、普段の立ち振る舞いとかを見てても恐らく真面目な子だと思う。そんな子が遅くまで出歩いてることが意外で、思わずそんなことを聞いていた。
「あぁ、うん…まぁ、学校で宿題やったり本読んだりしてて、ちょっと帰りが遅くなることとかあったからね」
朝陽君は、苦笑いを浮かべて言った。
何だ、遊び歩いてたんじゃなくて、やっぱり真面目な理由だったんじゃないかと、内心でホッとしてる自分がいた。
もしも、実は朝陽君が遊びに出歩いてたとしたら、私はどう思ってたんだろう?
そんなことを考えてみて、すぐに何でそんなことを考えたんだろうと思った。
「なーんだ、そういうことね。てっきり、朝陽君が夜遊びしてたのかと思って、一瞬ビックリしちゃった」
冗談で、笑いながら今思ったことを口に出した。そうして笑いながら、少し朝陽君の方に目を向けた。
笑う私に、朝陽君は特にこちらを向くことなくただただ苦笑いを浮かべていた。その表情を見て、思わず笑いが固まった。
あれ?
こういう時、朝陽君は決まって「そんなわけないよー」とか言いながら笑ってくれていた。だけど、今朝陽君は苦笑いを浮かべて私の方を見ずに真っ直ぐ前を向いている。
何か、見てはいけないものを見てしまったように思えて、すぐに視線を前に戻した。
「…そんなわけないよー。夜遊びって言っても特にできることないしね」
遅れて、朝陽君はそんな風に答えた。
でも私は、さっきの朝陽君の表情が忘れられず、でもそんな動揺を悟られてはいけないと、「そうだよねー」となるべく軽く答えて、そのまま何でもない雑談に話を移した。
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「…牧町さんの家って、もしかしてお金持ち?」
友美の家の前に着くと、朝陽君は見上げながらそんな声を上げた。
「まぁ、そう思うよねー」
苦笑しながら、朝陽君の呟きに答えた。
思わず、朝陽君がそんな感想を漏らすのも無理はなかった。私も、初めて友美の家に来た時は同じ感想を持ったことを思い出した。
久しぶりに来た友美の家は、まず門構えがおかしい。「門」自体あることが驚きだけど、白い外構の入り口には大きな木製の門扉があり、ここからでも家の全体が見えない。それほどまでに、そもそも門が大きい。
こんな田舎町にある家としては明らかに違和感で、むしろこんなお家が田舎にもあるもんなんだなって思う。
「多分、中に入った方が驚くと思うから、とりあえず入ろうか」
言いながら、呼び鈴(カメラが付いてるタイプのやつだ!)を鳴らした。
チャイム音が流れて、少し間を置いてブツッと音が切れて誰かが出る気配を感じた。
「…はい、どちら様ですか?」
少し警戒心を含んだ声は、友美ではなかった。
でも、その声には聞き覚えがあった。
「すいません、友美さんの友だちの天音と言います」
強張った声で言うと、ほんの少しの間を置いた後、小さなレンズの向こう側で「あー!」と何やら合点がいったような声が響いた。
「もしかして、楓ちゃん?昔、家に遊びに来てくれた」
先程とは打って変わって高くなった声で呼び掛けられて、思わずホッとした。
「はい、ご無沙汰しています」
「ごめんなさいね、最初誰か分からなくて。友美に用事だよね?」
「えっ…?あぁ、はい、遊びに来ました」
「そうなのね。今、戸開けるからね」
友美は、今日私達が来ることを言ってなかったのかと不思議に思ったけど、すぐにガシャリと扉が開く音が響いた。
「はい、今戸開けたから入って来てねー。玄関もすぐ鍵開けるから」
「はい、ありがとうございます」
そのまま、接続が切れた音がインターホンから聞こえてきた。
「…あれ?今のお母さんだよね?牧町さん、僕たちが来ること伝えてなかったのかな?」
まさしく、私が思ったことを朝陽君が代弁した。
