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君の歌が聴こえる  作者: ひふみん
6/8

第2章「私の楽器」①

物語が始まり出す、第2章開幕です!

新キャラも出てくるので、お楽しみに♫

 いつから、夏休みの後はこんなにも暑くなってしまったんだろう。


 小学生の時とかは、夏休みが終わって学校に行く頃は、こんなに暑くなかった気がする。あの頃、夏休みの時は半袖のTシャツ一枚でも少し外にいたらすぐに汗が吹き出してきたけど、二学期が始まる頃には長袖の制服を着て学校に行っても何も問題はなかった。


 それなのに、高校生になった今は、9月もそろそろ半ばを過ぎて10月もすぐそこだというのにまだ半袖シャツが替えられない。


 いい加減、衣替えもしてブレザーの制服とかも着たいなーって思うのに、この暑さじゃどうにもこうにもまだどうしようもない。


 だからこそ、


「あーーつーーいぃーー」


 女子にあるまじきこんな声が出てしまう。


「天音さん、少しリラックスし過ぎじゃない?」


 呆れた様子で苦笑いを浮かべながら、朝陽君が言った。


 朝陽君がそう言ってくるのもごもっともで、椅子に浅く腰掛けながらぐでーっとしながら下敷きをパタパタしている姿は、なかなか人にお見せできるものではない。


 これが、その場所に女の子しかいない時は、スカートでパタパタ仰いでしまったりすることもあるけど、流石に今ここでそれをするまで落ちぶれていない。(香奈子の前でそらをやると、「もう、この子は!」とお母さんが発動して、すぐに手をペシリと叩かれる)


 放課後、こうして音楽室に集まるのは既にお決まりとなっていた。音楽室に来る時間は、各々野暮用がある時は少し遅れたりするけど、基本的にはどちらかが来ると数分遅れでもう一人が来るという感じになっていた。それなのに、いまだに音楽室に向かう途中や日中の廊下では朝陽君と遭遇することはなく、それは不思議だった。


 でも、音楽室に来れば必ず朝陽君は居てくれた。


「朝陽君、音楽室にクーラー導入してよ」


 元々、ピアノはあるものの部屋の大きさや沢山の楽器が所狭しと置いてあるところから、「音楽準備室」と言った方が正しいこの部屋には、当然クーラーなんてありがたいものは付いていない。


 夏休みの間は学校に来て練習することもなかったので、真夏にこの部屋で練習するなんて地獄なことはなかったけど、残暑厳しいこの時期はまだまだこの部屋での練習もしんどい。


 かろうじて一つ付いている小窓を開けて多少なりとも風を入れようとしているけど、入ってくるのは遠くで練習している運動部の掛け声ばかりで、涼しい風は一向に入ってこない。


「いやー、僕にそんな力ないし、僕たちの為だけに設置してくれないよ。もう少しで残暑も終わるだろうし」


 朝陽君は、笑いながら正論を並べた。


 言ってきたことはどれもが全くもって正論だけど、この暑さを思うと今そんな正論は聴きたくなかった。


 思わず、「ケチ」と膨れてみると、朝陽君は「無茶言うなー」と笑った。


「朝陽君、よくこの暑い中であんなに涼しい顔でピアノ弾けるよね」

「そうかな?まぁ、確かに汗かきにくい体質っていうのはあるけど、言われてみればピアノ弾く時は結構集中してるから、あんまり気になってないかも」


 その集中力を十分の一で良いから分けて欲しい。


「すごいなー。私なんて、今の時期でもこの部屋で練習してたらすぐに汗だくだよ」

「僕だって、何もせずじっとしてたらそうなるよ」

「そうなの?それこそ汗かいてるの見たことないから、てっきりあんまり暑いって思ってないのかと思ってた」

「そんなことはないよ。汗はかかなくても、ちゃんと暑いよ」

「よし!朝陽君もそう思ってるなら、クーラーはいいから扇風機持って来てよ!」

「ドサクサに紛れて、そんなこと言ってもダメ」


 下らない話をしながら、それでも朝陽君は根気強く私のアホな発言をちゃんと拾ってくれる。


 どんどん、朝陽君とのやり取りが、教室でいつも香奈子としている会話と大差なくなってきていた。


「って、こんなアホなこと言ってる場合じゃない!」


 ガタン、と勢いよく立ち上がりながら声を上げた。「アホなこと言ってるのは…」と朝陽君が何やらゴニョゴニョ言った気がしたけど、キッと鋭い視線を向けると何でもないと言うように目を逸らした。


