2.旧友のお仕事
ボクはラズの隣であたふたしていた。
お昼の失敗があったのに、また同じような騒ぎを起こしてしまうなんて。どうしたらいいか分からないまま、周囲の人々を見上げていると、騒ぎを聞きつけたヒト族の宿の主人が駆けつけてきた。
人集りをかき分けてボクの元へやって来ると、ラズが透かさずボクを庇って主人に話しかけようとした。きっと、咎められるんだ。両耳を倒した、ちょうどその時だった。
「何事ですかな?」
ワタリガラスのアーノルドが首をかしげてうんと背を伸ばし、ボクの姿を見つけたのだ。
途端、彼はやや大袈裟なほどに翼を広げた。
「ややっ! そこにいるのは吾輩の大親友ブルー君ではないか!」
良く通る声はすぐに宿の主人にも届いた。すぐさまアーノルドへと視線を向け、強面に似合ういかつい声で彼は訊ねた。
「アーニーの友達かい?」
すると、アーノルドはパタパタと飛んでボクの傍までやってきた。遠慮なくボクの背中に飛び乗ると、そこから宿の主人を含めたすべての人間たちを見上げて、得意げに語り始めた。
「そうです。昔馴染みでしてね。とはいえ、ここから遠く離れた森の奥に暮らしていたはずなのですが……」
と、そこでちらりとラズの存在に気づき、じっとその顔を見つめた。そして、やはりわざとらしく頷いたのだった。
「ほほう、どうやらガールフレンドが出来て、人間の世界にやってきたらしいですな。オーナー、それにお集りの皆さん、心配はいりませんとも。マヒンガというと驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、彼ほど心優しくおとなしい人物はおりません。ドラゴンメイドの東西南北を飛び回った吾輩が言うのだから間違いない。マヒンガに限らず、すべての生き物の中でも無害な部類だと言えましょう」
明るく語るアーノルドの様子に、周囲の人々の視線が変わった。
宿の主人もとりあえずは納得したのか、それまでの警戒心を薄めると、ラズにひと言何かを言ってから、ボクと視線を合わせてきた。
「よいデートをね」
ひと言呟くと、すぐに立ち上がって客人たちに向かって告げた。
「お騒がせしました。引き続き、アーノルドのお話をお楽しみください」
そうして、のしのしと受付へと戻っていった。騒動はすっかり収まり、アーノルドも安心した様子で納得するとボクにそっと呟いた。
「積もるお話はまた後で。その時はお隣のお姉さんもぜひ紹介しておくれ」
言い終えると同時に翼を広げ、再び止まり木へと向かって飛んだ。
「気を取り直して……お集りの皆さんに今宵お届けしますのは――」
飛びながら調子よく話し始めるアーノルドの姿は、トワイライトの森でボクと話しているときと同じようで全く違った。これが人間界でのアーノルドの仕事なのだと納得し、ボクは興味深く眺めていた。
彼が語るのはドラゴンメイド中の、いわゆるゴジップというものだった。
オオカミの世界にだってこういう遠吠えは多々あった。別に珍しいことではない。だが、その語り方はオオカミのものと大きく違う。ただ単に情報を伝えるだけではなく、アーノルドは大袈裟で、それでいてクセになる話し方をするのだ。不思議なテンポに引きつけられて、気が付けばすっかりアーノルドの話に引き込まれてしまう。
それは、ボクだけではなく、人間たちも同じであるらしい。人々は夢中で彼の話に耳を傾けていた。時に笑い、時に感嘆の声をもらし、表情豊かにお話の世界に入り込んでいる。
信じるか、信じないかはあなた次第。そんな噂話に夢中になる彼らの姿は、タイトルページでラズに絵本を読んでもらっていた時のボク自身の姿にもよく似ていた。
じっとアーノルドを見つめていると、ラズはしゃがんで、周囲の邪魔にならない程度の声でボクにこっそり話しかけてきた。
「やっぱりお友達だったのね」
ボクは我に返ってラズを見つめた。
「そうじゃないかと思ったの。今の時代、人間の言葉を話すワタリガラスも珍しくなってきているそうだから」
「気づいてくれてありがとう。アーノルドとはもう会えないかもって思っていたよ」
「そうね、気づけて良かったわ。……それにしても、不思議な話術ね。彼のお話を聞いていると魔法にでもかかってしまったようだわ。ワタリガラスってことは、やっぱり、クックークロックのワタリガラスの一族と繋がりがあるのかしら」
「気になるの?」
「ええ、とても。ワタリガラスの一族はね、建国前からドラゴンメイドの夢を守ってきた先住民の末裔でね、竜やベリーの伝承にも詳しいから私の知らない話もいっぱい知っているかもしれなくて……。ともかく、前々から機会があったらじっくりお話をしたかった人たちなの……」
「ふうん、そうなんだ」
ボクはまじまじとアーノルドを見つめた。
これまで知っていた彼は友好的なカラスというだけの印象だった。人間の世界にちょっと詳しくて、ボクの知らなかった人間界の常識を教えてくれた。国や町のことを教えてくれたのも彼だし、名前を知ったのも彼のお陰だ。しかし、まさかラズたち人間の知らないことも知っているかもしれないなんて。
アーノルドはひたすら語り続けていた。あらゆる出来事を面白おかしく語り続け、あっという間に時間は過ぎていく。
そして、宿の時計の鐘が鳴ったとき、アーノルドは「おや?」と時計を見つめて翼を広げたのだった。
宿の受付にいた主人がけたたましく呼び鈴を鳴らしだす。
「お集りの皆さん、アーノルドのお話はこれまでです。続きはまた明日。お楽しみに」
その言葉に集まっていた人々が続々と帰っていく。ある者は宿を出ていき、ある者は部屋に戻り、あっという間に人集りはなくなってしまった。
待合室が閑散とすると、宿の主人がアーノルドに声をかけた。
「アーニー、今日もお疲れ様。キッチン係のピギーに話は回してあるから、さっそく夕飯にするといい。お節介じゃないといいのだが、お友達もあわせて三人分予約してある」
「お気遣いありがとうございます、オーナー。ささ、ふたりともさっそく行こう」
そう言って、アーノルドはくちばしで行き先を示した。
待合室から店の裏口へ向かう長い廊下の途中に看板が出ている。相変わらず文字は読めないが、どうやらあそこが食事処というものらしい。きらきら輝いたその辺りからは薄っすらといい匂いが漂ってきた。
「名前は『子豚食堂』という。ここのコックは味にうるさいブタ族の男でね。とくに肉料理が評判なんだ。飼料からこだわったサンセット育ちの若いブタたちの肉を使っているらしくて――」
相変わらず、語り出したら止まらないらしい。
「おっと、話は料理を口にしながらだ。ついて来たまえ」
お喋りカラスの先導に従って、ボクとラズは子豚食堂へと入店した。