「うん、何か聞いてない感じだったね。まぁ、とりあえず入ろうか」
少し引っ掛かるところはあったけど、とりあえず門扉を開けて中に入ることにした。
重い門扉を開けると、久しぶりの友美の家が見えてきた。
「うわー、本当に凄い」
中に入るなり、朝陽君が感嘆の声を上げた。
扉を開けると、すぐさま石畳のエントランス(多分、見た目的にもこの言い方が正しいと思う)が少し蛇行を描きながらお家までの道に続いていた。左右は、綺麗に整備された芝生が広がっていて、所々には小さな木が生えていてその枝先にはまだ青さを残した葉っぱが手を広げていた。
石畳のその先には欧州を彷彿とさせる綺麗なお家が建っていた。門扉を一歩入っただけで、小さなヨーロッパに入り込んだような雰囲気で、お家も洋風のチョコレート色のタイル張りで、芝生のお庭に相応しい装いだった。
何より、周りには田んぼが広がる田舎に、こんなお家があることが異質ではあった。
「確かに、天音さんが言うように中に入った方が凄いね」
「そうだよね。私も、初めて来た時いちいち驚いてて友美に苦笑いされてたしねー」
私が初めて来た時は、今の朝陽君のように落ち着いて驚いてなんていなくて、門構えに対して「すごーい!」、門をくぐって「すごーい!」と毎回歓声を上げていて(流石に、そこまでリアクションが大きかったのは、まだ小学生だったこともあるけど)、最初は苦笑いを浮かべていた友美も、最後の方は「楓、そろそろうるさい」と口元を手で塞がれてしまった。
しかし、とは言っても今までに何度も来たわけでもなく、久しぶりに見る友美の家はやはり凄い。
辺りをキョロキョロしながら歩く朝陽君に合わせてゆっくり歩いていると、カシャンと鍵の開く音が響いて、玄関の扉が開いた。
「いらっしゃーい!楓ちゃん、随分久しぶりね!元気してた?」
その扉の向こうから、友美のお母さんが顔を出した。
うっすらと茶色掛かったロングの髪が似合う、綺麗なお母さんだった。「お母さん」と言うには、しっかりとお化粧をされていて髪も整っていて、うちのお母さんとはえらい違いだった。確か、年齢も40歳は超えているはずだけど、見た目からはとてもそんな風には見えない。最後に見たのはそれこそ小学校の時で、何年も経っているはずなのに、友美のお母さんはあの当時に見た「綺麗なお姉さん」と言っても差し支えない風貌のままだった。
「はい、ご無沙汰してます。相変わらず、元気ですよ!」
「あら、随分しっかり挨拶するようになっちゃったわね。そちらは、クラスのお友だち?」
「はい、友美と同じクラスの朝陽仁君です」
紹介すると、朝陽君もペコリと頭を下げた。
「お邪魔します。友美さんと同じクラスの朝陽と言います」
「まぁ!随分イケメ…って、初対面のお友だちにそんなこと言っちゃ失礼ね」
思わず、口から飛び出してしまった言葉を咄嗟に引っ込めて、友美のお母さんは口元に手を当てて苦笑いを浮かべた。そんな仕草を見ると、ますます「お母さん」であることが不思議に思えてくる。
「大丈夫ですよ。朝陽君は、クラスでも王子様って呼ばれてますから」
すかさずフォローすると、「えっ!?天音さん、そういうの止めてよー」と朝陽君は困ったように苦笑いを浮かべていた。
「まぁ、やっぱり…」
「何してるの?お母さん」
キャッキャと喜んでいる友美のお母さんの後ろ、扉越しのところで友美が立っていてどこか冷めた様子でこちらをじっと見つめていた。
その目には、どこか見覚えがあった。
「あら、友美…」
「ごめん、突然友だち呼んじゃって。とりあえず、私の部屋に行くから」
お母さんの言葉を遮るように言いながら、友美は目で「早くこっちに来い」と言っていた。
友美とお母さんのどこかピリついたやり取りを見つめていると、友美のお母さんは困ったように私達に視線を向けて、玄関の扉を大きく開けてくれた。
「ごめんなさいね、こんな所で立ち話なんてしちゃって。さぁ、遠慮なく上がって」