 そう、今日集まったのは、こんな無駄話をする為ではない。


「来年の大ステージ、どんな風にやるか決めよう」


 来年のフィナーレ花火の大トリステージで演奏をする。家に帰ってからもあれこれ考えてはみたけれど、いくら考えても最後に至る結論は、やっぱり出たいという想いだった。


 今もまだ、人前で演奏することの恐怖は拭えていない。現に、あれからも朝陽君の前でも一度も演奏はしていない。


 だけど、やはりあの時自分自身が「ステージに乗りたい」と思った気持ちは紛れもなく本心で、それはあのトラウマに対する恐怖心よりも上だった。


 だからこそ、ステージに乗るからにはそれまでに出来る限りの準備はする。そして、やるからにはやはりオーディションを勝ち抜いてぜひそのステージで歌いたい。


「そうだね。一年あるけど、オーディション自体は来年の5月だし今のうちから準備はしていった方が良いね」


 改めて募集要項を読んでみると、大ステージのオーディション自体は来年の5月下旬に行われる予定だった。オーディション参加のエントリーは来年3月半ばまでで、それまでにエントリーするメンバーと演奏する楽曲を決めなければならない。


 エントリー自体は自由ということなので、どんな人たちが参加してくるか全く分からない。当然、大人も多いだろうし演奏に慣れている人たちも沢山参加してくるだろう。


 そんな人達と競わなければいけないなら、準備は今から始めておいても早くはないだろう。


「そういうこと!というわけで、朝陽君としては何か演りたい曲とかある?」

「うーん、あるといえばあるんだけど、一つ提案良いかな?」

「はい、朝陽仁君!」


 恐る恐る手を挙げた朝陽君をビシリと指差して、先生よろしく発言を許可する。


 「何か、まるで議会みたいだね」と、私のアクションに朝陽君が苦笑する。しかし、「じゃあ、お願いします」と朝陽君もノリノリで言葉を繋げた。


「来年のステージ、僕たち二人だけで出るんじゃなくて、良かったらメンバー増やしてバンドで出るのはどうかな?」


 朝陽君から出てきた提案は、思いがけないものだった。


 しかしそれは、私自身も頭をよぎっていたことだった。


「それこそ、一緒にステージに出ようって言ったのは僕だけど、こんなに大々的に募集も掛けてるステージだから、多分例年の花火よりも凄く派手で大きな花火を打ち上げると思うんだよね。それだったら、二人だけのアコースティック編成よりも、もう少しメンバー増やして、バンド編成に出来たらどうかな?」


 来年のステージは、チラシの煽り文句からしても例年の花火ステージとは全然違うことは想像に容易かった。


 例年はオーディションなんてやることもなく、エントリーさえすれば基本誰でもステージに立つことができた。もちろん、来年もそのステージはステージで変わらずあるみたいだけど、その中でも大トリの演出や花火は比較にならないほど凄いことになるという噂だ。


 まだ、このステージ自体が始まってから4度目のイベントなのに、なかなか思い切った企画を考えるなと思ったけど、それだけ今回は気合いが入っているんだろう。


 そんな派手な演出のステージに、二人だけの演奏は流石にインパクトには欠けてしまうだろう。


「バンド編成ね。実は、私もちょっと考えてた」

「あっ、そうなの?」

「うん。結構噂によると結構大きなステージにするみたいだし、特大花火が打ち上がるんだったら、やっぱりバンド編成の方が映えそうだしね。あとは、何人かいた方が私のプレッシャーが減る!」


