序幕
「海に向かって」の次に描く夏の小説です。
今作は、「音楽」をテーマに物語を創っていきます。
同じ青春小説ではありますが、「海に向かって」とはテイストも変えて、更にクオリティ高い作品にしていこうと思っています!
もちろん、「海に向かって」読んでない方も、こちらからぜひお読み頂ければと思います!
音楽を文章で描いていきますので、ぜひ音や風景をイメージしながらお読み頂ければ幸いです。
ピアノの音が聴こえる。
自分が鳴らしているはずの音が、どこか他人事のように聞こえる。
でも、鍵盤を弾く度に音符通りにその音は鳴っていて、何度も練習を繰り返して覚えたそのメロディを、ピアノは奏でてくれていた。
頭の芯の部分がぼんやりしていて、全身の感覚がひどく曖昧だった。それでも、鍵盤を弾く指先だけはジンジンと痺れていて、音を鳴らす度にじんわりと微かな痛みが広がった。
辺りは曖昧な暗闇に包まれていた。その暗闇の中で、闇に溶け込むことなく漆黒のピアノは光を反射させ、艶やかな光沢を帯びてそこに在った。その中から浮かび上がるように並ぶ真っ白な鍵盤を弾いて、音を紡いでいく。
それはまるで、この場所に自分とピアノしか無いような感覚だった。
たった一人、何もない真っ暗な夜空に向かって演奏を続ける。
いや、そうじゃなかった。
曖昧な感覚の向こう側、やけに遠くの方から、一緒に演奏してくれるバイオリンの音色と、リズムを叩いてくれるドラムの音が聴こえる。
それは、こちらに寄り添ってくれるような、合わせてくれるような音。
暗闇の中で、その二つが道しるべだった。その音を頼りに、ズレないように曖昧な感覚の中でメロディを鳴らしていく。
クライマックスは近い。
バイオリンもドラムも、それを分かっているから鳴らす音の厚みが増してきて、音の粒がハッキリとしてくる。
ボリュームが徐々に戻ってくる。全ての音が一つに収束するように、決して零れることなく一つの塊となって、音楽を創り上げていく。
ボリュームが上がる。曖昧な意識が浮上してくる。周りの輪郭が次第に戻ってくる。
気持ちが昂ぶってくる。その全てを吐き出すように、鍵盤を鳴らしていく。
盛り上がり、最高潮の前の一瞬の静寂。
そして、
頭上で大輪の花火が開いた。
全身を包み込む爆音と振動。ひどく曖昧だったはずの感覚を、無理矢理呼び起こすように、全身がビリビリと痺れた。
思わず、空を見上げた。
夜空一杯を埋め尽くすほどの大輪の光が爆発していた。
すぐに散り落ちてしまうその光を途絶えさせないように、次々に花火は打ち上がり、その光は幾重にも重なり合い、色とりどりに夜空を輝かせていた。
何も無かった真っ暗な夜空が、あっという間に光で満たされていた。
--あぁ、こんなに綺麗な花火を見ることは、きっとこの先一生ないだろうな。
そう思えるくらい、その花火はどうしようもなく綺麗だった。
花火は、とどまることなく上がり続けた。
色とりどりの光が降る下で、ただその光景をじっと見上げていた。この光景を絶対に忘れないようにと、頭が痛くなるくらいにその輝きを見つめた。
そして、落ちる涙が鍵盤を鳴らしてくれていた。