6.さっぱりとした気持ちで
翌日、宿を去る時に、主人と共にサンショウウオ族の青年が見送ってくれた。
クランの機嫌はすっかり良くなっていたし、ラズの表情も晴れ晴れとしている。そして、ボクもまた清々しい気持ちで旅立ちを前にしていた。
デイライトは他と比べて少しじめじめした場所だったけれど、心の中はカラッと晴れた状態だ。それもこれも、昨夜、ひょんなことからイシガメの教えを少しだけ聴かせてもらうことが出来たからに他ならない。
晴れやかなボクの気持ちは、きっと宿の主人に伝わったのだろう。来た時は気難しそうでしかなかった彼の表情も、今は穏やかさが見え隠れしている。そんな主人の顔色に気づいたのか、時折、サンショウウオ族の青年は不思議そうに首を傾げていた。
「たった一晩、されど一晩だ」
宿の主人は腕を組みながら言った。
「良い時間を過ごせたかね。デイライトに滞在する旅人にとって、ここは唯一の止まり木でもあるが、その環境に胡坐をかかないよう努めているつもりだ。しかし、見えない不足もあっただろう。もしも何か気になることがあればその時は、手紙なりなんなりで教えてくれたらありがたいね」
ラズとクランはそれぞれ微笑んで頷いた。きっと、前に来た時も聞いたことがあるのだろう。そんな表情だった。
不満なんて特になかった。美味しい料理に楽しい時間。優しい従業員。ドラゴンメイドの中でもきっと異色の文化だったのだろうけれど、関わる人たちの温かさがあったからこそ、いい時間が過ごせたものだった。
ボクたちの表情を見て、サンショウウオ族の青年もまた、にこやかな表情を浮かべた。
「此処はうんと田舎だけど、ゆるやかに流れる湿った空気が心地良いとも評判なんです。もしもまた恋しくなったらいつでも来てくださいね」
その明るい言葉に、ボクもまた元気をもらった。
宿の外に出てみれば、周辺の店の人々がボクたちの姿を見て声をかけてきてくれた。
もう行くのかい、お元気でね、またおいで、ドラゴンメイドの導きあれ……。
両生類系の住民も、ヒト族の先住民も一緒だった。いずれも思いやりが込められていて、初めて来た場所なのに何だか懐かしい気分になる。声をかけてくれた人々の一人ひとりを確認してみると、昨日、宿でカードゲームをしていたあのカエル族の男性もいた。
「また会おうな、オオカミの坊ちゃん。次はお前の話も聞かせておくれよ」
ボクの顔を見て彼はそう言った。
誤魔化したつもりだけれど、誤魔化しきれなかったのだろうか。それでも念のため、ボクは言葉ではなく尻尾を振って彼に返事をした。
ラズと旅をし始めてしばらく経つけれど、こんなにたくさんの住民たちに温かく見送ってもらえたのは初めてだ。
村からゴーストライクに続くベリーロードの入り口で、ボクはラズたちと共に一度、デイライトを振り返った。密林に取り囲まれて存在するひっそりとした集落。閉鎖的な雰囲気であっても、少なくともここは通る者に温かかった。
「なんだか、前に来た時よりもずいぶんアットホームな場所になっていたな」
クランの言葉にラズは頷いた。
「そうね。前よりも余裕があるみたい。ゴーストライクやウィルオウィスプとの関係も良好みたいだし、平穏な時が続いているのでしょうね」
「だな。とにかく快適に過ごせたよ。来た時はどうなることやらって思ったけどさ」
「こっちの台詞よ」
軽口をたたくラズを、クランは悪戯っぽく睨みつける。キツネの外見ではあったけれど、その表情はまさしくタイトルページで関わった時のヒト族の見た目のクランと変わらないように感じた。
イシガメの最後の巫女が言っていたように、姿なんて関係ないのだ。大事なのは心。その言葉を胸に刻みながら、ボクはラズとクランに続いて、ゴーストライクに向けて歩き出した。
ゴーストライクは吸血鬼伝説が流行っているちょっと不気味な場所らしい。デイライトのような温かみなんて期待できないだろう。優しい両生類人なんていないし、どちらかと言えばミッドナイトに近い場所だとラズに教えてもらっている。
そうなるとちょっと不安にもなるけれど、ラズとクランが一緒ならば、きっと安心だ。
ベリーロードを歩きながら、ボクは密林のニオイを嗅いだ。
湿った空気が充満している。それと同時に、ピリピリとした緊張も嗅ぎ取れた。ここはまだサンダーバードの領地である。
偉大すぎる精霊たちは、今もボクたちの歩みを見守っているのだろうか。地底で眠るドラゴンメイドは、ボクたちの悩みをも夢の中で見つめているのだろうか。
彼女の夢のシナリオを書いているというハクトウワシの精霊は、ボクたちの歩む先にどんな景色を描いているだろう。常に傍にいるというコヨーテは、どんな悪だくみをしてくるのだろう。
そして、ボクはこの先も、もっともっとラズに近づくことが出来るだろうか。
あらゆる期待と不安を抱きながら、ボクたちはデイライトを後にした。
ゴーストライクへ向けて。ラズの兄、ブラックも歩んだはずのその場所へ、ボクたちはベリーロードを歩んでいった。