 最後は戯けて高らかに言ってみたけど、これはあながち冗談ではなかった。


 そんな私の心情を知ってか知らずか、「あはは、それもそうだね」と朝陽君も冗談ぽく笑ってくれた。


「でも、仮にバンド編成にするとして、朝陽君は誰か当てになる人とかいる?」


 何気ない感じで投げ掛けた問いに、朝陽君の笑顔がそのまま固まった。


「うーん、ごめんね。こんな風に提案しておきながら、実は特に当てになる友だちがいたりするわけじゃないから、そもそもメンバーを揃えられるかどうか、ってところなんだけど…」


 言いながら、朝陽君は申し訳なさそうに力なく苦笑いを浮かべた。


「えーっ、そんなー」

「うぅ、ごめんなさい」


 わざとらしく声を上げると、朝陽君は分かりやすくションボリとした様子で小さくなってしまった。


 予想通りの反応に、思わず笑いが零れた。


「なんてね、嘘嘘。そんなこともあろうかと、天音さんはちゃんと当てになりそうな子の候補が一人いるのです」

「えっ、そうなの?」


 腰に手を当てながら、偉そうにふんぞり返った。


「ふふーん、私に任せておいてよ!」


 そう言って、トンと胸を叩いて見せた。


 しかし、そんな風にしながら背中にチラリと冷や汗を掻くのを感じた。


 確かに、当てはあるにあるけれど……


 勢い任せに朝陽君に大見得を切った手前、後には引けなくなったけど、頭の片隅でチラッと仁王立ちしているあの子の姿を思い浮かべて、軽く身震いした。


ーーー


 翌日、長い長い午前の授業がようやく終わり、四限目の授業の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。


 日直の号令に合わせて起立,礼をして、先生が教室から出て行くなり、教室内の空気が一気に弛緩した。


 皆それぞれ、待ってましたとばかりに「終わったー!」「お腹空いたー!」なんて言いながら、思い思いに席を立ったり、食堂に向かったり、いつものメンバーで机をくっ付けたりしながらお昼ご飯の準備を始めた。


 そんな中、私もお弁当袋を持ちながらソワソワしていた。


「楓ー、お昼食べよー」


 来た!と、思わず近付いてくる声に身構える。


 ゆっくりと、何でもないように振り向くと香奈子がいつものようにお弁当袋を持って近付いて来ていた。


「ごめん、香奈子。今日はちょっと無理なんだ」


 よしよし、自然に言えたぞ私、と自分の言い方に内心で拍手を送る。


 そこにすかさず、なるべく自然に見えるように、「ごめん!」と声には出さず両手を合わせながら申し訳なさを前面に押し出してアピールしてみた。


 いつも、お昼休みは香奈子と一緒にお弁当を食べているので、香奈子がこうしてやって来るのは定例だ。だからこそ、香奈子に何も言わずに行くのは流石に申し訳なかったので、来るのを待っていた。


 しかし、いつもと違った断りの返答に、案の定、香奈子はキョトンとした表情を浮かべた。


「あれ?楓がそんなこと言うなんて珍しいね。もしかして、ダイエット?」

「そんなんじゃないよ」


 明後日な方向の推理に、思わずクスリと笑った。


「ダイエットするとしても、お昼抜いたりしないよ。そんなことしたら、死んじゃう」

「それもそうか。食いしん坊の楓が、そんなことするわけないもんね」


 すぐ納得してくれたけど、納得いった理由に余計な一言が添えられていて、素直にうんと頷けない。


「えっ、だったらどうして?何か用事?」

「うーん、まぁ、そんなところだね」

「用事って?だって、何か委員会の活動とか…って言っても、楓は部活にも入ってなければ、委員会になんて入ってるわけもないから、そんなの以ての外か」


 何気に、ほっておくと香奈子の推理がどんどん進んでいくけど、それが漏れなく失礼なものばかりで、堪らず私もムッとして反論に出る。


「ちょっと、私もちゃんと毎日放課後に練習してる良い子ちゃんなんですけど?」

「あれは部活じゃないし、何より楓は先生に黙ってやってる活動でしょ?」


 私の反論は、秒で潰されてしまった。


「じゃあ、何でお昼休みに用事なんてあるのよ?」

「それは……」


 思いがけず食い下がる香奈子の追求に、言葉が詰まる。


 別にやましいことがあるわけではないし、サラッと「用事あるからー」とか言って行ってしまえばいいものを、こういう時にそういうことがなかなかできない。そもそも、香奈子が来るのを待たずに、さりげなく一言断って教室を出ていれば良かったと、そんなことを思ってももはや後の祭りだ。


