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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
ゴーストライク‐怪奇の町
86/196

4.こうもり姫とカエルの王子

 その昔、ゴーストライクは密林に囲まれ、空からの光が届かない闇黒の世界でした。

 偉大なるサンダーバードに見守られながら、多種多様な両生類の民族たちが国を築き、ベリーを囲んで平和的に暮らす楽園でもあったのです。

 とくに栄えていたのがカエルたちの国でした。カエルたちはベリーの恩恵をたっぷり受けながら常に新しい時代に備えて暮らしておりました。それでいて、古くからの暮らしを守りたがる他の両生類たちや、他の種族の民族たちの暮らしに寛容で、程よい関係を築いていたのです。


 しかし、そんな楽園に突然、見慣れぬ恰好をしたヒト族たちはやってきました。

 たくさんの新しい思想と技術を抱えて。


 それまでも、イシガメの一族のように古くよりドラゴンメイドの教えを守りながら暮らしているヒト族はいましたが、彼らはどうも違います。

 見たことのない服に、見たことのない武器。聞いたことのない学問に、考えたこともなかった価値観。ベリーの恩恵を受けずに発達したそのあらゆる異文化はカエルたちの心をぐっと掴みました。


 けれど、新しい世界からきた新しい人々は、ドラゴンメイドへの敬意などありません。便利なベリーをどんどん使っていきたい。そう考えて、楽園を切り開き始めたのです。

 そのことに怒ったのが爬虫類の民族たちでした。彼らはドラゴンメイドを全ての爬虫類の母であると信じているため、彼女の生きている証でもあり、財産でもあるベリーをむやみやたらに使う事を快く思っていませんでした。

 ましてや、密林を切り開くなんてもってのほか。とくにトカゲたちの怒りは強く、さっそくドラゴンメイドと深い結びつきのあるサンダーバードの祠へと向かい、怒りのこもった祈りを捧げました。その上で、たびたびヒト族たちの前に現れ、忠告を重ねていったのです。


 一方、カエルたちはというと、ヒト族たちの技術とベリーの知識を交換し、開拓する者たちとの関係をさらに深めていきました。その上で、彼らはお願いをしたといいます。密林の中には両生類たちにとって大切な沼地があり、その周囲だけは手を出さないで欲しいのだと。

 友好的なカエルたちのことを快く思っていたヒト族たちは承諾し、トカゲたちの怒りを余所に開拓は順調に進んでいました。


 そんな時代の中で、ある男女は出会ったのです。

 ひとりは抑えきれない冒険心を胸にやってきたヒト族の令嬢。そしてもうひとりはカエルの若者たちから慕われていた青年――カエルの王子でした。知識人たちが企画した交流会で出会ったふたりは、互いに心を通わせました。

 令嬢は身分ある人で、その上、とても美しい人でした。けれど、ある秘密を抱えており、生まれ育った故郷を離れ、この地へやってきたのです。

 彼女はお付きの者達より、こうもり姫と呼ばれていました。


 こうもり姫は生まれつきの病気により、発作に苦しんでいました。その発作を治めるのに必要なのが大量の血液でした。東の大陸で吸血鬼だと疑われるその病気こそ、彼女がここへ流れてきた理由でもあったのです。

 この地に眠る多種多様のベリーならば、この病を治す術も見つかるかもしれないと。それは長い間、こうもり姫の秘密でした。ところが、カエルの王子との交流が続いていく過程で、ひょんなことから病の事が彼に知られてしまったのです。

