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Berry  作者: ねこじゃ・じぇねこ
よく当たる占い師‐ミッドナイト
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4.愛を求めるナイトメア

 命ある者が生まれ落ちて、最初に求めるものは何か。

 そんな質問をされたならば、あなた方はきっと「母親」と答えるだろう。すなわち、自分を庇護してくれる者の「愛」をひとびとは求めるものなのだと。


 それは確かなことである。

 生まれたばかりで穢れを知らぬ無垢な状態であるならば、誰もが「愛」を貰えると信じて疑わないだろう。


 その後、どのような環境が彼らを取り巻くのかは誰にも分からない。それこそ、この大地で起こる全ての事を物語にしてドラゴンメイドに伝えてしまうハクトウワシの目にも見えない未来の姿だ。

 生まれ育ち、そして死ぬまでに「愛」をどれだけ知ったかで、ひとびとの心は大きく変わる。良き心も、悪しき心も、その器によって生まれつき決まるものではないのだと、先人たちは言葉として残している。


 それは何も我々人間たちに限ったことではない。ケモノだってそうであるし、目に見えない高次元に暮らす精霊たちだって同じなのだ。とくに「愛」を求めてやまないものがいる。ドラゴンメイドの夢を荒らし、ハクトウワシの手掛けた夢の脚本を書き替えようとしてしまうナイトメアたちと、やがてはナイトメアになるエニグマたちだ。


 この話を聞くあなた方はきっと聞いたことがあるだろう。

 エニグマはコヨーテが生み出すのだと。

 それは正しい。


 コヨーテはあらゆる可能性の誕生のためにはドラゴンメイドの夢にも刺激が必要なのだと信じており、そのために人々の心を惑わして、もやもやした感情を掻き立てる。そのもやもやはやがてエニグマという精霊になる。

 そうしてエニグマはコヨーテに守られながら、負の感情を餌にどんどん大きくなっていく。

 やがて彼らはナイトメアになり、ひとびとの生活を街の片隅から覗くようになる。初めは何の特徴もない子どもだけれど、コヨーテの導きでエニグマは立派な大人に成長する。


 ある有能な目を持つ呪術師は言った。

 コヨーテによって育てられたエニグマは子馬のような姿をしているのだと。蜻蛉の翅を背中に持ち、アンテロープの角を一本だけ額に生やしているという。その角はひとびとのあらゆる感情に敏感であり、翅の生み出す振動は、周囲の者たちの感情を掻き立てる。そうして誕生するのが、他のエニグマたちであるのだと。


 エニグマたちは様々な経験を糧に成長していく。生みの親である子馬とは違った姿となり、ひとびとの暮らしを影から見つめ、刺激を与えるようになっていく。

 そして、気づけば、私たちの周囲はエニグマとナイトメアだらけになり、やがては混沌の波に飲み込まれていってしまう。

 コヨーテはそんな世界を見届けると、最初に育てたナイトメアの元から去っていく。

 次の世界、次の場所で再び刺激的な夢物語を作っていくために、成長したナイトメアにその街を託して旅立ってしまうのだ。


 原因となるコヨーテがいなくなった後もナイトメアはその場に留まることが多い。

 問題を排除しても誤解が誤解を生み、混乱が混乱を生む。そうしてナイトメアはエニグマを生み出し続け、仲間を増やしていくのだ。すべては自分を生んでくれたコヨーテのために。


 では、ナイトメアは悪い奴らなのだろうか。

 滅ぼすべき存在なのだろうか。

 きっと海を渡ってこの大地へやってきた人々ならば、武器を手に勇ましく吠えるだろう。人に害をなす存在は敵である、と。

 その勇ましさこそ讃えるべきであろうけれども、先人たちの教えとは大きく異なることを理解していただきたい。そして、今一度、知ってもらいたい。ナイトメアもまた己の宿命に翻弄されているのだと。


 一角と蜻蛉の翅の生えた子馬のことを、ワタリガラスの一族たちは古来より〈孤独の馬〉と呼んできた。それは、この大地に古くより暮らす全ての者達が影ながら語ってきた姿でもある。コヨーテに生み出され、大事に育てられ、仲間を増やせるまでに成長したナイトメアは、仲間を増やしながら再び自分を見つめてくれる者を待っている。

 自分の生まれた意味を考え続け、苦悩しながら役割を果たし続けている。

 その一方で、強く求めているものこそが「愛」であるのだ。


 けれど、気をつけなくてはならないこともある。「愛」とは押し付けるものではない。いきなり近づこうものならば、ナイトメアたちは恐れて暴れだすだろう。そうではなく、彼らの歩みや目線に合わせて付き合うことこそ重要だ。

 これは人と人との付き合い――もしくは自分自身との向き合いにも通ずること。

ナイトメアを愛することは、自他の不完全さに寛容となることでもある。

 彼らの姿が見える場所もあれば、見えない場所もある。しかし、見えないからといって、油断してはならない。誰にも見えずとも、ナイトメアたちは心あるひとびとの中に棲みついていることもあるのだ。


 生まれた感情はなかったことに出来ない。

 ただ闇雲に拒んだところで、すぐに消えてくれるものでもない。

 しかし、威嚇のために激高する必要はない。彼らの気配を感じたとしても、落ち着いて適切な距離を保ち、その姿を注意深く観察なさい。その存在を認めたうえで、考えてみなさい。

 彼らが何を求めているのか、彼らが何に苦しんでいるのか、答えは彼ら自身の姿にあるはずだ。


 深く冷静に考えようとする者にハクトウワシは助言をもたらす。あらゆる敬意を失わずに考え抜けたならば、ハクトウワシの頼みを受けたオオタカがあなたの脳裏に言葉をもたらしてくれるだろう。

 それが理解できた時、あなたはきっとナイトメアたちにさえも真実の「愛」を与えられる人になるだろう。


 真実の「愛」を知ったならば、ナイトメアたちは生き方を変える。

 そうなればもはや彼らはナイトメアとは呼ばれず、無垢なる精霊としてベリーの満ちるこの大地を謳歌するようになるだろう。

 あなたがもしもナイトメアを目撃したときは、思い出しなさい。そして、注意深く考えなさい。

 彼らが何を求めているのか。愛するとはどういうことなのかを。

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