 とは言っても、この期に及んでも香奈子に理由は言えなかった。


 だって、今から行こうとしている所に誰と一緒に行くのかを言えば、香奈子は100%イジってくる。


「とにかく、用事あるから!」


 結局、何も上手い言い訳が浮かばないまま、お弁当袋を引っ掴んで(これは忘れちゃいけない)勢い任せに席を立つ。そのまま、香奈子の顔は見ずに教室の出入り口へと歩いていく。


「じゃあ、香奈子また後でねー」

「あっ、天音さんまだ教室に居たんだ」


 振り向いて香奈子に向けて手を振った矢先に、背中から掛けられた声に固まった。


 ちょっと待って。まさか、そんなわけない。


 頭が混乱して、上手く思考がまとまらない。


 そう、ここにあの子が来るわけはないのだ。きっと、今聞こえた声は何かの間違いだ。


「何してるの?早くしないと、昼休み終わっちゃうよ?」


 続けて掛けられた声に、観念して恐る恐る振り返った。嫌な予想的中で、教室の入り口からひょっこりと顔を出した朝陽君が、キョトンとした表情を浮かべていた。


 目が合うと、天然のなせる業なのか、朝陽君はお得意の満面の笑みで呑気に手を振ってきた。手を振っている相手は間違いなくこの私で、というかそもそもさっき朝陽君は私の名前を呼んでいたから今更誤魔化しようがない。


