12.変わらないもの
過ぎ去ってしまえばあっという間なもので、気づけばウィルオウィスプを旅立つ時が来てしまった。
ブルーとふたりで訪れたウィルオウィスプだったが、旅立ちは三人になった。
ウィルオウィスプで買い揃えたキツネ族用の緑のマントに身を包んだ彼は、傍から見ればとても私の弟になど見えないだろう。それでも、クランはいつ見てもクランだ。姿に慣れてしまえば、あとはいつも通り。つまらない事で喧嘩をし、隙を見ては兄貴面しようとする彼にちくりと言い返す。そんな感じだった。
ウィルオウィスプで別れを告げる相手は、意外と多かった。
フォードとワチャックはとうにクックークロックへ旅立ってしまったものの、一か月ほどお世話になった宿の主人と、通い詰めた〈キツネ色の恋〉の店主、それに、ベリー市場を管理していた市場長を始めとしたスタッフや同業者たちと、クランの主治医であったフレデリック医師などなど。
ウィルオウィスプでの日々は、主にクランのことで慌ただしく過ぎた気がするけれど、彼らとそれぞれ挨拶を済ませ、役場で旅立ちの手続きを取っていると、なんだか急に寂しさがこみ上げてきた。
ここに滞在している間に関わったキツネたちの顔が浮かぶ。
名前を知らずとも、旅をしてきた私たちに興味を抱いて旅の話を聞きに来たキツネ族住民もいたし、クランが新しい患者だと知ってたびたび雑談がてら様子を見に来てくれたキツネ化症候群の患者さんもいた。
神話や歴史の話で語られているような傲慢さは今の時代のキツネ族にはないらしく、ここに滞在している間に不快な思いをしたことは一度か二度くらいで、すぐに忘れてしまうようなことだけだった。
とくにキツネ化したクランにみんな優しくて、いかにしてキツネの人生を楽しむかのアドバイスをあれこれくれたりもした。
キツネ化を恐れる者にとって、ウィルオウィスプという場所は呪われた土地にも思えるだろう。けれど、旅立ちを前に振り返れば、ここでの日々はとても楽しかった。
キツネ達はみんな、ブルーがうっかり喋っても怯えない。
私がヒト族の姿のままでも、差別的な視線を向けてきたりしない。
フレッドの呪いの発祥地という印象とは全く違い、ここはキツネたちの温もりに包まれたとても温かい町だった。
諸々の手続きが終わり、ベリーロードと町の境にたどり着いた時、クランがふとウィルオウィスプの街並みを振り返りながら呟いた。
「なんだか寂しいなぁ。俺にとっては散々な日々だったはずなのに」
「それだけ皆が優しかったってことでしょうね」
私の言葉にクランは笑って頷いた。
「そういうことだね。デイライトもこんな感じで過ごせたらいいんだけどなぁ」
気怠そうに呟くものだから、ブルーが不安そうに訊ねてきた。
「デイライトは違うの?」
その問いにクランが答える。
「うーん、違うって言いきれるほどじゃないんだけど、デイライトは他の地域に比べて特殊でね。まあ、温かいかどうかは行ってみないと分かんないか。旅行記なんかじゃ、五回行って五回とも印象が変わったなんて書かれていたし」
「そうよ。まだ着いてもいないのに怯えることはないわ。嫌な思いをしたら、とっとと忘れてゴーストライクに向かえばいいんだし」
「確かにそうかもしんない」
そう言って、クランはさっと一歩を踏み出した。
彼に続いて、私とブルーも歩き出す。
ベリーロードを歩いて行けば、いずれは答えにたどり着く。ゴーストライクもたいがい不思議な場所だけれど、デイライトだって負けてはいない。サンドストームでトーテムベリーの神秘を目の当たりにする前に、きっと私たちはこの二か所でドラゴンメイドの大地の不思議に直面することだろう。
けれど、不思議ならば私たちだって負けてはいない。
赤ずきんに黒いオオカミ、そこにオレンジの狐が加わった。緑のマントをまとうキツネは何処からどう見てもキツネ族の青年で、とてもヒト族になんて見えないはず。それなのに、(本当は弟だけど)私の兄を名乗るのだから、出会う人々はきっと混乱するだろう。
本当に家族なのかなんて疑う人もいるかもしれない。
けれど、そういう人には好きなだけ疑わせていればいい。
公的な面でもクランがクランであるという証拠はあるし、彼の中身がその見た目の変化とは裏腹にちっとも変わっていないことを私がよく知っているのだから。
家族が家族であるということは、血の繋がりや見た目が似ているだけで決まるわけじゃないことを私はすでによく知っていた。
同じ両親から共に生まれて育ち、喧嘩も仲直りも星の数ほどしてきたクランとの間には、それだけ思い出という名の絆が生まれている。何度喧嘩をしても、クランはやっぱり憎めない双子の片割れなのだ。
それはブルーだって同じ。
マヒンガと呼ばれる彼と人間の私。生まれも育ちもすむ世界も違うけれど、彼と出会って数か月の間に結んだ絆は家族のそれとそう変わらない。
それは、義務だからときちんと役場に届けを出して、自分の飼い犬として認めて貰ったから生まれたものではない。首輪や鑑札だけが生み出したものじゃない。共に過ごし、共に会話をし、思い出を作って、心を通わせてきたからこそ生まれた絆なのだ。
ウィルオウィスプではビックリする再会があるだろう。
ミッドナイトで出会ったよく当たる可愛らしい占い師はそう言っていた。その上で、私ならばよい選択が出来るはずだと。
マルの占いは当たったけれど、彼女の見立てはさて当たるだろうか。そのお眼鏡が正確かどうかはさておき、私は私で常に最善を尽くすしかない。
せめて、彼女の信じる私でいられたらいいのだけれど。
次にまた彼女たちと再会する時までの旅が、出来るだけ明るいものであることをドラゴンメイドの夢に願いながら、私たちはベリーロードを歩み続けた。