迎え入れられた所に、私と朝陽君は「お邪魔しまーす…」と恐る恐る友美の家に入った。
私たちが入ったことを確認すると、「じゃあ、来てね。楓、私の部屋分かるよね?」と言い残すと、友美は踵を返して家の奥に消えていって、階段を上がるトントントンという音が聞こえてきた。
友美が去って、残された私たちの間には微妙な空気が流れた。何も言うことが思いつかずに固まっていると、「あはっ…」と友美のお母さんが困ったように笑いを零した。
「ごめんなさいね、何だか変な空気になっちゃって。友美も待ってるだろうから、早く行ってあげて」
友美のお母さんに促されて、ようやく私と朝陽君は思い出したように膠着が解けて、靴を脱いだ。
「じゃあ、部屋行ってくれたら、何か飲み物とお菓子だけ持っていくから。コーヒーと紅茶は飲める?」
「あっ、じゃあ私はコーヒーで大丈夫です」
「僕も、コーヒーで大丈夫です。ありがとうございます」
色々と友美のお母さんに気を遣われて、申し訳なさを感じながらそのまま友美の家に上がらせてもらった。
そのまま、朝陽君と連れ立って友美の部屋へと向かった。
「……なるほど、今日は珍しく帰ってきたと思ったらそういうことね」
一瞬、誰の声か分からなくて、思わずギョッとして少し後ろを振り返った。
朝陽君越しに僅かに見えた友美のお母さんは、先程の朗らかな表情とは一転して目を伏せながら沈んだ表情を浮かべていた。
それは、正しくは何だか苦々しい表情に思えて、見てはいけないものを見てしまったように感じて、慌てて前に向き直って友美の部屋へ向かった。
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久しぶりに来た友美の部屋の前で、ノックをしようかどうか迷ったけど、別に大丈夫だろうとそのまま扉を開けた。
「やけに遅かったね。お母さんと何か話してた?」
部屋に入るなり、キッと睨み付けられていきなり問い質された。
「えっ、別に、大した話はしてないよ。お久しぶりですねー、って話してただけで。あぁ、でも後でお菓子と飲み物は持って来てくれるって言ってたよ」
そう答えながら、朝陽君も部屋に入るように後ろ手で促した。朝陽君は、ほんの少し躊躇うよな素振りを見せたけど、「お邪魔しまーす」とやけに消え入りそうな声で言いながら、恐る恐る部屋に入って来た。
「……そう」
少し間を置いて、短くそれだけ答えると、友美は興味が失せたように視線を逸らした。その表情は、何だか言いたいことがあるように見えたけど、結局友美は何も言わなかった。
「とりあえず、適当に座って。椅子とかはないけど、クッションとかはあるから自由に使って」
久しぶりに入った友美の部屋は、予想通りと言うか白を基調としたシンプルな内装だった。最後に入ったのが小学校の時で、その時はもっと子どもっぽく、なおかつ女の子らしくピンクの家具なんかも置いてあったけど、今はそういったものは全てなくなっていた。
しかし、昔から綺麗好きなところもあったので、部屋は全体的に整理整頓が行き届いていて綺麗だ。先に帰って、部屋を片付けたということも考えられなくはないけど、それにしては当然机の上や床に余分なものが散らかってることもなく、本棚や机の上も隅々まで整えられていた。(自分の部屋は、突然の友だちの来客をすぐに迎えられる準備はない)
しかし、そうした違いがある中でも、一つ大きく違っていたのは、いつも部屋の中には置いてあった譜面台と、バイオリンケースがどこにもないことだった。
「部屋、大分変わったね」
勧められたようにクッションに座りながら、部屋を見渡して言った。
友美はベッドに腰掛けながら、「あぁ」と合点がいったように言った。
「楓が最後に家に来たのって小学生の時でしょ?そりゃ、流石に高校生にもなれば色々趣味とかも変わるよ」