 朝陽君は、気にしてないのかそれこそ天然のせいなのか、クラスに居た全員から漏れなく注目されているのに、全然気付く様子もなく私に手を振り続けていた。


「楓ー」


 固まっていた私に、今度は後ろからやけに猫撫で声が掛けられた。恐る恐るカラクリ人形のようにギリギリと振り返った。


 目線の先では、頬杖をついた香奈子が目一杯のニヤニヤ笑いを浮かべていた。


「ごめんね、邪魔しちゃって。そういうことなら、いってらっしゃーい」


 香奈子は、確実に勘違いしている様子で、頬杖そのままにヒラヒラと手を振っている。


「そういうことって、どういうことかな?」

「さぁ、どういうことだろうねー?」


 香奈子は、ニヤニヤしっぱなしで一向にその表情を収めようとしない。


「多分だけど、香奈子が考えてるようなことじゃないから」

「私が考えてることって?」


 香奈子に追及されるたびに、ドンドンと土俵際に追い込まれていく。


「さぁ、それは私には全く皆目見当が付かないけど…」

「あれ?何かあったのかな?」


 そこで、思いがけない朝陽君からの爆弾投下だ。


 絶妙なタイミングで投げられた朝陽君の言葉に、私は自分自身の顔が一気に沸騰するのを感じて、香奈子は堪らず笑いを爆発させた。


「あははは!いやー、朝陽君最高だよ!今度、一緒に話をしよう!」

「えっ?あっ、はい、良いですよ」

「もう、朝陽君も真面目に答えなくていいから!分かったから、早く行くよ!」


 言いながら、強引に朝陽君を回れ右させて教室を後にする。


 背中から大きく手を振りながら「じゃあねー!」とわざとらしく声を掛けてくる香奈子に、「後で覚えてろよー」と結局出来もしないであろう復讐を頭に浮かべる。


「どうかしたの?あの子、天音さんの友達だよね?」


 天然継続中の朝陽君に、ため息混じりに苦笑いを浮かべる。香奈子の側を離れたお陰で、ようやく一息ついた感がある。


「うん、そうだけど?」

「すごい明るくて楽しそうな子だね。一体、何の話をしてたのかは分からなかったけど」


 やはり、朝陽君はあの場でのやり取りは全く意味が分かってなかったみたいだ。まぁ、分かるはずないのは当然か。


「もう、分かってないなら適当な相槌打たないでよー」

「あれ?何か僕、変なこと言っちゃってたかな?」


 私の表情を見てか、朝陽君はすぐさま気まずそうな表情を浮かべた。しかし、それはそれでさっきのことを蒸し返すことになり、私も二の句が継げなくなる。


「いや、まぁ、別に変なこと言ってたわけじゃないけど…」

「あれ?そうなの?じゃあ、だったら何で…」

「あー!早く行かないとお昼休み終わっちゃうよね!さぁ、早く行こう、すぐ行こう!」


 香奈子の側を離れても、結局自分でどんどん深い墓穴を掘っていることに気付いて、話を誤魔化して足を速めた。頭の中に、香奈子のニヤニヤ笑う顔が浮かんできて、それをすぐさまブンブンと取っ払う。


「それにしても…」


 思わず、ボソッと呟きが零れた。


 チラリと朝陽君の方を見ると、特に今の呟きは聞こえていない様子で平然と私の少し斜め前を歩いている。しかし、それでまた別のため息が漏れそうになる。


 さっき教室に朝陽君が来た時もそうだったけど、今も廊下を二人で歩いていると、すれ違うクラスメイトや他クラスの子が、明らかに驚いた表情を浮かべている。それも、どちらかというとそんな反応を見せるのは皆女の子たちだ。


 それもそのはずで、朝陽君は私たちの学年の中で名の通った王子様だ。そもそも男子の中でも朝陽君と仲が良い子というのは聞くことがなく、そこに来て昼休みにこうして連れ立って歩いているのが私だ。多分、男子と歩いていたとしても少し驚かれるだろうに、ましてやそれが女子の私なんだから、周りからそういった視線を投げられるのは当然のことだろう。


「……」


 それなのに、当の本人はそんな視線や私の心中なんて気付かない様子でニコニコ涼しい顔で歩いている。


「……はぁ」


 結局、漏らさないようにしようとしていた溜息はあっさりと漏れて、教室に行くまでに無駄に体力を消耗することとなった。


ーーー


「さて、ちゃんとまだ教室にいるかな…あっ、大丈夫だよ!」


 1年2組の教室入口。自分の教室なのに、さっき私の教室に来た時のように恐る恐る中を覗き込んだ朝陽君が弾んだ声を上げた。まるで、宝物を見つけた子どものように無邪気にはしゃぐ朝陽君に、つくづくこの子は掴めないなーなんてことを思う。


 朝陽君と違って、ちゃんと別クラスの部外者である私は、恐る恐る朝陽君の後ろから教室を覗き込んだ。入り口近くに座っていた女の子たち数人が、そんな私たちの様子を見てギョッと驚いたようだったけど、とりあえずもう気にしない。


 見ると、教室窓際の席の一番後ろ。長い髪が印象的な女の子が、頬杖をついて窓の外を眺めていた。机の上には何も置いてなくて、すでにお昼ご飯も終えているようだった。


「うーん、ちゃんと居るねぇ」


 分かっていたこととはいえ、改めて居ることが分かるとすぐさまこの場から尻尾を巻いて逃げたくなる。あの子は、休み時間とかにどこかに行くことはほとんどなく、昔からああしてぼーっと窓の外を眺めて過ごしていることが多かった。


「よし、じゃあ行こうか」

「…へっ?」


 言うが早いか、朝陽君は勝手知ったる自分の教室にスイスイ入って行って、迷わずあの子の元へと向かっていく。


 私は、まだ心の準備ができてないんだけど!


 そんな私の心の声は当然聞こえるはずもなく、朝陽君はあっという間にあの子の側まで行ってしまった。そうなれば腹を括って、慌てて朝陽君の後を追った。


「こんにちは、牧町さん。休み時間に突然ごめんね」


 朝陽君は、私と初めて会った時のように実に自然な笑顔と声で話し掛けた。


「…えっ?」


 最初、自分に声を掛けられたと気付かなかったのだろう。一歩遅れてあの子が頬杖を解いて、こちらを向いた。


 パッと振り返るときに、窓から吹き付けてきた風に髪が靡いた。サラサラとたなびく髪の間から見えた顔は、相変わらずパッと目を見張る綺麗な和美人だ。少しきつめに見える印象的な眼も、この子にはとても似合っている。