 こうもり姫は絶望しました。せっかく良い友達が出来たのに、きっと怖がられてしまうだろう。だから、これが最後だと胸に秘め、彼女はカエルの王子に訊ねました。


「この地には血のような味のするベリーがあるのだと聞きました。その存在をご存知ですか? もし知っていたら、どうか教えてください」


 カエルの王子は快く答えました。


「思い当たるものを知っています。生き血の実……あなた方の言葉でブラッドベリーと呼ばれるベリーのことでしょう。明日にでも実物を持ってまいりましょう」


 そして、言葉通り、カエルの王子はブラッドベリーを一つこうもり姫のもとへと持ってきました。カエルの王子はどうしても、こうもり姫の力になりたかったのです。

 彼の優しさに、こうもり姫は心を打たれました。そして幸いなことに、ブラッドベリーはこうもり姫の病気によく効く薬となり、こうもり姫にも明るさが戻っていきました。

 これがきっかけで、こうもり姫とカエルの王子はさらに交流を深めることとなりました。深紅の宝石が、姿かたちの違うふたりの男女を結んだのです。


 けれど、そんな二人の周囲にも、残酷なコヨーテは現れました。せっかく仲良くなっていった彼らを取り巻く環境をかき乱し始めたのです。

 事の発端は、ベリーを真面目に研究していた開拓民の知識人が、カエルたちの守る沼地の傍で当時から有難がられていたゴールドベリーを拾ったという出来事でした。

 彼が研究のために持ち帰ったその黄金の輝きは、次第に開拓民たちの心を惑わせていき、いつしか、彼らはカエルたちの目を盗んで沼地付近を荒らすようになりました。


 もちろん、カエルたちからは抗議の声があがりましたし、開拓民側の指導者たちも仲間に注意を促すようになりました。それでも、ゴールドベリーの魅惑は人々を狂わせ続け、じわじわと収拾のつかない事態になっていったのです。


 そしてついに、決定的なことは起こりました。

 何度注意しても侵入をやめない開拓民の姿に、トカゲ族の戦士たちがとうとう怒り、毒矢を放ったのです。毒矢は不幸にも数名のヒト族達に当たり、その全てが命を落としました。さらに、やりすぎだと抗議をした開拓民にもトカゲ族たちは襲い掛かり、酷い傷を負わせてしまったのです。

 そこまでくると、もはや修復は不可能でした。


 ヒト族の開拓民たちとトカゲ族たちとの戦争は起こり、互いに武器をとって殺し合うようになってしまいました。そしていつしか、開拓民の中でも最初は温厚だった者達まで武器を取るようになっていきました。トカゲ族たちも密林を巡って両生類の民族たちの不安を煽り、戦いに参加するように促していき、争いはどんどん飛び火していったのです。


 カエルたちも例外ではありません。王は散々悩んだ末、勢いに圧されるようにしてトカゲたちと共に戦うようになっていきました。

 一気に混乱は広まっていきました。密林はもはや楽園などではなく、ベリーを拾うのも命懸けの恐ろしい戦地になってしまったのです。


 けれど、カエルの王子はそんな中でもこうもり姫への想いを寄せ、どうにか、こうもり姫を救えないかと考えていました。

そして、悩んだあげくに彼が頼った先が、雪山より流れてきたマヒンガの祈祷師でした。

 孤独を愛する彼女は群れを離れて密林を住まいに選ぶと、イシガメの一族の巫女に新しい占術を伝えたほか、カエルやトカゲたちのあらゆる相談に乗っていました。この戦いもまた離れた距離から冷静に見ていた彼女は、冷静に告げたのです。


「心配はいらない。あらゆる命は奪われるが、あなたの愛するこうもり姫は救われよう。生き血の実ブラッドベリーは生き物の屍が大地と結ばれ、竜母に伝わることによって生じるもの。これからしばらく、その採取に困ることはないだろう」


 その言葉通り、争いで亡くなる人が増えれば、それだけブラッドベリーも数を増やしていきました。

 カエルの王子は何とか生き延び、ひと目を忍んでブラッドベリーをかき集めると、こっそり、こうもり姫にそれを届け続けました。そのお陰で、こうもり姫は発作に苦しむこともなく過ごせるようになりました。


 やがて、体力にも気力にも余裕が出てくると、彼女は戦いに暮れる人々の影で今の状況に飽き飽きしている人物たちを束ね、いつの間にか全く新しい事を始めました。

 それが、ブラッドベリー栽培です。

 カエルの王子が教えてくれた話をもとに、生き物の屍が土へとかえる場所を整えると、日々の食事のために屠畜された生き物たちの死骸をそこに集め、ブラッドベリーが生えてくるかどうか試したのです。

 その結果、少し工夫をすればきちんと生えてくることが分かり、さっそくこうもり姫たちはブラッドベリーの栽培を本格的に始めました。


 収穫したベリーはこうもり姫の病気に役立ちましたが、それだけでなく、ジャガー族など肉食系の住民たちとの取引に大きく役立ちました。 

 ジャガー族たちのような肉食種族は、伝統も大事でしたが、一族が飢えないこと、そして危険を冒してまで食べるために他種族を襲撃しなくていいことを知り、開拓民たちの技術や価値観に興味を持ったのです。