「そうだよねー。だって、小学生の時に来た時は、結構ピンク色の家具とか可愛いもの沢山置いてあったもん」
「えっ、そうなの?」
思いがけず驚いた声を上げたのは、恐る恐るクッションに腰を下ろそうとしていた朝陽君だった。その表情は本当に驚いているようで、目をまん丸にしていた。
「えっ?…うん、まぁ確かにそうだったけど」
朝陽君がそんな驚いた反応をするもんだから、友美も決まり悪そうに苦い顔をしている。確かに、今の友美のキャラクターを考えると朝陽君のその反応は無理もない。
昨日から改めて話をして、少しだけクラスでの様子を見た限り、友美は高校では明らかに「クールキャラ」で通っている。もちろん、今の友美がそうなのは間違いないんだけど、昔を知っている私からすると、やっぱりそんな友美の姿はまだ少しだけ違和感がある。
「へぇー、そうなんだね。なんか、今の牧町さん見てると意外な感じだね」
しかし、そんなことは知ってか知らずか、天然な朝陽君は相変わらず素直にそんな私も思っている本心をいとも容易く口に出してしまう。
「うーん、改めてそんな風に言われると……」
友美は尻すぼみに言うと、恥ずかしそうに近くにあったクッションを引き寄せて抱き抱えた。自分の部屋だからか、今の友美はクラスで見るよりも随分リラックスしている様子で、そんな仕草を取ってしまうのが何だかんだ女の子っぽくて可愛い。
「いいじゃん。友美は、昔から変わらず可愛いんだから」
「うるさい。楓に言われると何か腹立つ」
朝陽君に乗っかって言うと、すかさず真顔に戻った友美がキッと私を睨んできた。いけないいけないと、私もにやけた顔を戻そうと思ったけど、どうしても頬が緩んでしまう。
「本当に、そう思ってるのにー」
「はいはい、分かった分かった」
ぶっきらぼうに言いながら視線を逸らした友美は、そんな口調とは裏腹に心なしか頬がほんの少し赤い気がした。少しからかってみたくてうずうずしたけど、流石にこれ以上は本当に怒られかねないのでグッと堪える。
「いつ頃から模様替えしたの?」
話題を戻した私に、友美はチラリとこちらを見て、私に他意がないと分かると小さく息をついて答えた。
「改めて言われると分かんないな。多分、中学校の時とか?気が付いたら少しずつ変えてたからよく分かんない」
そう言いながら友美は虚空に目線を向けて「いつだったかな?」と考える素振りを見せた。
確かに、小学校の時までは私も友美とはしょっちゅう一緒に居て、実際こんな風に家に行くくらい仲が良かった。
だけど、高校に入ってからは次第に疎遠になってしまって、それがいつからそうなってしまったのかはいまいちよく分からない。
でも、こうして今は友美の家に遊びに来れてて、数日前は少し険悪な雰囲気にもなったけど、少しずつ友美もまた気を許し始めてくれている様子で、それにホッとしてるし良かったと思う。
案外、友だち関係は案ずるより産むが易しで、何とかなるものかもしれない。
「そういう楓は、どうなの?部屋は昔のまま?」
思いがけずブーメランで会話が返って来たが、グッと言葉に詰まる。よくよく見ると、友美は口元が緩んでいて、明らかに確信犯であることが分かった。
「牧町さんも、天音さんの家言ったことあるの?」
朝陽君の疑問に、友美は待ってましたとばかりに笑顔で朝陽君に向き直った。その顔は、緩んだ口元を隠そうともせずにニヤニヤしている。
「あるよー。もう、大分昔になるけど、楓の部屋は…」
「あー!!懐かしい!!この漫画、好きで昔はよく読んでたなー!」
ことさら大声を上げながら、勢いよく立ち上がって本棚に歩み寄った。完全に棒読みでわざとらしい紛らわし方なのは自覚してる。
「あぁ、それ?確かに昔よく読んでたね」
「うん、懐かしいね!面白かったなー」