 朝陽君と同じクラス、そして私の幼馴染である牧町友美は、驚いた表情を隠しもせず私たちの方を見た。


「えっ、朝陽君?どうして?」

「や、やっほー、友美―」


 恐る恐る、朝陽君の後ろから手を振りながら登場した。一応、笑顔は作っているけど、自分の笑顔が分かりやすく引き攣っているのを自覚した。


「…って、何だ楓か」


 私の姿を確認するなり、友美は驚いた表情を引っ込めて一気に興味を失った様子で、また頬杖をついて窓の外を眺め始めてしまった。


「わー、すぐに興味をなくさないでよ、友美―!」

「あれ?どうかしたの?」


 またしても天然炸裂の朝陽君が、気の抜けた声を上げた。


「というか、二人って知り合いなの?」

「そ、それは…」


 朝陽君からの問い掛けに、思わず言葉が詰まる。


 しかし、その態度がまずかった。友美はほんの少しだけ私の方に顔を向けて、すぐに顔を逸らしてしまった。


「まぁ、知り合いっちゃ知り合いだね」

「あー、友美怒らないでよ!ごめんってばー!」


 ヘソを曲げてしまった友美は、ますます振り返ってくれなくなっている。


 慌てふためく私と、そっぽを向いて一向にこちらを見てくれなくなってしまった友美という対照的な二人の様子に、朝陽君は目を丸くして交互に私たちを見るばかりだ。


 しかし、ここで下手に朝陽君から何かを言われたらまた虎の尾を踏みかねないので、私から種明かしをする。


「知り合いじゃないです。小さい頃から同じ近所に住んでいる、いわゆる幼馴染です」


 思わず、敬語で答えてしまった。それは、紛れもなく緊張していたからだけど、こうすることによって少しでも私の誠意が友美に伝わってくれたら、と思う。


 そんな私の返答に対して、友美はまだそっぽを向いたまま全然こっちを向こうとしてくれない。こちらから顔は見えないけど、おそらくムスッとした顔をしているのは容易に想像ができた。


 私の呼びかけに全く反応を見せない友美に、流石の朝陽君も何かを察して、私と友美のやり取りを黙って見守っている。


 だが、おそらくこのままこちらから呼び掛けたとしても友美はこの態度を決して崩さないだろう。


 かくなる上は、、


「ごめんってば、友美―!!クラス別々になってから全然連絡とか取ってなくて、クラスにも遊びに行かなくなったこと謝るから、許して―!!」

「うわ、暑苦しい!!」


 必死に、友美に抱きつきながらの泣き落としだ。


「ごめんー!ごめんなさいー!!」

「あぁ!もう分かった!分かったから、早くこの馬鹿力を緩めなさい…!」


 しがみ付いて離れない私を、あながち冗談でもない本気の力で引き剝がしながら、ようやく友美がこっちを向いてくれた。(いや、正確には向かせた)