 こうしてこうもり姫たちはジャガー族をはじめとした肉食種族たちを味方につけていき、全ての開拓民を憎み始めていたトカゲ族や彼らに味方をしていたイシガメの民たち相手にも有利に振る舞えるようになっていきました。


 そして、多くの味方を付けたこうもり姫たちの開拓は進んでいき、ゴーストライクの町は築かれていきました。

 いつの間にか偉くなっていた彼女も、カエルの王子との良好な関係は続き、互いにどうにかこの戦いを終わらせるためのきっかけを探っていました。けれど、ふたりの願いもむなしく、戦いは増していくばかりでした。


 トカゲ族やイシガメの一族たちは、神聖なベリーを強引に栽培し始めたこうもり姫のことをあまり良く思っていませんでした。そのため、彼女の栽培地を壊してしまおうとしていたのです。

 そこで、彼らがまずしたことは、ジャガー族達に毒を盛ることでした。毒を受けたジャガー族達は無力化し、これまでのようにこうもり姫たちを守ることが出来なくなってしまいました。

 けれど、この事件に反発したのはこうもり姫の仲間たちだけではありませんでした。すでに、栽培されたブラッドベリーを有難く思う人々は増えていたためです。ジャガー族たちを裏切り者として無力化したところで、他の肉食系種族たちがこうもり姫たちの味方をするだけでした。


 こうしてじわじわと追い込まれたトカゲ族たちは、やがて、両生類の民族たちに呼びかけました。


「奴らはこれからも密林を奪っていくだろう。親しげなその表情に騙されてはいけない。産卵地を奪われれば、残された道は破滅のみだ」


 その言葉に両生類の民族たちは恐怖し、トカゲ族たちと共に戦う決意をしました。大事な沼地を、これ以上、荒らされるわけにはいかなかったのです。

 カエルの王もその戦いに参加することを表明し、カエルの王子も戦士としてその中に加わる事となってしまいました。

 愛か、伝統か、カエルの王子は迷いながらも、結局は父の為、母の為、そして明日を託すべきか弱きオタマジャクシたちのために、戦う道を選びました。


 こうもり姫はその報せを耳にし、運命を呪いました。彼との愛が結んでくれたものが、決定的な争いの火種となるなんて。けれど、この争いはもはやたった二人の力では止められぬものとなってしまっていたのです。


 結果的に、トカゲ族たちの魂の勝負は無残な敗北に終わりました。

 鋭い爪痕をその相手の心に遺せても、ブラッドベリーの農場は傷一つつかなかったのです。


 多くの戦士たちがゴーストライクに囚われ、ある者は速やかに処刑されていきました。そして、処分保留のまま囚われていた者の中には、あのカエルの王子も含まれていました。


 こうもり姫は彼の姿に動揺しました。

 ゴーストライクの人々は姫を慕っていましたが、カエルの王子への恩情については眉を顰めるばかりです。

 姫は悟りました。このまま自分の要望が通ったとしても、表向きは許され解放されたあとで、秘密裏に抹殺されることだってあるかもしれない。それだけ、人々の感情は怒りに染まっていたのです。

 ブラッドベリーをもたらしたのが彼であるなんて、戦で傷を負った大衆には関係ありません。ただ彼がカエルの王子であり、ゴーストライクへの奇襲作戦に参加していただけで大罪人だったのです。


 こうもり姫は悩んだ末、人目を忍んでカエルの王子がかつて教えてくれたマヒンガの祈祷師のもとへと向かいました。密林の奥でこの争いから距離を置いて時代を見つめていた彼女は、こうもり姫の訪れを予感していました。


「さあさ、あなたも祈りなさい。想いが伝われば、ひょっとしたら、竜母の夢の内容をハクトウワシがちょっと弄ってくれるかもしれないよ」


 その言葉を受けて、こうもり姫は祈るしかないのかと落胆しました。けれど、せめてもの気休めにマヒンガの物悲しい遠吠えの響きを聞きながら、いるかどうかも分からない精霊たちに向かって祈りを捧げました。

 その祈りはこれまで蓄積した感情そのものでもありました。血の飢えによる苦しみと、そこから救ってくれた優しいカエルの青年。見た目も育ちも違いすぎる相手との間に芽生えたその愛情と、運命との間に引き裂かれそうになりながら、こうもり姫はその感情を曝け出して祈ったのです。