必死に気を逸らしながら、何となくその漫画の一巻を手に取った。そこまでやってしまった以上は後には引けず、パラパラと適当にページを捲った。視界の端で、友美はニヤニヤとこちらを眺めているのが分かるし、朝陽君はキョトンとしてそんな私の挙動を眺めていた。
「あれ?何かあったの?天音さん」
しかし、ここで惚けながら普通に聞いてくるのが朝陽君だ。朝陽君の至極当然な疑問に、思わず顔が赤くなるのを感じて、そう思うや否や隣で友美が笑い声を爆発させた。
「あはははは!いやー、何となく気付いてたけど、朝陽君最高だね!その畳み掛けは最高だよ!」
友美は、お腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
「いやー、前に楓の家に行った時はまぁまぁ散らかってたから、今もそうなのかなーって」
「って、何サラッと自然にバラしてるの!?」
笑いに紛れて投げられた爆弾に、思わず大声でつっこんだ。しかし、友美はゲラゲラ笑うばかりでまともにこちらを見ようともしない。
「い、今は結構ちゃんとキレイにしてるもん!掃除も定期的にしてるし!」
必死に弁明するけど、顔がどんどん赤くなってるのを自覚する。
「なるほど、それで」
「朝陽君は朝陽君で、すぐに納得しないで!」
謎が解けてスッキリしたように朝陽君は笑顔で手を打った。しかし、当然そこにはすぐさまツッコミを入れた。
こちらの必死さとは裏腹に、目の前の二人は一向に笑いが収まる様子がない。当然、どんどん顔が熱くなっていくのを自覚する。
その時だった。
トントンと部屋の扉が2回ノックされて、そのまま扉がガチャリと開いた。
「友美、コーヒーとおやつ持ってきたわよ」
友美のお母さんがトレイに私たちの人数分のコーヒーとお皿に持ったクッキーを持ってきてくれた。
「あっ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
すぐさま私と朝陽君がお礼を言った。
しかし、そのまま友美の方に目をやると、さっきまであんなにお腹を抱えて笑っていたのに、その笑顔はまるで最初からなかったかのようにスンと冷め切った無表情になっていた。
「ありがとう」
その無表情のままそう告げると、友美は立ち上がってトレイごと受け取った。
「こんなものしかなかったけど、良かったかしら?」
友美のお母さんは、私と朝陽君の方を見ながら言った。
「…いえ、むしろクッキー好きなので嬉しいです!ありがとうございます!」
二人の間に流れる微妙な空気に動揺して、返答が少しだけ遅れてしまった。
「はい、僕も好きなのでありがとうございます」
朝陽君も私に続いて笑顔で答えた。それは、少しだけ動揺を見せてしまったであろう私と比べてとても自然な笑顔だった。
「そう、それなら良かった。じゃあ、ゆっくりしていってね」
友美のお母さんはそう告げると、最後にチラリと友美の方を見た。友美は、トレイを手に持ったまま視線を逸らしていた。それはまるで、早くこの時間が過ぎ去ってくれるのを、息を止めてじっと耐えているように見えた。
友美のお母さんは、そのまま何も言わずに、僅かに私たちに会釈して部屋を出て行った。
先程までの和やかな空気が一変して、部屋の中には微妙な重たい空気がゆっくりと流れていた。
「……じゃあ、冷めないうちに飲んで食べちゃおうか」
友美が言って、ようやく部屋の空気が動いた気がした。
「う、うん、食べよう!」
別にそんなこと言う必要もなかったのに、何か言わないとこの空気に耐えられなさそうで、返事をしながら佇まいを正した。
そんな私の様子に、テーブルにコーヒーを並べていた友美がチラリと私を見たと思ったら困ったように苦笑いを浮かべた。
「ごめんね。何か変な感じになっちゃって。ただ、これが私がバイオリンを弾かなくなった理由」
そう言いながら、最後に置いたコーヒーカップがカタリと音を立てた。