「…ったくもう、楓は昔からこういう時は無駄に力強いんだから。制服皴になったらどうするのよ」

「大丈夫!制服がしわくちゃでも、友美は充分可愛いよ!」

「そういうこと言ってるんじゃない、バカ」


 言いながら、ピシリと頭にチョップが振り下ろされる。これも、あながち冗談でもなく結構痛い。


「…結構痛い」

「最後の一言は、完全に自業自得でしょ。いや、そういえば今ここに来た時からそんな感じだし、何ならもう一発お見舞いしておこうか?」

「間に合ってます!」


 頭を両手でガードしながら、瞬時に友美から距離を取る。


「…で、さっきから横でクスクス笑ってないで、そろそろ事情を説明してくれるかな、朝陽君」


 見ると、今度は朝陽君が私たちに背を向けて、背中をプルプルと震わせていた。


「…ごめんごめん、何か二人のやり取り見てたらコントみたいだな、って思っちゃって」

「どこが!」

「コントだったら、私がボケで友美がツッコミで間違いないね」

「あんたもすぐ乗るな!」


 油断して近付いて行ったところに、すかさず友美のツッコミチョップが入った。


 そのやり取りに、今度こそ我慢の限界だったみたいで、朝陽君は吹き出しながらお腹を抱えて笑い始めてしまった。


 説明を促されていた朝陽君が、とてもそんなことできる状態ではなくなってしまったので、コホンと咳払いをして私が代わりに話し始めた。


「では、不肖この天音楓が、今回の経緯についてお話します…」

「ごめんー、牧町さん居るかな?」


 私の声を遮るように、友美を呼ぶ声が飛び込んできた。


「うん、いるよー。どうかしたかな?」


 待ってましたと言わんばかりに、私の脇から顔を出して、呼び掛けてきた女の子に手を振って存在をアピールする。その顔は、今のところ私が一度も見てない本当に嬉しそうな笑顔だった。


「お昼休みにごめんね。何か、先生が用事があるから来てって言ってるんだけど…」

「オーケー!全然行けるから大丈夫。むしろ、呼びに来てくれてありがとう!」


 言うなり、友美はすぐさま立ち上がってチラリと私を見た。


「と、いうわけで、先生のお呼び出しなら仕方ないから私行くね。じゃあねー、楓ー」


 そのまま、ヒラヒラ手を振りながら勝ち誇った笑みを浮かべながら私たちの横を通り過ぎていった。


 当然、私はその場で地団駄を踏んだ。


「ズルいぞ、友美!ここからが本題だったのに!」

「そんなこと言っても、本当に先生の呼び出しなんだから仕方ないでしょ?文句なら、私じゃなくて先生に言ってよ」

「そうだよ、天音さん。流石に、今は仕方ないよ」

「あー!朝陽君まで、友美の味方し始めた!」


 まさかの裏切りもあり、もうなりふり構わずギャーギャー騒ぎ立てた。しかし、友美は振り返りもせず手を振りながら教室を出て行こうとする。


「じゃあ、放課後また来るから、帰らずに教室に居てね!絶対に居てね!」


 結構大きな声で言ったので、聞こえてないわけはないと思うけど、友美はそれでも特に振り返ることなくそのまま先生の元へと向かってしまった。


 友美が出て行き、教室の中は一瞬シンと静まり返った。しかし、すぐに思い出したように昼食を終えた教室の生徒たちが各々喋り出して、教室にはいつもの休み時間の空気が戻った。


「…天音さん、お昼どうする?良かったらここで食べてく?僕もまだ食べてないし」


 今の私の大立ち回りなんて何も気にしてない様子で、朝陽君からの申し出は呑気なものだった。


 しかし、いざ冷静になってみると、朝陽君と連れ立って別クラスの教室に入ってきたと思ったら、友美と何だかんだ言い合いをして、挙げ句の果てには私の方が追い縋るように友美に投げ掛けた言葉はキレイにスルーされた。


 傍から見たら随分と滑稽な光景で、それを思い出して今からながら顔が赤くなってきた。さっきまでは、「友美に言わなきゃいけない!」が強過ぎて、あまり周りが見えてなかった。


 そんな中で、そのままこの教室で、しかもあろう事か朝陽君と仲良くランチタイムなんて、後からどんな噂になるか分かったもんじゃない。


「…ごめん、朝陽君。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、今日は私は自分の教室戻って香奈子と一緒にお昼食べるよ」


 自分の教室に戻ったら、昼食を終えた香奈子が、ニヤニヤしながら根掘り葉掘り色々聴いてくるんだろうなということは容易に想像できたけど、今ここで朝陽君と一緒に居るよりは幾分か傷は浅そうだ。


「放課後、また来るから出来れば友美のこと食い止めておいてね」


 きっと、友美のことだから何もしなければ普通に聴いてないとか言って帰ってしまうだろうから、せめてもの保険だ。


 でも、それでもあの友美のことだから、問答無用で帰っちゃったりするのかなーなんてことを思いながら、朝陽君に手を振ってトボトボ2組の教室を後にした。


続きは、また今しばらくお待ち頂ければと思います。

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[良い点] 青春している。 とても青春している。 [一言] こんにちわー。 仕事を転職して今地獄をみています汗 あまり感想書けなくてすみません。 正直癒されましたw とても馬鹿な感想ですみません。…
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