 すると、不思議なことが起こりました。

 光輝く翼をもった鳥が密林の何処からともなく現れ、雷鳴を轟かせながら密林からゴーストライクの上空へと飛んでいったのです。そして、けたたましい声をあげると閃光が町を襲い、人々の身体を貫きました。

 ゴーストライクは瞬く間に混乱に包まれました……が、その姿はすぐに消えてしまいました。死者はなく、閃光に貫かれた人々も苦痛などは感じることなく茫然と怪鳥の現れた空を見つめました。けれど、何事もなくその夜は過ぎていったのです。


 奇怪な出来事による影響が現れ出したのは、翌日以降のことでした。

 閃光に貫かれた人々が、次々に両生類の姿へと変わっていってしまったのです。

 原因は不明、治療法も不明。元は人間であっても、体質は完全に両生類になってしまった仲間たちを巡って、ゴーストライクは再び混乱に包まれました。


 こうもり姫はそこで、捕虜となっていた両生類の民族たちの知恵を借りることを提案しました。命の保証と生活の保障、それらをはっきりとさせたうえで、両生類になってしまった開拓民たちを受け入れてくれるように頼みこんだのです。

 その際、死を覚悟していた両生類の民族たちは、いずれもホッとしたように承諾したと言われています。すでに処刑されてしまったトカゲ族たちの末路を見ていたこともありますし、そもそも自ら望んで戦った者ばかりではなかったのでしょう。


 ともあれ、このことがきっかけで、ゴーストライクは無理な開拓をしなくなりました。友人や知人、家族、そして自分すらもいつ両生類になってしまうか分からないとなれば、当然の事でした。

 こうもり姫はこのことを不気味に思いつつも、カエルの王子を救う良いきっかけになったことを密かに喜びました。

 けれど、自分が明日にでも両生類になるような気配はありません。両生類になる仲間は忘れた頃に現れるものの、その数は限定的だったのです。

 自分もカエルになれれば、彼と結ばれるかもしれないのに、そんな事をこうもり姫は思っていましたが、カエルの王子の方はこうもり姫の立場を冷静に見つめ、そして愛を胸にしつつも、彼女に申し出ました。


「この地もあなたを中心に新たな時代の夜明けを迎えることでしょう。そのためにはきっと、より広い視野が必要となるに違いない。あなたに必要なのは跡継ぎの望める最良の伴侶と、そして、ここより遠くの大地で様々な者を見つめ、あなたに伝えられるような自由な身分の友人。私はその友人になることを誓い、この地を去ることとします」


 それは、こうもり姫にとってとても辛い別れの言葉でした。けれど、彼の意向を尊重し、友として多様な世界を教えてくれることを願いながら送り出したのでした。


 それから、ゴーストライクはますます栄えていきました。

 こうもり姫の方針のもと、両生類の民族たちの暮らせる密林は守られ、時折、そこへ両生類になってしまった人々がやってくる。

 新しく両生類になった人々はそれまで身に着けていたゴーストライクの技術を持ち込み、両生類たちの守ってきた知恵と組み合わせて独自の文明が発展していきました。そのため、その周辺は新しいものが誕生する夜明けの場所――デイライトと呼ばれるようになったと言われています。

 

 一方、カエルの王子は故郷を離れ、ドラゴンメイドのあちらこちらを巡りました。あらゆる場所のあらゆる知恵を各地で飛び回るワタリガラスに託し、こうもり姫に伝えさせたと言われています。

 その中には呪いで身体が変化してしまった者達を元に戻せるかもしれない治療法も含まれていました。カエルの王子のくれた情報をもとに、マヒンガの祈祷師はいくつかのベリーを見繕い、その中で浄化の作用があるピュアベリーを両生類となった人々にそれを食べさせてみました。その効果は絶大で、多くの人々が元の人間に戻ることができました。

 それでもデイライトに暮らす両生類の民族たちとゴーストライクの人々の関係は変わりませんでした。何故なら、デイライトには敢えて元に戻らずに両生類としての暮らしに慣れ親しんでしまった仲間たちがいたためです。

 だから、ゴーストライクとデイライトは争わずに今日に至るのです。


 これを聞いた皆さん、両生類はお好きですか。

 その見た目が苦手だとしても、くれぐれも邪見に扱ってはなりませんよ。彼らはひょっとすると、私たちの兄弟姉妹かもしれないのですから。

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